プロローグ:チートなしで転生!? 町人のオレ、うっかりでパン屋が繁盛して大迷惑!
佐藤春人、28歳、会社員。過労でぶっ倒れた俺は、気づくと真っ白な空間にいた。目の前には、ふわふわした光の塊。まるでRPGの神様みたいな、胡散臭い雰囲気だ。
「ようこそ、佐藤春人! 私は転生を司る神だよ!」
声は妙にノリノリで、テレビのMCみたい。俺は頭を掻きながら答えた。
「え、死にました? いや、確かに残業120時間とかヤバかったけど…」
「うむ、過労死! だが安心しろ! お前には輝く異世界、ルミナス王国での新生活が待ってる!」
異世界!? 心が一気に高ぶった。なろう系で読みまくった展開だ! チートスキルで無双、ヒロインにモテまくり、王国を救う英雄! よっしゃ、来たぜ!
「で、俺のチートは? 無限魔力? 最強剣技? ハーレムフラグ?」
光の塊が、なんかニヤニヤしてる気がした。顔ないのに。
「チート? うーん、なし!」
「は!?」
「いやいや、お前には『面白いこと』が起こる人生を保証するよ! グレン村で、楽しくやってくれ!」
「待て待て! チートなし!? 『面白いこと』って何だよ! せめて魔法か剣くれ!」
「ハハハ、細かいことはいいだろ! ほら、行ってこーい!」
光がバチーンと弾け、意識がブラックアウト。チート詐欺だろ、これ! 大迷惑すぎる!
目が覚めると、木造の小さな部屋。藁のベッド、粗末な机、窓から差し込む朝日。後から聞いた話だと、どうやらオレは早朝に「麦の香り」倒れて気を失っていたところを主人のゴードンさんに助けられたらしい。異世界転生したなんて言えずにとりあえず記憶喪失のふりをした。まぁ、この世界のことは何にも知らないわけだから同じようなものだ。ゴードンさんはそんなオレを見兼ねて記憶が戻るまで住み込みでパン屋の見習いとして雇ってくれることになった。なんて良い人なんだ。
それから6カ月
俺はハルト、この世界では18歳、グレン村のただの町人。職業はパン屋の見習い。魔法なし、戦闘力なし、ステータス画面なし。なろう系のテンプレ、全部なし!
「マジでチート詐欺…大迷惑だろ…」
グレン村の生活にも慣れてきた。ルミナス王国は中世風のファンタジー世界。市場では商人が「新鮮なリンゴだよ!」と叫び、馬車が石畳をガタガタ走る。夜は魔法ランタンがオレンジの光を放ち、宿屋「星降る館」では吟遊詩人がハープを弾きながら冒険譚を歌う。魔物の森が近く、冒険者ギルドも賑わってるけど、俺はただのパン屋。戦う力も魔法もゼロ。普通の町人だ。
でも、平凡な生活も嫌いじゃない。パン屋「麦の香り」は、親方のゴードンさんが営む小さな店。朝から窯を焚き、粉をこね、パンを焼く。日本のパン屋バイトの経験を活かし、発酵時間を調整したり、バターを多めにしたり。現代知識で、ちょっとだけ工夫してる。
ただ、このパン屋、俺が来るまではマジでパッとしなかった。客はチラホラ、売れ残りだらけ。それが今、村一番の人気店だ。なんでかって? 俺の「うっかり」のせいらしい。
3か月前、作業中にスパイスの瓶を倒して、生地にシナモンが混ざった。親方に「すみませんでした!」と謝ったら、試しに焼いたパンがバカみたいに美味い。市場の商人が「こんなパン、初めてだ!」と大絶賛。「ハルトのシナモンパン」は村の名物になった。
先週も、うっかり塩をこぼして生地に混ぜちまった。失敗かと思ったら、塩味の効いたパンが大ヒット。宿屋の客が「これ、ビールに最高!」とバカ買い。親方は「ハルト、お前の手は何か持ってるぞ!」と笑うけど、俺はただのドジっ子だ。チートじゃなく、偶然。こんなんでパン屋が繁盛するなんて、大迷惑すぎるだろ!
朝、市場の喧騒が窓から聞こえてくる。石畳を馬車が走り、商人の「朝採れ野菜、安いよ!」という声が響く。魔法ランタンが朝霧の中でほのかに揺れ、吟遊詩人が宿屋の隅でハープを弾いてる。グレン村のいつもの朝だ。
俺は窯に薪をくべ、パン作りを始める。生地の匂い、窯の熱、市場の活気。平凡だけど、悪くない日常だ。
「ハルトさん、おはようございます!」
店の扉が静かに開き、アリサ・ルナールが微笑む。冒険者ギルドの受付嬢、20歳。金髪をハーフアップにした彼女は、今日はチュニック姿。青い目がキラキラして、笑顔が…いや、マジで癒される。俺、完全に一目惚れだ。
「アリサ、おはよう。シナモンパン、焼きたてだよ」
俺がパンを渡すと、アリサは丁寧に手を合わせて受け取る。
「ハルトさんのパン、いつも本当に素敵ですわ。ギルドの冒険者の方々も、皆さん大ファンでして!」
丁寧な言葉遣いと柔らかい笑顔に、心臓がドキドキ。なろう系のヒロインそのものだろ、これ! 告白したいけど、気弱な俺には無理。チートなし、勇気もなし。情けねえ!
「いや、ただ焼いてるだけで…アリサが褒めてくれるから、頑張れるよ」
「まあ、ハルトさんったら! そんなふうにおっしゃると、照れてしまいますわ」
アリサが頬を赤らめる。うわ、めっちゃ可愛い! このまま良い雰囲気で…って、思った瞬間、ドタドタと足音が。
「ハルト! グズグズしてんじゃねえ! 朝からパン焼いて、村を盛り上げろよ!」
リナ・クロス、18歳、宿屋「星降る館」の看板娘。栗色の髪をポニーテールにし、ズボンとチュニックにエプロン。腕まくりした姿は、男勝りそのものだ。リナは俺の肩をバシンと叩き、豪快に笑う。
「リナ、痛えって! 毎朝そんなノリかよ!」
「ハハハ、弱音吐くな! お前のパン、宿屋の客がバカ食いしてんだから、もっと焼け!」
リナの笑顔は豪快だけど、なんか目が優しい。実はハルトのこと、嫌いじゃない…ってか、ちょっと好意持ってる? いや、でもこのケンカ口調、どう見てもただのバディだろ。
「リナ、いつもバカ買いありがとな。宿屋、儲かってる?」
「当たり前だろ! お前のパンのおかげで、客がガンガン来るぜ! ま、俺の接客も最高だけどな!」
リナがウインクしてくる。ケンカ口調だけど、なんか楽しそうな雰囲気。彼女、宿屋で「ハルトのパン、最高!」と騒いでくれるから、店の評判が上がってる。昨日も、俺がうっかり落としたパンを拾って「ハルト、ドジっ子すぎ!」と笑いながら、ちゃんと袋に入れてくれた。…あれ、なんか優しいな、リナ?
「ハルトさん、いつもリナさんと楽しそうで、羨ましいですわ」
アリサが少し頬を膨らませる。え、嫉妬!? いや、考えすぎか?
「いや、アリサ、リナはただの友達…って、リナ、肩叩くのやめろ!」
「ハハハ、ハルト、顔赤くすんなよ! ほら、シナモンパン10個、頼むぜ!」
リナがバンバン背中を叩くけど、目がチラッと俺を見て、ちょっと照れたみたいに逸らす。あれ、リナってほんとに好意…? いやいや、ケンカ口調だし、気のせいだろ!
昼前、市場はさらに賑わう。商人の声、子供たちの笑い、馬車のガタガタ音。吟遊詩人が「遠くの勇者の物語」を歌い、魔法ランタンが朝の光に溶け込む。グレン村の日常、俺の平凡なパン屋生活。シナモンパン焼いて、アリサにドキドキして、リナにからかわれて。普通の日だ。
でも、なんか胸騒ぎがする。この6か月、うっかりでパン屋が繁盛したけど、なんかそれ以上の「偶然」が起きそうな…。いや、ただの町人だろ? チートなしの俺に、変なこと起きるはずないよな。
「ハルトさん、今日も素敵な一日になりますように!」
アリサが丁寧に微笑み、店を出ていく。リナが「ハルト、グズグズすんなよ!」と笑いながら宿屋へ戻る。俺は窯の前で生地をこねながら、思う。
「今日も普通の日…だよな?」
でも、なぜかこの平凡な朝が、なんか大迷惑な展開の始まりに感じてしまうんだよな…。