第1章 2.その名も
朝の食堂で、ティティがパンをかじりながら聞いた。
口の端にはジャムがついている。
「ねえねえ、つぎはなにするの?」
ライクはスープをすすりながら、答えずに黙っていた。
ミーナが湯気の立つカップを両手で包み、にこやかに言う。
「ふふ……今日はお天気がいいですし、神さまもお洗濯をすすめておられます〜」
「……神さまって、洗濯の話もするのかよ……」
「神さまは万能なんです〜」
グレンは黙ってトーストを二枚重ねにし、そのまま口に運ぶ。
相変わらず無言だけど、誰よりもしっかり食べている。
ティティはパンをもぐもぐしながら、ライクをじーっと見つめた。
「おにーさま、いま“何か考えてる顔”してますわね?」
「うん。まぁ……」
ライクはスプーンを置き、少しだけ姿勢を正した。
「もう“勇者”って呼ばれることもないし、“戦え”って言われることもない。だったら……なんか別のことを、やってみるのもいいかもなって」
「えっ、なにそれ。ティティ、なにかするの好きですわ!」
「おまえはいつも“なにか”してるだろ……」
ティティはスプーンをおもちゃのようにくるくる回しながら言った。
「じゃあね、重いの運ぶのとかどうですか? きのう、みんなで米とかいっぱい運んだし!」
ミーナが手を叩く。
「それはよいお考えです〜。引っ越しのお手伝いなど、きっと人々の役に立ちます〜」
グレンがもそっと背中の荷物袋を指差す。
昨日、村人から「ありがとう」の代わりに押しつけられた米俵がぎっしり詰まっている。
ライクがぽつりとつぶやく。
「……戦うより、きつかった気がするな、あれ」
ティティはパンの最後のひとかけらを口に入れ、ふと思い出したように手を上げた。
「じゃあ、なまえつけましょう! かいしゃのなまえ!」
「かいしゃ!?」
「うん! みんなでやるから、チームのなまえがいるの!」
ライクが驚いている横で、ティティは椅子の上に立ち上がり、胸を張って宣言した。
「“もと・ゆうしゃ……ひっこしせんたー”!」
数秒の沈黙。
「……どこでそれ覚えたんだよ」
「きのう、村長さんが“引っ越し屋があればなあ”って言ってたんですの! それに“センター”って、なんかつよそうでかっこいいですわ!」
「つよさ関係あるか、それ……?」
ミーナがうなずく。
「響きは、たしかに真面目っぽいです〜」
グレンはパンを食べ終え、静かに親指を立てた。
ライクは少し黙ったのち、口角を上げる。
「……まあ、悪くないかもな。“元・勇者引っ越しセンター”、か」
ティティが椅子の上でぐるっと回って、両手を上げる。
「けってーい! じゃあティティ、マスコット係やりますわ!」
「係って自分で名乗るもんだったっけ……」
こうして、“元・勇者引っ越しセンター”は、何の準備もないまま、ゆるく発足した。
それでも、彼らの新しい物語は――確かに、今ここからはじまっていた。




