第1章 3.はじめてのお仕事
その日の夕方。
王都じゅうの掲示板に、ティティが描いた手描きのチラシが貼られていった。
《元・勇者引っ越しセンター》
あなたの荷物、運びます!
伝説の一行(※いまはふつう)がお手伝い!
火の玉が出ても泣かないでね!
【代表】ライク(元勇者)
【チラシかいた人】ティティ(がんばった)
「……どう見てもふざけてるけど、逆に目立ってるかもな……」
ライクは掲示板を見上げて、苦笑いをこぼした。
グレンは黙々と、釘をぴっちり等間隔に打っていく。
ミーナはこめかみに手を当てて、そっとつぶやいた。
「信頼という言葉の意味を、いま改めて学んでおります〜……」
「ティティ、つぎはポップも作りますわ! “おひっこし、命のつぎにだいじ!”って大きく!」
「それだと若干、命より引っ越しっぽく聞こえるな……」
──三日が経った。
誰からの反応もなかった。
チラシの端は風にめくられ、ティティが描いた“キラキラ勇者カー”(※実在しない)のイラストは色あせはじめていた。
「……地味に、こたえるな」
ライクは掲示板の前で腕を組み、ぼそりとつぶやく。
かつては、「困っている人が向こうから来てくれた」。
今は、「困っているのはこっちのほうだ」と思い知らされる。
「ティティ、もう一回はる? きんのペンでぴかぴかにするよ?」
「いや、それはちょっと詐欺っぽくなるから……」
「じゃあ、ちょびっとだけ火で光らせる? 安全な火!」
「“安全な火”ってなんだよ……」
一週間後の朝。
ライクは宿の郵便受けをのぞき、小さな封筒を見つけた。
どこか見覚えのある筆跡で、宛名にはこう書かれている。
『ライクへ』
中には、簡素な手紙が一枚。
お前がまだ“動いてる”って噂を聞いた。
実は、ちょっと城を離れなくちゃならなくてな。
引っ越すってほどでもないが、荷物が多い。
頼めるやつも減ったし、困ってるんだ。
お前らが本気でやる気なら、一度来てくれ。詳細は話す。
……元同僚より
「……あいつか」
ライクは封筒をにぎりしめたまま、しばらく黙って遠くを見つめた。
背後から、ぴょこっとティティの頭がのぞく。
「ねぇねぇ? 来たの? ついにおしごと来たの?」
「……ああ。たぶん、初仕事だ」
「やったーっ!! おいわいにプリン食べていいですわよね!?」
「おまえ、それ昨日も言って食ってただろ……」
そこへグレンが無言で現れ、荷物袋を担ぎ直す。
ミーナはティーカップを手に、少しだけ口元をゆるめた。
「ようやく、“センター”らしい動きが始まりますね〜」
ライクはぐっと肩に力を入れた。
「……よし。“元・勇者引っ越しセンター”、初出動だ」
ティティが思いっきり両手を挙げて叫ぶ。
「れっつごー! にんげんも荷物も、ぜんぶまるごと運びますわ!」
「いや人間は運ばねえけどな……」
それでも、
その声はたしかに、
少しだけ未来に向かって響いていた。




