第3章 5.出発の朝、ひとつの贈り物
翌朝、リュミエの空は澄みわたっていた。
鳥の声が、静かな村の空気をやさしく揺らしている。
崖の上の新居には、昨夜のうちに荷物の積み下ろしが完了していた。
センターの面々は坂道を下り、村の入口で馬車の準備を整えていた。
そこへ少女と老人が見送りにやってきた。
老人は相変わらず無言だったが、少女は大きく手を振っている。
「全部、ほんとうに運んじゃったんだね……すごいなあ、センターさん!」
ティティが胸を張る。
「契約書に“全部”って書いてありましたから、はいっ♡」
ライクは笑いながらも肩をすくめる。
「ギリギリだったけどな……」
少女がふところから小さな包みを取り出した。
「これ、おじいちゃんが“最後に渡しとけ”って言ってたの」
開けてみると、中には光沢のある木箱がひとつ。
手のひらに収まるサイズで、小さな鍵がついている。
ライクが眉をひそめる。
「……これは?」
少女は首を横に振った。
「わかんない。でも、“そのうち役に立つ”って」
ミーナがそっと受け取り、箱のふちを指でなぞる。
「……“ありがとう”の気持ち、こもってますねぇ〜」
ライクは木箱を荷台にそっと収める。
「開けていいのか……いや、やめとこう。そういうのは“時が来たら”ってやつだ」
そのとき、無口だった老人が、ほんのわずかに口角を上げた。
出発直前。
村人たちはやはり言葉を交わさなかったが、家の前に静かに並び、
帽子を取って、黙って一行を見送ってくれた。
ティティがそっと手を振る。
「……なんだかんだで、やさしい村でしたわね」
ミーナもうなずく。
「うん。言葉より、伝わるものがありましたね〜」
ライクが手綱を握る。
「おれら、“ちょっと変わった引っ越し屋”としては……悪くない仕事だったと思うぜ」
グレンが無言で頷き、馬車はゆっくりと村を後にした。
再び港を目指して山道を下りはじめる。
静かな余韻と、次の冒険の予感が重なり合っていた――。




