第2章 7.遠方からの依頼到着
午後の陽射しが和らぐころ。
宿の玄関で、控えめなベルの音が鳴った。
「お届けものでーす」
使い魔便の配達員が差し出したのは、一通の封筒。
封蝋には、王都契約管理ギルドの刻印がある。
ライクが受け取り、封を確かめる。
「……ギルドからか。でもこれ、依頼状というより……契約書だな」
封を切ると、中には丁寧に製本された依頼文書が入っていた。
ご依頼内容:
小型住宅一式の引っ越し(家具・生活道具)
搬送先:東方山岳方面・辺境村リュミエ
ご依頼主:名義非公開(正規代理人を通じて申請)
契約形式:定額/片道対応/補助支援あり
「リュミエ村……? 聞いたことないな」
ティティが首をかしげてつぶやく。
「お菓子の名前みたいですわ〜。“リュミエ風パイ”とか♡」
ライクは苦笑して地図をのぞき込む。
「残念ながら今回はおやつじゃなくて、ガチの山奥だな」
ミーナが書類を受け取り、丁寧に目を通す。
「契約としてはまったく問題ありませんね〜。保証文も整っていて、経路補助の記載もあります〜」
ライクが地図を指でなぞる。
「問題は“遠さ”ってことか……」
ミーナがうなずく。
「はい〜。このまま陸路を進むと、通常の馬車でも数日はかかりそうです〜。特に山道の記載が……細いですねぇ……」
「となると……ギルドに一度、補足を聞きに行くか」
その日のうちに、センターの面々は王都ギルド分室を訪れた。
応対に出たのは、先日もやり取りを交わしたフェルスだった。
「やあ、センターの皆さん。ご依頼、届いていますか?」
「内容は確認した。だけど場所の詳細と、搬送ルートの件で補足を聞きたくてな」
フェルスは手慣れた様子で地図を広げ、東方の一角を指差す。
「依頼先はこのあたり。王都から東へ、山岳を越えた“リュミエ村”という集落です。馬車では五日以上。途中の橋も流されておりまして……」
ライクが渋い顔になる。
「橋がない時点で、もうアウトなんだが……」
フェルスは続ける。
「ですが、海路なら南港から出航し、東海岸を回って、そこから短い山道を登れば比較的安全です」
「……つまり、やっぱり“船を使え”ってことだな」
「ええ。依頼主側もそれを想定しており、浮遊荷台も含めた契約になっています」
ライクが小さく笑う。
「まさか、ほんとに“船で引っ越し”する日が来るとはな……」
ティティがぴょんと跳ねて、にっこり笑った。
「ふふっ。魔法と風と波が合わされば、きっと素敵な旅になりますわ〜!」
ルーンがぼそっとつぶやく。
「……なんか、フラグっぽいんだけど」
宿に戻った一行は、早速明日の準備に取りかかった。
地図、契約書、必要資材の再確認、そして何より――
ライクが窓から吹き込む潮の匂いを含んだ風を感じながら言った。
「人生初の“遠距離搬送任務”、か」
“元・勇者引っ越しセンター”、初の長距離依頼。
それは、ただの移動ではなく、
未知の地と、まだ見ぬ依頼主への、一歩だった。




