第6章 2.古びた日記と、読みづらい名前
屋敷の内部は、古い魔導燈の光がまだ微かに残っていた。
長く使われていないはずなのに、どこか“最近まで誰かがいたような気配”が残っている。
「……誰か、最近ここを歩いた形跡がありますわね」
ティティがしゃがみこみ、床の一点を指差す。
「靴跡じゃありませんわ。
すり足……忍び足のような、何か。妙ですわね」
ミーナは廊下の端の飾り棚に手を当てて、微笑む。
「この家、記憶がたくさん残ってます〜。
でも、それが誰のものかは……ふしぎです」
作業の導線確認を終えたライクは、書斎に足を踏み入れた。
壁一面の本棚に、分類されぬまま積み重なった古文書と冊子の山。
ティティが「知識の墓場ですわね」と呟きながら、手近な一冊を持ち上げた。
その瞬間——ぼとり、と何かが床に落ちた。
紙の束。バラバラのページ。カバーもなく、日焼けと汚れで原型を留めていない。
「……あら。これは、日記ですわね?」
ティティが目を細め、床に落ちた紙束を拾い上げる。
ミーナがその上からふわりと浄化の魔法をかけ、黒ずんだインクが少しだけ鮮明になった。
「筆跡は子どもっぽいですけど……記録内容は、意外としっかりしてます〜」
「……名前は?」
ライクが問う。
ティティは黙って、最後のページに視線を移した。
「うーん……読めないようで、読めるようで……
これ、“ラ”で始まってますわね」
ティティが声に出す。
「“ラ……イ……ク?” え、偶然ですの?
ライク様と同じ名前?」
一瞬、室内が静まり返った。
ライクは無言で日記を受け取り、ページをぱらぱらとめくった。
しかし表情を変えることはなかった。
ただ、最後のページを見て、指で名前の上をなぞるようにして、閉じる。
「……ただの偶然だろ」
それだけ言って、日記をそっと道具袋にしまった。
ティティは少しだけ口を尖らせたが、それ以上は追及しなかった。
「ま、たまには偶然も魔法じみてますからね。ね、ミーナ?」
「はい〜。でも、偶然の中にこそ、神さまの導きがあるんです〜」




