第2章 2.コルネリオと初対面
王都北区・緋桐通り。
整然とした住宅街の一角に、その屋敷はあった。
高い塀に囲まれた古びた洋館。
門扉には「関係者以外立入禁止」と手書きの木板がぶら下がっている。
ティティが目を細めて門を見上げた。
「ふむ……あの板、ちょっと呪われてる気がしますわね」
「いや、そこまでは書いてないだろ……」
「でも微かに魔力が漂ってますの。しかも今、ちょっと動きましたわよ?」
「ほんとだ……これ、魔道具じゃねぇか?」
ミーナが杖を軽く構え、魔力を通して念話を送る。
「コルネリオ様。治安ギルドのご依頼を受けまして、“元・勇者引っ越しセンター”が参りました〜。入場の許可を――」
――ピュウウウン!
門が音を立てて開き、空中から光の球が飛び出してきた。
頭上をくるくると旋回し、ティティの前でふわりと静止する。
「まあ、歓迎モードですのね。素敵♡」
光球が明るい声で喋り出す。
『どうぞ〜〜、どうぞお入りくださいませ〜〜! ただし! 魔力干渉に弱い方はご注意! 館内、やや不安定でして〜〜!』
ティティが小声でぼそっと。
「“やや”って便利な逃げ言葉ですわよね」
屋敷の中は、魔術道具と紙と発光体とスリッパと謎の粘液が渾然一体となっていた。
浮遊する魔導球が自動で本を読み上げたり、廊下の防犯トラップが起動と解除を繰り返していたりと、情報量が多すぎる。
その中心に、寝間着のようなローブを着た初老の男が立っていた。
くしゃくしゃの銀髪、眼鏡を三つ首にぶら下げ、手には湯気の立つカップ。
「ああ、来てくれたのねぇ。ようこそようこそ、“元・勇者便利引っ越し何でも屋さん”!」
「名前ちがう……!」
ミーナが柔らかな声で一礼する。
「コルネリオ様ですね〜」
男は片手をひらひらと振った。
「そうそう、わたしがその“元・なんかだった系”魔法使い、コルネリオ。いや〜助かる助かる。引っ越したい気持ちはあるけど、身体の方が先に溶けそうでね」
「……比喩ですか?」
「ちょっと現実です」
ティティが部屋を見回し、目を輝かせた。
「この焦げたような香り……爆発の名残ですわね! この部屋、いい感じですの♡」
「やめてくれ、その“いい感じ”が一番怖い……」
ライクは腕を組みながら、部屋の奥に積まれた魔道具や書簡の山を見上げる。
「確認するけど、これ全部……運ぶんだよな?」
「うん、八割くらい? 三日前に“自己拡張箱”に入れた分は仮想空間に逃げちゃってて……戻せるかは不明だけど」
「情報量が多いな……」
ティティが口を挟む。
「でも空間魔法、わたくし少しだけ扱えますわ! とりあえず転がしてみれば、何かは出てきますの♡」
「何が出てくるんだよ、それ……」
ミーナが問いかける。
「コルネリオ様。今回のご依頼は“支援”であり、転居はあくまで任意です〜。お引っ越しの意思があるかどうか、お伺いします〜」
「おお〜……選ばせてもらえるのか……なんか久しぶりに人として扱われてる感じが……」
ミーナがにこやかに返す。
「今すぐにお選びくださいませ〜」
「きびしっ!」
コルネリオは振り返り、部屋を一望する。
「正直、この家は“研究の残骸”ばかりでね。未練は……まあ、たぶん、ほんのちょっとだけ?」
「たぶんは未練ですわ」
「でも、荷物が多くて面倒なだけなんだ。自分で運べって言われると、ほら、溶けるし」
ティティがくるりとターンして微笑む。
「では、その面倒ごと、わたくしたちがすべてお引き受けいたしますわ♡」
コルネリオは目を見開いた。
「……君たち、本当に“元・勇者”なのかい?」
ライクが小さく笑う。
「勇者だったら……荷物なんて持たねぇだろ。今は――引っ越し屋だ」




