第3章 4.運べど運べど、荷は動く
ティティがひとつの箱に手をかけ、首をかしげた。
「えっと、まずはこの箱……重そうですけど、普通の荷物ですわよね?」
その瞬間、箱がぶるぶると震え出す。
「うわっ、動いてますの!? 荷物のくせに逃げようとしてますわ!」
ライクが顔をしかめる。
「魔道具、まだ封じてなかったのか……!」
ミーナが慌てて祈りの印を結んだ。
「落ち着いてくださいね〜、今からお引っ越しですよ〜」
やわらかな光が魔力を鎮め、箱はようやく静かになった。
ティティが肩を落とす。
「……先が思いやられますわ」
リュミエ村の崖の上に建つ新居までの道は、決してなだらかではなかった。
途中には傾いた坂道、ぬかるみ、岩を避けながらの通路、そして――
ティティが悲鳴を上げる。
「まさか吊り橋ですの!?」
ライクが険しい顔で吊り橋を見やる。
「この荷台、ほんとに渡れるのか……?」
ティティが胸を張る。
「わたくし、浮遊魔法でちょっと補助しますわ!」
ライクがすかさずツッコミを入れる。
「荷物だけじゃなくて自分も浮いてないか!?」
吊り橋の真ん中で、ベッドが暴れてバウンドする。
ライクが飛びついて押さえ、ミーナのバリアが風圧を防ぐ。
ミーナが小声で祈る。
「神さま、どうかこの橋が途中で切れたりしませんように〜……」
グレンはロープを握りしめながら、ただ黙々と荷物を運び続けた。
やっとのことで新居の玄関までたどり着く。
だが、中も一筋縄ではいかなかった。
ティティが目を丸くする。
「なんですの、これは……玄関が、喋ってますわ!?」
ミーナが耳をすます。
「“身元確認をお願いします”って言ってますねぇ……どうやら防犯機能付きなんです〜」
「玄関に高機能AIつける意味あるの!?」
ミーナが穏やかに魔力を送る。
「正式登録しました〜。開きます〜」
玄関の扉がようやく開くと、中には広くて空っぽの部屋。
魔力は清浄で、風も通り、たしかに「新しい生活の匂い」がした。
少女が笑顔で振り返る。
「おじいちゃん、新しい家に住むの、楽しみにしてたんだよ!」
ライクも表情をゆるめる。
「そうか……じゃあ、ちゃんと運び切ろう」
そのとき、ティティがふと呟いた。
「ねえ……なんか、荷物、最初より増えてませんこと?」
ライクが目を細める。
「……気のせいじゃねぇと思う」
少女がにこにこしながら言う。
「おじいちゃん、引っ越しって“増えるもの”って言ってた!」
ライクが額を押さえる。
「名言みたいに言ってるけど、実害出てるからな!」
夕日が差し込む中、彼らは最後の品を搬入した。
荷物も、笑いも、驚きも、なんとか全部――崖の上まで、運んだのだった。




