散乱した室内
散乱した室内を片付けるのは僕の仕事ではなかった。僕は自己嫌悪を少しでも慰めるために清掃をしようと思うのだが、恵那が許してくれなかった。あそこは恵那の会社だし、恵那には逆らえなかった。
僕と恵那のただならぬ関係というのは、従業員や一部のレンタル仲間は知っていた。恋仲だと噂されていたり、一度別れた関係だとも言われていたり、とにかくいい噂はなかった。あの惨状を毎回のように繰り返している僕と、特別な関係だと思われることで、恵那の社内立場が悪化してもおかしくはないのだが、そうはならなかった。恵那は、誰に対してもおかしかった。自分の欲求は隠さないし、欲望に忠実な彼女の姿を、どこにいっても見せた。自分を偽らない姿勢が、人を惹きつけるのかもしれない。生々しいというか、人間らしさを感じて、それがカリスマ性に繋がるのかもしれない。惨状を片付けるのは恵那の会社の従業員だが、恵那が言うには「何でもいうことを聞いてくれる」というのだ。実際、恵那に何かを意見しているところはあまり見たことがなかった。恵那は自分を曲げずに生きようとしていた。それを正当化するためには、実績が必要であり、だから会社を興して信念を証明しようとしているのではないか、と思うようになった。それができる恵那の力というのはとてもすごいと思うのだが、僕には参考にならなかった。恵那のように力強く生きることは僕にはできないし、そもそも絶対に曲げたくない自分の信念というものもないから、突っ走っていくこともできなかったのだ。
「バイバイ、ひろくん~、またシにきてね」
手を振った笑顔からは歪んだ思想はうかがい知れなかった。可憐で純粋な微笑みは、ランドセルを背負っているように錯覚してもおかしくなかった。
酷く疲れた僕は、帰路を急いだ。もうヘトヘトだった。あれは、爆発のような感じだ。爆散すれば、周りが傷つくのだ。
電車に乗り、数駅乗って降りた。空気が湿っていた。夕立には早いが、雨が降りそうだった。丘の上から、河川に向かって下っていく途中、いっそう強い風が吹いた。鼻先に、ぽつんと刺すような感じがした。雨だ。見上げると、間もなく降りだした雨は、乳白色の路面を瞬く間に黒く染めた。傘をさした。帰り道は、ひとり憂鬱だ。