第8話 黒き耳の少女
ファルベラの町に入って二日目。リクは朝市で焼きたてのパンを買おうと、のんびり広場を歩いていた。
と、ふと。
――ゾクリ。
なんとも言えない気配を背中に感じた。
その直後、リクは少しだけ体をひねって、伸びをするように軽く腕を振った。
ヒュン――
その動きのすぐ後ろで、風を裂く音とともに、何かが“空振り”した。
???:「……避けた?」
リク:「あー、びっくりした。鳥でも飛んでた?」
振り返ると、黒いローブに身を包んだ少女が立っていた。
腰には一本の曲剣、鋭い瞳と、フードからのぞく長く尖った黒い耳――
俺(ダークエルフ、かな? なんかカッコイイな)
???:「……不快」
リク:「えっ!?」
???:「気付かれないように接近して、威圧も少し混ぜたのに……“のんびりストレッチ”で回避された。意味がわからない。不快」
リク:「え、なんかごめん。普通に肩こってただけなんだけど」
???:「……本当に気付いてなかったの?」
リク:「いや、なんとなーく背中がモゾモゾしたから、“あ、これ運動不足かな”って」
少女はしばし沈黙した。目の前の青年をどう処理すればいいのか、完全に困っている様子だ。
(なんなの? コイツの反応速度と感知能力)
少女はしばらく沈黙した後、ため息をついた。
リク:「あ、俺の名前はリク。あんたは?」
ミルナ:「私はミルナ。ダークエルフの傭兵。ファルベラ周辺の魔族残滓を監視してる」
リク:「へー、すごいなあ。俺なんか、パン買いに来ただけなのに」
ミルナ:「あんた、ぜったい自分のやばさ分かってないでしょ」
そのあとも、少しだけ会話は続いたが、ミルナはどこか困ったような笑みを浮かべていた。
興味と警戒と――ほんの少しの呆れを混ぜて。