第2章 4.センター、休日を満喫する(前編)
王都の朝は、ほんのり甘いパンの香りで始まる。
とはいえ、“元・勇者引っ越しセンター”にはめずらしく、今日はまる一日、予定がなかった。
ミーナがのんびり微笑みながら、玄関の「本日休業」の札をきちんと整える。
「……なんとなくですけど、神さまが“今日はゆっくりしていいよ”って、おっしゃっていたような気がします〜」
「神の判断か……まあ、異議なしだな」
ライクは軽くうなずき、ひとつ大きく伸びをした。
「それではっ!」
ティティが椅子の上にぴょんと立ち、指先でくるくると空を描く。
「本日、“元・勇者引っ越しセンター”は完全オフモードに突入いたしますわ♡」
「ティティが代表面してるの、もう恒例だな……」
「本日のテーマは“爆買いと爆発を間違えない”で参りますの♪」
「後半ぜったいフラグ立ってるだろ、それ……」
報酬の一部は銀貨に換金されており、
それぞれの小袋に分けて、各メンバーの手元に配られた。
ミーナが手のひらで硬貨をすべらせるようにしながら、ぽつりとこぼす。
「こうして銀貨を手にするのって、なんだか新鮮ですねぇ……」
「以前は“祈って得る光”ばかりでしたから……こうして手に取れるものも、ありがたいです〜」
「おれは祈っても腹が膨れなかったけどな」
街に出ると、それぞれが自由時間を満喫しはじめた。
◇ミーナは銀行で貯金口座を作った。
「未来のわたしを助けるためにも、ちゃんと準備しないといけませんね〜」
窓口で「職業は……えっと、僧侶で、引っ越しもします〜」と答えると、職員にほんの少し笑われたが、ミーナ本人は満足そうだった。
◇ティティは雑貨とお菓子を爆買いした。
「見てくださいませ〜! このスライム型ポシェット、最高にかわいいですわ!」
「あら、“魔法おみくじ付きアイス”ですって? あとで買わなきゃですわ〜!」
夕方には財布の中身が紙くずとレシートになっていたが、本人は満面の笑みだった。
◇グレンは広場で黙々と腕立て伏せしていた。
声もかけず、数も数えず、犬に鼻をなめられても無表情。
だが子どもたちにはなぜか人気で、拍手をもらっていた。
◇ライクは、見慣れたはずの通りで迷子になっていた。
「……ここ、さっきも通ったような……」
ベンチに座って方向音痴の自分と静かに向き合う。パンの香りが、なぜか遠くに感じた。
夕方。広場の噴水前にて、センターの面々が再集合。
ミーナが手を振って迎える。
「みなさん、おかえりなさいませ〜」
ティティが大きな袋を両手に抱えて駆けてきた。
「本日だけで“十回以上かわいいって言われた記録”を達成いたしましたの!」
「……それ、全部店員さんの営業トークじゃねぇのか?」
「よし。じゃあ、そろそろ帰るか」
ライクの声に、グレンが静かにうなずく。
ほんのひととき、引っ越しも魔法も関係ない一日。
だがこのあと、“元・勇者引っ越しセンター”の休日は、ほんのすこしだけ“勇者らしいアクシデント”を迎えることになる――。




