第4章 7.城、静かな旅へ
城は、黙って歩いていた。
かつては戦場を駆け抜け、兵を守るために動いたその足は、
今はただ、静かな丘を一歩ずつ踏みしめている。
ギシ、ゴン——と控えめな音を響かせながら、
石と魔力と記憶のかたまりが、緑のなかを進んでいく。
グレンは先頭を歩き続けていた。
口数はいつも通り、ゼロのまま。
けれど、その背中には、城の動きさえも導くような、不思議な重みがあった。
「城の動き、すごくなめらかですわね。……わたくしの魔法より上手ですわ」
ティティがぽつりとつぶやく。
「すこし……うれしそうに見えます〜」
ミーナが、歩きながら城を見上げる。
「しゃべらなくても、今はもう……聞いてくれる人がいるって、わかったんでしょうね」
ライクは、後ろからその様子を見守っていた。
「……グレン、なにも変わってないのにな。
なのに、あの城の全部が動いた」
ロゼッタは杖をつきながら、そっと歩みを合わせてくる。
「しゃべることをやめるって、勇気がいるのよ。
聞いてくれるって信じられなければ、こわくてできない」
「……ああ」
ライクは静かにうなずいた。
「信じたんだな。グレンの沈黙を」
道はやがて森の手前にさしかかり、そこに用意された“新しい安息地”が姿を現した。
草地に囲まれ、鳥の声が聞こえる、ほんのり湿った静かな土地。
戦火から遠く離れ、何も起きない場所。
「ここなら、あの子も、ようやく眠れるわね」
ロゼッタが小さく言った。
グレンが歩みを止めると、城もぴたりと足を止めた。
しばらくの間、風が音を運ぶだけの時間が流れる。
——そして、塔が一度、きしむ音を鳴らした。
それはまるで「ありがとう」と言っているようだった。
「……作業、完了だな」
ライクが静かに言うと、ティティがふいに腕を組んで言った。
「なんだかんだで、けっこういい仕事しましたわね。
わたくしたち、まさか“しゃべる城”を黙らせることになるとは思いませんでしたけれど」
「神さまが、“この仕事は点数つけられません”って仰ってました〜」
ミーナはくすっと笑う。
「……満点ってことかもな」
ライクは空を見上げた。
しばしの沈黙。
だが、ふとティティが何かを思い出したように叫ぶ。
「ちょっと待ってくださいまし!
“グレンの声”って、録音してませんわよね!?
あの貴重な、伝説の、“しゃべるグレン”を!」
「してねえよ」
ライクが即答する。
「神さまも、“一期一会です”って……」
ミーナがまた祈る。
城はもう、何も言わなかった。
けれどその静けさが、この上なく満ち足りていた。
こうして、“しゃべる城”の引っ越しは終わった。
そして元・勇者引っ越しセンターは、また次の仕事へと歩き出すのだった。




