第6章 3.屋根裏からの訪問者
昼をすこし過ぎたころ、屋敷の空気がふと変わった。
書斎での仕分け作業中、ミーナがぴたりと手を止める。
「……また、です〜。
さっきから、誰かが見てるような……上の方から」
ティティは背筋を伸ばして天井を見上げた。
「たしかに、魔力の波……薄いけど、一定のリズムですわ。
呼吸と、心拍……?」
そのとき、グレンが無言で天井の板に近づき、手のひらで「コッ」と軽く叩いた。
すると、カタン──と乾いた音がして、屋根裏の天井板がわずかにずれる。
「……あれ?」
ライクが一歩踏み出した瞬間──
ごそ、ごそっ──!
バランスを崩した何かが、天井裏からずるりと滑り出てきて——
バサッ、と埃をまき散らしながら、廊下の床に転がり落ちた。
「――いてっ……! おわっ!? やっべ、やっべ見つかった!?!?」
丸くて、毛むくじゃら。
大きな瞳。ちょっと乱れた毛並み。
床でくるくると一回転したあと、くたりとしっぽが揺れた。
「……猫?」
ティティが瞬きをする。
「……でも、今、しゃべりませんでした……?」
ミーナがやわらかく目を細める。
「……あーあ、まさかこんなとこで見つかるとはなぁ」
猫――いや、ルーンは、むくりと二本足で立ち上がった。
「はじめまして? いや、ちょっと違うか。
この屋敷の天井裏、居心地いいからさ、つい長居してたんだよな〜。
別に悪いことしてたわけじゃないから、ね? ね?」
「……しゃべった猫、ですわね」
ティティがジト目でにじり寄る。
「“ただの猫です”では通りませんわよ。
あなた、何者ですの?」
「お、おい落ち着けってお嬢ちゃん。
オイラの名前はルーン! 見ての通り、猫でありシーフでもある! よろしく☆」
「シーフ……?」
ライクが眉をひそめる。
「そうそう。忍び足と罠解除と鍵開けは得意だぜ?
でも今日は……」
ルーンはくるりとしっぽを振って、書斎の奥を指差した。
「“あのへん”にあった紙の束を、ちょっと調べたくてな。
なんか……こう、気になっちゃって」
「日記のこと、ですのね」
ティティが先ほどの紙束をかかげると、ルーンの耳がぴくっと動いた。
「……それそれ。オイラ、それ見てて思ったんだ。
どっかで見たことある、ってわけじゃないけど……中に、気になる名前があってさ」
ライクがそれを聞いて、少しだけ目線を落とす。
「それで、こっそり忍び込んで読んでたら……寝ちゃってたってわけさ☆」
「……不法侵入ですわよ」
ティティがステッキを持ち上げる。
「ま、ままま待った!
オイラ何も盗ってないし! これだけはマジで!」
「う〜ん……でも、うそはついてないみたいです〜」
ミーナがくすくすと笑って近づく。
「この子、さっきからずっと心臓のリズムが変わってません〜。
ほんとのことを言ってるときの反応です〜」
「お嬢さまたち、やけに分析力高ぇな……」
ルーンがしっぽで顔を隠すようにして、ごろんと転がる。
「……なら、とりあえず保護しよう」
ライクが言う。
ティティが即座に振り返る。
「え、いいんですの? このしゃべる猫、なかなか怪しいですわよ?」
「でも、誰かがこの屋敷に入り込んでた理由ははっきりした。
それに……あの天井裏に長くいたなら、屋敷の構造にも詳しいはずだ。
手伝わせるくらいはいい」
「へへっ、頼りにされてる気がして悪くねぇな」
ルーンが口の端を上げた。
「じゃあ決まりですわね。
身元不明の猫シーフ、しばらく見習いとしてセンターで預かりますわよ」
「“見習い”って言い方、気に入らねぇな……!
せめて準レギュラーって呼んでくれよ!」




