第2章 6.引っ越し日和、ただしクセ強
作業当日、天気は快晴。
空にはうっすら白い雲が浮かび、風には少しだけ春の匂いが混じっていた。
ライクが声を張る。
「よし。準備はいいな。センター、出動するぞ」
グレンは無言で荷物用の台車を引き出し、
ミーナは引っ越し用の浄化布を数枚取り出して丁寧にたたむ。
ティティはというと――
なぜかスライム型の帽子をちょこんとかぶっていた。
「本日ティティ、安全第一スライムモードでございますわっ♡」
「それ、絶対どっかで引っかかるやつだよな……」
コルネリオ邸の門をくぐると、
すでに屋敷の外には魔道具や家具がずらりと並んでいた。
本人はというと、屋根の上で寝転びながら紅茶をすすっている。
「うん、実に素晴らしいね! “人に任せる”って最高だよ!」
「じゃあ少しは地上に降りてこいよ!」
まずは搬出作業。
だが、やはりというべきか――いくつかの魔道具が、素直に言うことを聞いてくれなかった。
ティティがクッション型の道具を持ち上げた瞬間、
「……ん?」
ポンッ!
軽く跳ねたクッションが床の結界式を一瞬だけ起動させ、
パカッと開いた壁から、使い魔用のバスケットが勢いよく発射された。
「うわああっ!? ティティ、撃たれましたのーー!!」
「……使い魔認定されちゃったのか……?」
ミーナは、収納箱から漂う淡い光に気づき、そっと封印布をかけた。
「これは……魔力が溜まりすぎて、不安定になってますねぇ。たぶん、“押さえて〜”って言ってるんだと思います〜」
「道具に人格ある感じやめてくれ……」
「でも、ありますよ〜。“道具の機嫌”ってやつなんです〜」
「今度、ちゃんと講義してほしいわ……」
グレンは、重力の挙動がおかしい一角の棚を見つけると、
無言でロープを回し、そのまま床ごとごりっと持ち上げてしまった。
ティティが目を丸くする。
「さすが……物理と精神力の権化ですわ!」
「ねじ伏せましたね、完全に……!」
ライクは屋敷全体の動線を管理しながら、搬出ルートの調整を続けていた。
狭い通路、浮遊系装置の干渉、近隣住民からの通報リスクまで考慮し、タイムテーブルまで引いている。
「……おれ、いったい何屋だったっけ?」
「ライクは“現場型作戦司令官”ですわ! ……たぶん!」
「それ軍属じゃねぇか……」
作業がひと段落したころ、近所の子どもがふたり、庭の外から小さな花束を差し出した。
「このおじさん、変な魔法いっぱい使ってたけど……」
「でも庭の花には毎日お水あげてたよ。やさしい魔法使いさんなんだと思う」
屋根の上からそれを見たコルネリオが、ぽつりとつぶやく。
「……まいったなぁ。本人には全然記憶がないんだけど……そういうの、ちょっといいな」
トラック代わりの浮遊荷台に、最後のひと箱が積み上げられる。
ミーナが手を合わせる。
「これで全部ですね〜」
荷台がふわりと浮かび上がった。
コルネリオは玄関先に立ち、屋敷を一度だけ振り返ると、軽く手を振った。
「じゃ、よろしくね。次の住処では……なるべく騒がないよう努力するよ。できたら、たぶん、なるべく……」
「努力の気配、だいぶ薄くねぇか……」
ティティがくすくす笑って空を見上げた。
「センターって、荷物だけじゃなくて、人の気持ちまでちょっと運んでる気がしますの」
ライクは小さくうなずいた。
「……ま、それで飯が食えてるなら、悪くねぇな」
その日、“元・勇者引っ越しセンター”の名は、
王都の中でほんの少しだけ広まった。
なんだかちょっと――便利で、頼れそうな連中。
あの勇者たちが、引っ越し屋になったらしいよ――と。




