第3章 2.海の底からこんにちは
翌朝。
日の光がゆるやかに海を照らし、船は順調に東方沿岸を進んでいた。
ティティは早朝から甲板でぐるぐると回りながら、海風を浴びていた。
「本日も快晴〜! 波も穏やか、空も青い、風は魔力を乗せてきもちよく……最高ですわ〜♡」
ライクは手すりに寄りかかりながら、少し疲れた声で応じる。
「ぐるぐるすな。酔うだろ……こっちが……」
その背後で、グレンは静かにロープの結び直しをしており、
ミーナは手帳に海の“気配”をメモしていた。
「今日は、海がちょっとざわついてますねぇ……」
ライクが振り返る。
「風向き?」
「いえ〜、“下から何か来てる感じ”なんです〜」
「……下?」
その直後だった。
ドォンッ――!!
船体が一瞬、横揺れする。
数秒の静寂の後、今度は甲板の下からゴゴゴ……と唸るような音。
ティティが顔をこわばらせる。
「な、なになになに!? 地面じゃないのに地鳴りですの!?」
ライクが目を細める。
「これ……まさか」
海面が盛り上がった。
バシャアアアアッ!!
巨大な水柱とともに、海からそれは現れた。
体長十数メートル、濡れた鱗を持つ海棲モンスター――《カイダルス》。
ティティが悲鳴を上げる。
「モ、モンスターですのぉぉぉ!!」
ライクが叫ぶ。
「なんでこのルートにこんなの出るんだよっ!?」
ミーナが淡々と答える。
「このあたり、海の底で魔力が渦を巻いてて、ときどき“別の場所から何かが流れてくる”ことがあるんです〜。たぶん、今のも……そういうのですね〜」
ライクががくっと肩を落とす。
「もっと早く言ってくれぇぇ!!」
甲板は騒然とする。
乗客が悲鳴を上げ、船員が警戒体制に入る中、ライクが即座に叫んだ。
「センター、迎撃体制! いまは引っ越し屋より……元・勇者だ!」
ティティが魔法陣を展開しながらにやりと笑う。
「任せてくださいませ〜♡ 光と炎、混ぜたらたぶん“いい感じ”になりますわ!」
「混ぜるな危険!!」
ミーナは両手を胸に当て、祈りを重ねる。
「神さま、モンスターを“よき方向に反省させて”ください〜……」
「反省じゃなくて撃退でいいからな! グレン、いけ!」
グレンは無言でうなずき、甲板の板を踏みしめて突進。
その手には巨大な収納コンテナの蓋――盾代わりだ。
戦闘は短く、しかし濃かった。
ティティのまぶしい魔法がモンスターの目をくらませ、
ミーナの光の壁が船を守る。
そのあいだにグレンが突っ込み、蓋で思いきりぶん殴った。
ライクの指示でバランスを崩したモンスターは、潮流に巻き込まれて沈んでいった。
しばらくして、甲板には静けさが戻る。
「……終わった?」
ティティが胸を押さえて息を整える。
「ふわ〜〜……ティティ、本日も大活躍でしたわ♡」
「自分で言うな……」
グレンは座り込んで空を見上げ、ミーナはぺたりと甲板に座り込んだ。
「でも、みなさん無事でよかったんです〜」
ライクは汗を拭いながら、ふっと笑った。
「……おれたち、本当に“引っ越し屋”なんだよな?」
ティティがにこっと笑う。
「たぶん、そうですわ!」




