第1章 1.終わった冒険譚
「よし、いくぞ! 今回こそ決める!」
ライクは剣を抜き、声を張り上げた。
けれど、返ってくる声は――ない。
「……おれが言わなきゃ始まらないしな。うん」
自分に言い聞かせるように、小さく胸を叩く。
剣を構えながら視線を前に送るが、森の中は静まり返っていた。
「おにーさまー、まだですのー?」
背後からの声に振り向くと、ティティが地面に座りこみ、木の棒で土にハートを描いていた。
「ティティ、ちょっとおなか空いてきましたわ。お昼の時間じゃありません?」
「……まだ戦ってもいないんだけど?」
「じゃあ、あと三分だけ待ちますわね」
すごい勝手なタイムリミットを告げて、ティティは地面に寝ころび始めた。
その横で、ミーナが静かに両手を組んで祈っていた。
「ふふ……神さまが“今日はのんびりでいい”って仰ってます〜」
「そろそろ神様とも相談しなおしてくれ……」
グレンは無言で立ち、荷物袋をゆっくり下ろして腰を伸ばしていた。
やる気がないわけではない……たぶん。表情が読めないだけだ。
そのとき――
「やったー! 倒したー!」
森の奥から子どもたちの声が響いた。
ライクたちが駆けつけると、“森の魔物”はすでに地面に転がっていた。
木の枝や棒切れを手にした村の少年たちが、誇らしげに立っている。
「え……君たちが?」
「うん! なんか前より弱かったし、みんなでバーンってやったら倒れたよ!」
ライクは剣をそっと鞘に戻した。
「そっか……よかったな」
ぎこちなく笑いながら拍手を送る。
ティティが魔物の死体をのぞきこむ。
「ティティがこの前やっつけたスライムより、やわそうですわ」
「いや、比べなくていいからな……」
その夜、宿の部屋。
ライクはベッドの上で天井を見つめていた。
「……おれたち、もう必要ないのかもな」
「それはどうかしら〜?」
突然、ベッドの下から声がして、ライクは飛び起きた。
「うわっ! ティティ!? 何してんだよ!」
「わたくし、下から観察してただけですの。おにーさまが何言い出すか気になって」
「……それ、趣味悪いぞ」
ティティはひょこっと顔を出し、ベッドに頬を乗せてにやりと笑う。
「でもちょっとガッカリ。泣いたりはしないのね?」
「泣かねえよ」
「じゃあ、大丈夫そうですわね」
そのタイミングで、コンコン、とノックが響く。
ミーナとグレンが部屋に入ってきた。
「……お話、聞いておりました」
ミーナはにっこりと微笑みながら、やわらかく、しかし真剣に告げる。
「神さまが……いまはそばにいなさいって、言ってる気がします〜」
「また出たよ、信仰パワー……」
グレンは無言のままうなずき、荷物袋を部屋の隅に置いた。
ティティがぱちんと手を打つ。
「じゃあ、“やめる”のはナシでいいですわね? またなんかやればいいじゃありませんの」
「そんな軽く言うなよ……」
「でも、動いてないとティティ、つまんないのです」
ライクは天井を見上げて、ため息をひとつつく。
けれど胸の奥で、小さく何かが灯った気がした。
――まだ、終わりじゃない。
「……もう少しだけ、一緒にいようか」
「わーいっ!」
ティティはくるりと回って、手を広げた。
「じゃあ明日は“おにーさまのやる気を出させる訓練”ですわね♪」
「誰の訓練だよ……」