第2章 8.センター、はじめての船出
王都南港。
潮風と魔導船の汽笛が交差する活気ある波止場に、“元・勇者引っ越しセンター”の一行が姿を現した。
ティティがスカートを押さえつつ、港の端まで駆けていく。
帆をはためかせる船を次々と指差しては、子どものような声を上げた。
「わ〜〜っ♡ これぜんぶ船ですの!? でっかい! 動いてる! 浮いてる〜!」
「これはたぶん“風魔法式”の帆ですわ! あっちは浮遊補助の装甲つき……わたくし、全部乗ってみたいっ!」
「落ち着けって。そもそも今日は見学じゃなくて“仕事”なんだぞ」
ライクは荷物台車を引きながら、振り返りざまに声をかける。
その隣で、グレンは無言で小瓶を取り出していた。ラベルには「船用・酔い止め」と書かれている。
ライクが目をやる。
「……苦手なんだな、こういうの」
グレンは目線だけでコクリと返し、そのまま瓶を腰袋へしまった。
ミーナは港の手すりに手を添えて、穏やかに空を見上げる。
「カモメさんたちが、“今日は気持ちいい風が吹いてるよ”って……言ってるような気がします〜」
「会話してるのか、“気がする”のか、どっちなんだよ……」
船の名前は『アクアマルシア号』。
貨客複合の中型魔導船で、東方方面を定期巡回している。
センターが予約されていたのは、後部甲板に設けられた引っ越し業務向けの荷台ブロックだった。
案内役の船員が説明する。
「搬送先は“リュミエ村”で間違いありません。船は沿岸まで行きますので、あとは陸路で少々登るだけです」
ライクがうなずく。
「……わかった。荷台はもう積んだし、あとは出航を待つだけか」
ティティが手を上げる。
「船の上で作戦会議とかあるんですの? ティティ、甲板で風に吹かれながら地図広げたい気分〜!」
「“気分”だけで行動しないでくれ……」
ティティはそれでも笑みを浮かべる。
「でも、ねえ。センターって、こうして色んな場所に行けるの、ちょっといいと思いません?」
ライクは少しだけ黙って、それから、ふっと笑った。
「……まあ、“足を使う勇者業”ってのも、悪くねぇな」
船の汽笛が鳴る。
『出航準備完了! アクアマルシア号、王都南港より東方ルートにて発進します!』
帆が上がり、舵が切られ、港がゆっくりと後ろに下がっていく。
海風がセンターのメンバーを包む。
ティティは手すりに登って満面の笑みを浮かべ、
ミーナはそっと目を閉じて祈りを捧げ、
グレンはしっかりと甲板に足をつけて、目を開けたまま黙って耐えていた。
ライクは静かに、前を向いた。
“元・勇者引っ越しセンター”、はじめての船出。
それは、“遠方でも運べる”という信頼を得る旅。
そして、まだ見ぬ依頼と出会うための――最初の波だった。




