第4章 1.しゃべる依頼
朝のセンターは、わりと静かだった。
ミーナは湯気の立つスープをテーブルに並べ、ライクは無言で椅子に腰を下ろす。
ティティはパンをちぎりながら、くるくるとフォークを回す。
「今日の夢、なんだと思います?
巨大なお城が、わたくしにお茶を淹れてくれましたのよ」
「……なんでお前が夢の中で接待されてんだよ」
ライクが苦笑する。
そのとき、扉の下からするりと封書が滑り込んできた。
「……朝からお手紙です。ちょっと分厚いですね」
ミーナが屈んで拾い上げる。
封筒の裏には、くるくるした文字で
『たいせつで だいじで さびしがりやな おねがい』
と書かれていた。
「……妙に詩的ですわね」
ティティが眉をひそめつつ封を切ると、中から何枚もの便箋が出てきた。
「おはようございます!
わたくしは元・王立魔導開発局のアシスタントだったロゼッタ・ベルローズ!
現在は山奥で静かに暮らしているのですが、このたび、ちょっとだけ困ったことが起きまして!」
「ちょっと、じゃ済まなそうな文章量ですわよ、これ……」
ティティが半ば呆れながら読み進める。
「戦時中に建造された“しゃべるお城”が、最近になって急におしゃべりをやめなくなったそうですの。
朝から晩まで、ずーっと独り言、詩の朗読、お天気の実況中継……」
「……えっと、それをどうしろって言うんですか?」
ミーナが首をかしげる。
「依頼内容はこうです。
“あのお城を、静かな場所へ引っ越して、休ませてあげてください”——ですって」
ティティは便箋をぱたんと閉じた。
「……お城を引っ越しって、どういうことですの?
建物ごとですのよ? ねえ」
ライクも苦い顔をする。
「さすがにそれは無理があるだろ。基礎から掘って運ぶのか?」
「わたくしの空間転移魔法でも、建造物全体はちょっと……というか、ぜったい無理ですわ。
大爆発しますもの」
「そうですねぇ……神さまでも、たぶんそこまでは……」
ミーナが小声でつぶやく。
一同、しばし沈黙。
ライクがぼりぼりと頭をかき、立ち上がった。
「まあ、現地を見てから考えるしかないな。
……おれたちの仕事は、運ぶことだ。運び方は後で考える」
「無茶苦茶な理屈ですわね、それ」
「でもちょっと、わくわくします」
ミーナが微笑む。
そうして、引っ越しセンターの一行は準備を整え、荷馬車に資材を積み込んで山間の草原を目指すこととなった。
依頼主の地図には、こう書かれていた。
『草の丘にて、現在もしゃべり続けてます。ずっと、しゃべってます』
そして——
坂を登りきったとき、それは本当だった。
「やあやあやあ! 誰か来た!? 来た!? 来たの!?
やったあ! 待ってた! 超待ってた!
あっ、今日はいい天気! 雲が三つ! あと風が南西!」
「……来たな」
ライクが呟く。
「……うるさいですわね」
ティティが眉をひそめる。
草原の中央に建つ、古びた石造りの城は——
壁から、塔から、地面から、ぜんぶでしゃべっていた。




