第4章 3.依頼主、現る
草むらの向こうから、ゆっくりと一人の女性が歩いてきた。
白髪に紫のスカーフ、古びたローブをまとった、背の曲がった老婦人。
その手には、城の外壁と同じ色をした古い鍵が握られている。
「……お待たせしましたよ。
道がぬかるんでて、靴がぜんぶ泥だらけ」
ライクが一歩前に出て言った。
「ロゼッタ・ベルローズさん、ですね。
王立魔導開発局の——」
「だった人、ね。
今はただの、しゃべりすぎる城に手を焼いてる年寄りよ」
ロゼッタは少し笑いながら、城の方を見上げた。
「わたしがあの子の外枠を設計したの。——けど、中身はね、違うのよ」
「中身?」
ティティが眉をひそめる。
「中にいた人たちが、あの城を作ったの。
思い出とか、習慣とか、日々の会話とか……そういうのが、全部こびりついて、いまも動かしてるの」
城は相変わらず喋り続けている。
「きょうはきょうでしかないけど、きのうもきょうかもしれない!
だけどあしたは——いや、なに言ってたんだっけ?」
「……記憶が混ざってる?」
ミーナが首をかしげる。
「そう。時々、過去の会話を繰り返すの。
誰もいないのに、“そこにいた誰か”に向けて話しかけてる」
ロゼッタの目がわずかに細くなる。
「なかでもね、あの子が一番よく話してたのは——“何も喋らない兵士”だった」
「無口でね。
命令にも、名乗りにも、ほとんど返事しなかったらしい。
でも、戦闘のたびに一番前に立って、みんなを守って……」
ロゼッタはそっと城の壁に手を置いた。
「喋るのが苦手な人だった。
でも、それが“心地よかった”って、あの子は言ってた」
しばしの沈黙。風が草をわずかに揺らす。
「今も、あの兵士を探してるのかもしれないわね」
ロゼッタはスカーフを押さえながら、ぽつりとつぶやいた。
「だから、もし——この子の気持ちを落ち着けられる人がいるとしたら。
それは、きっと……喋らない誰かよ」
誰も何も言わなかった。
ただ、喋り続ける城の声が、ほんの少しだけ静かに聞こえるような気がした。




