第69話 命のなる木
世界樹の若木の葉が、朝露に光る。
それは、ほんの数日前まで枯死の危機にあったとは思えないほど、生命力に満ちあふれていた。
「見違えるように元気になったな……」
リクがそうつぶやくと、傍らのミリアも静かに頷いた。
「リクのおかげ」
だが、ミリア自身も、回復の儀式の中で重要な役割を果たしていた。精霊術士として、世界樹に棲まう古き精霊たちの声を聴き、対話し、願いを紡いだのだ。
その証拠に――
彼女の耳には、あれ以来ずっと、木々の囁きが明瞭に聞こえるようになっていた。
その日、世界樹の根元にある小さな祭壇の前で、ミリアは一人静かに祈りを捧げていた。すると、空気が淡く震えた。
風が、音もなく渦を巻く。
葉が、鈴の音のように微かに鳴る。
「……ミリアよ。そなたの声は、確かに我らに届いた」
それは、世界樹に棲まう“時の葉精”――長命なる精霊の一柱だった。
「世界樹の命をつなげた功に報いよう。そなたに“命のなる木”を授ける」
「命のなる木……?」
「厳密には、万能細胞がなる木である」
ミリアは、迷わず膝をついた。
「構いません。この力が、人の、精霊の、命のためになるのなら」
風がやさしく、彼女の髪をなでる。
次の瞬間、世界樹の一枝が自然としなり、黄金のタネが一粒、ひらりと舞い降りた。
すると、リクに助けて貰う前の失った記憶がふと蘇った。
……
黒い霧が立ち込める森の奥、冷たい雨が木の葉を打つなか、ミリアはひとり駆けていた。肩口には深い切り傷、足は泥にまみれ、既に限界を超えていた。それでも走るしかなかった。
〈黒蔦の会〉
それは暗殺、諜報、破壊活動を主とする影の組織。ミリアはその一員として、幼き頃より監視や殺人術の訓練を受けてきた。
だが、彼女は命令に背いた。無垢な子供の命を奪えなかった――それが「裏切り」とされた。
「……来る」
気配を感じ、身を翻す。森の闇の中から音もなく現れた影。その仮面の奥にあるのは、かつての仲間、いや、同志だったはずの顔だ。
「ミリア。逃げるな。戻ればまだ……」
「戻れば殺される。それに……私は、もう殺したくない」
「ならば、任務を果たす者として処理するまで」
影が呪印を描いた。瞬間、黒い鎖のような魔力がミリアの体を絡め取る。
「……っ!」
抵抗も虚しく、意識が闇に沈んでいく。闇魔法――心神に干渉する呪詛である。まともな意識を保てず、気づけば自らの身体は言うことをきかず、心は霧の中に閉ざされた。
次に彼女が目を覚ました時、鉄の枷が手足を縛り、首には奴隷の証である魔封の首輪がはめられていた。
……




