第1章 4.かつてのライバルから
王都の中央通りから一本入った奥の通り。
そこに建つ屋敷は、立派すぎて空がちょっと狭く見えた。
三階建ての白い壁。屋根の上には、グリフォン型の風見鶏。
玄関には魔導結界と金縁の扉が備えられている。
ライクは門の前で立ち止まり、しばらく黙って見上げた。
「……なんか、負けた気がするな」
「ティティは勝負してませんわよ?」
「いや、これはたとえ話っていうか……」
ティティは門の装飾を指でなぞりながら、にこっと笑う。
「でも、かっこいいおうちですわね〜。風見グリフォンが、ちょっとくちびる突き出してて、かわいいのです」
「いや、“かわいい”っていう見方は初めて聞いた……」
ライクが門の魔導石に手をかざすと、すぐに声が返ってきた。
『おーい、来たか? 今、開ける』
カシャンと錠が外れ、門が自動で開く。
現れたのは、銀縁の騎士服に身を包んだ男。
背筋はぴしっと伸び、表情は涼しげ――まさに“王都騎士団”の象徴、カイン。
かつて「対抗勇者パーティ」としてライクと張り合っていた男だった。
「相変わらず……うん、実直そうな顔してるな、ライク」
「今、“庶民くさい”って言いかけただろ」
「さすが、察しがいい。さすが“元・勇者”」
「嫌味がうまくなったなおまえ……」
カインはふっと笑う。
かつて選ばれた“公式ルート”の勇者は、今や王都の騎士団長。
一方、ライクたちは“もう勇者じゃない”ただの民間人。立場の差は、もはや明白だった。
「お前らが引っ越し業なんかやってるって噂を聞いてさ。……冗談かと思ったけど、ほんとに来たんだな」
「そりゃこっちも、生きてくために必死でな。で、荷物ってのは?」
「ついて来い」
案内されたのは、三階の角部屋。
王都を見渡せる上等な書斎には、ありえない量の荷物が詰まっていた。
剣、鎧、魔導装置、本棚、石像、ドラゴンの骨、そして山積みの書類。
「……これは、“ちょっとした引っ越し”じゃないな」
「官舎に移ることになってな。全部持っていく」
ティティが剣の台座にぴょこっと跳び乗って、キラキラした目で覗き込む。
「わーっ、この剣、“さいごのたたかい前にしか出てこないやつ”ですわ!」
「演出としては完璧だけど、扱う気ゼロだなおまえ……」
「だって、見てるだけで重たそうですもの」
ミーナがそっと剣に祝福の魔法をかけたが、何の反応もなかった。
「……この剣、“持ち主以外は無反応”の呪文がかけられてますね〜」
「主張が強いな……」
グレンが無言で剣の前に立ち、数秒の静止のあと――構えた。
低く腰を落とし、柄にそっと手を添える。
「ちょっと待て、それ完全に“斬るほう”の構えだろ!」
ティティが手を挙げる。
「じゃあ、ティティ、斬られる役やりますわ!」
「なんでそうなるの!?」
グレンは反応を返さず、ゆっくりと姿勢を解いた。
「……まぎらわしい動きすんな、ほんとに」
それでも、荷物の分類はミーナの魔法でスムーズに進み、
運搬もグレンの腕力で問題なし。
ティティも、木箱に描かれた“隠し紋”を見つけてはしゃぎつつ、意外と役に立っていた。
カインはしばらく黙って様子を見ていたが、やがてぽつりとつぶやく。
「……お前ら、意外とちゃんとやってるんだな」
「生きるって、わりと大変でな。パン買うにも気合いがいるんだよ」
「……そうか。記録には、残らない戦いか」
「……?」
「いや、気にするな」
カインはふっと笑って、声の調子を変えた。
「昼メシ、用意してある。騎士団式の礼でもてなすよ」
ティティがわっと両手をあげる。
「やったー! ティティ、デザートは“ぶるぶるふるえるゼリー”がいいですわ!」
「そんな指定、通るのか……」
「ティティ、それがないと“よくがんばった気持ち”になれませんの!」
その日、“元・勇者引っ越しセンター”は、
初めての仕事を、かつてのライバルの依頼で終えた。
そして帰り道――宿のポストには、次の依頼書が、もう差し込まれていた。