第4章 5.歩き出す城、準備の音
グレンが静かに立ち上がったとき、誰も声をかけなかった。
彼はまっすぐ城の方へ歩いていき、塔の根元に腰を下ろすと、そのまま、何をするでもなく、ただじっとしていた。
まるで、見張りのように。あるいは、そばにいてくれるだけの誰かのように。
「……なにしてるんですの?」
ティティが小声でつぶやいたが、グレンから返事はない。
「話しかけるんじゃなくて、“そばにいる”ってことが、大事なのかもしれませんね〜」
ミーナの声は、そよ風みたいにやわらかい。
「……まあ、オレたちはオレたちで、やれることを進めるか」
ライクが腕をまくりながら言うと、ロゼッタが軽くうなずいた。
「そうね。動かすには、まだいくつか手順が残ってるの。
たとえば、封印を解く準備とか、足まわりの地面のチェックとか……あと、進む方向を決める杭も立てなきゃね」
「わたくし、その杭、魔法で打てますわ! ちょっとズレても……まあ、大丈夫ですわよね?」
ティティが得意げに杖をくるくる回す。
「神さまは、“水平ってだいじ”っておっしゃってました〜」
ミーナが優しく注意する。
ライクは周囲を見渡しながらうなった。
「あと、地面がゆるい場所は板で補強しよう。通り道の草も刈らなきゃな。……っていうか、中の準備は?」
「お城の中……?」
ティティがぱちぱちと瞬きをした。
「そりゃそうだろ。棚の上のツボとか、食器とか……歩きはじめたら、ぜんぶぶっ飛ぶぞ」
「……ああーっ、たしかに!」
ロゼッタが苦笑しながら補足する。
「昔は“歩く準備係”がいたのよ。中の物をまとめて、転がらないように結んだり、戸棚に魔法ロックかけたり……」
「引っ越しセンターのお仕事としては、そこをおろそかにはできませんわね!」
ティティが手をあげて宣言する。
「わたくし、室内の結界ロープを張ります! 魔法で皿もまとめてぐるぐるに!」
「じゃあオレは家具を止めるための板と紐を運ぶ。城の中、補強しながら回るか」
「わたしは、本棚の整理をやってみますね〜。紙が散らばるとあとで戻せませんから……」
三人は手分けして、城の中へ向かった。
喋りつづける壁の声を聞きながら、棚にロープを巻き、ガタつくテーブルの足にくさびを打ち、本の束を箱に入れていく。
まるで、巨人の目覚めにそなえるかのように。
そのあいだも、グレンはずっと、塔の根元に座っていた。
——やがて、塔のあたりから、ぽつりと声が漏れた。
「……なんか、落ち着くなあ」
「静かで、でも、こわくない。
……こんな時間、むかし……あった気がする」
その言葉に、誰も返事はしなかった。
ただ、草の音と、木づちの音と、魔法の光とが、静かに丘に広がっていった。
まるでそれが、城へのあいさつみたいに。




