第2章 3.調整と準備、そして過去の名残り
引っ越し決行は三日後と決まった。
「じゃ、あとは任せるよ〜」
コルネリオはそう言い残し、ふわっとベッドに腰を下ろすと、そのまま湯たんぽのように沈み込み、昼寝に入ってしまった。
ライクが部屋を見渡して、ぼそりとつぶやく。
「……コルネリオがあんな調子なら、こっちが主役みたいなもんだな」
ティティが胸を張ってくるりと一回転。
「今、とってもがんばってますのよ! 脳内で30パターンの作戦を展開中〜♡」
「つまり、まだ何もしてないってことか……」
作業は、家中に散乱した魔道具の仕分けから始まった。
どれも形も用途も不明なものばかり。一行は知識と技術を総動員して立ち向かうことになる。
ミーナが最初に取りかかったのは、空中に浮いたまま小刻みに震える石の台だった。
誰が触れても反応せず、淡く揺れる魔力だけがそこに残っている。
「これは……たぶん、術式が“動かないふり”をしてるんだと思います〜。怠けてる、みたいな感じですね〜」
「魔道具が怠けるってどういうことだ……」
ミーナは目を閉じ、静かに祈りの詠唱を始めた。
やがて石はぴたりと動きを止め、ゆっくりと床に降りていった。
ティティが手を叩いてぱちぱちと拍手する。
「すごいですわ〜! 今の、すっごく“おしごとしてるミーナさん”でしたわ!」
ミーナは照れくさそうに笑い、首をすこしだけかしげた。
「えっと……そう見えたのなら、よかったです〜」
一方、ティティは倉庫の奥で、結晶体の山を前にして目を輝かせていた。
「わあっ♡ これ、ぜんぶ“火のたま”の素材じゃありませんこと? 一個ぐらい……ちょっと爆発、してみても……」
「するな! 絶対にするな!」
「じゃあ分解だけでも!」
「それもダメだって言ってるだろ!?」
とはいえ、ティティの魔道具識別眼は本物だった。
結晶体を一つずつ手に取り、「これは未発動。こっちはただのカス」と的確に分類していく姿は、元・魔法使いの看板に恥じないものだった。
「わたくし、魔法学校では“分類だけ”いつも一番でしたの」
「“だけ”って言ったな……」
グレンは地下室で、一風変わった収納装置と向き合っていた。
魔法式が刻まれた重箱型の箱。動力はないはずなのに重く、開けようとすると中身が消える。
彼は無言のまま手袋を外し、箱の金属面をそっと撫でて感触を確かめていた。
しばらくして、箱は音もなく「カチ」と開いた。
「おおー……! 読んでましたの? この子の気持ち!」
ティティが感嘆の声をあげるが、グレンは特に答えず、少しだけ目を細めたように見えた。
ライクは全体の動線と荷物の配置を把握しながら、荷の種類ごとのタグ付けを進めていた。
効率的に搬出できるよう、魔導具の反応や危険度、通路の詰まりやすさなどを細かくメモしていく。
「ここは反応遅延が3秒。こっちは重複反応の恐れあり……なら、手前から抜けるルートにして、次を交代で……」
ティティが声をかける。
「なんだかライクだけ、戦術マップ見ながら動いてるみたいですわね〜!」
「これは戦術だよ、立派な」
「センターって、戦わない戦場なのかもしれませんわ」
ライクは一瞬手を止めたが、すぐにタグの作業へと戻った。
夕方になるころには、大半の魔道具と資料の分類が終わっていた。
ベッドから顔だけ出したコルネリオが、ぽつりと漏らす。
「うん、思ってたより……ずっと気持ちいいもんだね。誰かに“片づけられる”って」
ライクは肩を軽くすくめて答えた。
「今まで、自分で抱えすぎてただけなんじゃないのか?」
コルネリオは大きく伸びをして、ふっと肩の力を抜いた。
「……そうかもね。わたし、“誰かに任せる”って魔法、すっかり使い方を忘れてたみたいだよ」
その言葉に、部屋のどこかから、くすっと小さな笑い声が響いた。
そして翌朝。
“元・勇者引っ越しセンター”は、もうしばらく王都での依頼をこなしていくことになる。
派手さはないけれど、たしかに喜ばれる仕事。
それが、彼らのいまの“冒険”だった。




