第3章 1.その名もはじめての船旅は波乱の幕開け
波の音が、いつもと違うリズムで響いていた。
『アクアマルシア号』は、穏やかな東方航路を進みながら、魔導浮遊装置で揺れを軽減しつつ航行を続けている。
とはいえ、それでも“揺れ”はある。
ミーナが手すりに両手を添え、ふわりふわりと体を揺らしていた。
「ふわぁ〜……なんだか、からだごとお祈りされてるみたいなんです〜」
ティティが心配そうに近づく。
「ミーナ、それ酔ってませんの? ねえ、大丈夫ですの?」
「いえ〜、心配ご無用です。わたし、船は……たぶん得意なほうです。たぶん、ですけど」
ライクがじと目を向ける。
「その“たぶん”がすべてを物語ってるな……」
一方、ティティはというと――
甲板のあちこちを走り回っては、時々跳ねる魚を指差したり、
羅針盤を勝手にのぞいて「この針は魔法で浮いてますのね〜!」とはしゃいでいた。
ライクはその後ろを追いながら、ひたすら制止する役に徹していた。
「ティティ! それ計器だから触んなって! あとそれ、船員用のロープ!」
「だって海風が気持ちよすぎて、浮きそうなんですもの〜♡」
「お前は十分浮いてるよ……精神的に」
グレンはといえば、甲板の片隅で荷台を背に座り込み、目をつぶって黙っていた。
握りしめた酔い止めの小瓶には、爪の跡が残っている。
ミーナがひそっと声をかける。
「……だいじょうぶですか〜、グレンさん」
ティティがにこっと笑って言う。
「いざというときは、ティティが抱えて投げてあげますわ♡」
「やめとけ。それ完全に戦闘時の台詞だろ……」
そんな中、事件は起きた。
ティティが、荷台の奥にあった“蒸気式・魔導安定装置”に興味を持ったのだ。
「この子、なんだか眠たそうな音してますの……起こしてあげなきゃ♡」
ライクが慌てて叫ぶ。
「やめろ、それ動力炉の一部だ――」
ぽんっ!
ティティが軽く触れた瞬間、装置がボフッと白煙を上げ、
甲板の一角がミントの香りと共に煙に包まれた。
「きゃ〜♡ すごいですわ〜! 涼しい!」
「やばいって! 船員来るぞ!!」
結果、船員にこっぴどく怒られたライクが頭を下げ、
ティティは「反省していますの……ちょっとだけ♡」と笑っていた。
その夜。
静まりかえった船室の中で、ライクは壁にもたれながらつぶやく。
「……やっぱり、おれたち、普通の引っ越し屋じゃねぇな……」
グレンがわずかにうなずく。
ミーナは寝ぼけながら「うふふ、船がやさしい〜……」と呟き、
ティティは爆睡しながら「風のリボンが……なびいてますの〜……」と寝言を言っていた。
そしてその時、船の揺れが、ほんの少しだけ強くなったことに、
まだ誰も気づいていなかった――。




