第6章 6.名を呼ばれた、その先へ
その夜、屋敷の引っ越し準備はすべて完了し、一行は馬車で宿に戻っていた。
ルーンはひとり、車の屋根にのぼり、星を見上げながらごろんと寝転んでいた。
風は涼しく、空気は静かだった。
遠くでミーナの祈り声が微かに聞こえる。
ティティが「寒いですわ〜」と騒いでいるのも、かすかに耳に届いた。
ルーンはそっと目を閉じる。
──草の匂い。あの夢と同じ感覚。
「……ルーン」
遠くから、誰かの声が届いた気がした。
優しくて、静かで、でもどこか懐かしい響きだった。
「……あのときの声と、同じだったな」
ぽつりと、ルーンはつぶやいた。
「夢なんかじゃなきゃ、もっと楽だったんだけどな。
でも……今になって、やっと“あれ”が名前だったってわかったよ」
すぐそばの屋根の影に、誰かの気配があることに気づいていた。
でもルーンは何も言わなかった。
相手も、名乗らない。
沈黙がしばらく続いたあと、気配だけがそっと去っていった。
ルーンは丸くなって、尻尾で鼻を覆った。
「……ったく、気づいてんなら何か言ってくれりゃいいのにさ。
ま、いいけど。オイラは、ここにいるってだけで、もう十分だしな」
星が、すこしずつ雲に隠れていった。




