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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黄昏と宵の狭間にて

作者: 火之香

これは「捨て犬ヨルは人間の夢を見る」のスピンオフ作品です。話の内容はその作品とは関係ありません。

 とある男性に熱すぎるラブコールを送るのは真っ黒なラブラドールレトリーバーのヨルニだ。夕方になると会社から帰宅中の彼を熱烈なアタックでアピールするのがこの犬の日課だ。ヨルニは愛してやまない人、翠川(みどりかわ)賢志が家の近くを通ったのを匂いで察知し塀を飛び越えた。


「ワン!(賢志、会いたかったよー!)」  


 実はこの犬、普通の犬ではない。送り犬という魂をあの世送りにするといわれる妖怪なのだ。なぜ普通の犬として勝の所へ来たかは話の本筋ではないので省略する。


 いつもは聞き分けのいい犬を演じているヨルニだが、賢志のこととなると送り犬の本能にスイッチが入ってしまうらしく、散歩の途中であっても勝を引きずってまでも賢志を追いかけてしまう。


 そのせいで賢志はヨルニに捕まらないよう逃げ出す始末だし(賢志とその家族には霊感がある)、それに出くわした大学の部活から帰宅してきたヨルニの飼い主である日野勝もヨルニを捕まえるため持っていたバッグを家の庭に放り込んで駆け出した。


「ヨルニ! 賢志を追いかけるのはやめて家に戻ってくれ!」


 しかし、ヨルニは勝の言葉など耳に入っていない。必ず賢志を捕まえてあの世逝きにしかねない勢いだ。


「勝、捕まえるんだったらリードを持って来てくれなきゃ困る!」


 勝が追いかけて来ている事に気づいた賢志は走りながら叫んだ。ヨルニは早く賢志に近づきたくてウズウズしている。


「ワンワン!(なんで逃げるの!)」


 ヨルニは走るスピードをゆるめない。なんとしてでも捕まえたい一心だ。隠れようにも鼻が利く犬には初歩的なトリックは通用しないし、立ち止まったら立ち止まったで突き飛ばされてしまうので賢志は立ち止まることができない。







 走り出して息が二人とも息が切れかけた時、勝の視界が歪んだ。横断歩道が捻れている。目を擦っても道路の捻れは直らなかった。賢志も同じ錯覚に陥っているらしく何度も目を擦っている。


「何がどうなってるんだっ?」


 視界が歪んだ影響はヨルニにも及んでいた。全速力で走っていたのを急に立ち止まったせいで思いっきり転んだかと思うと電柱にぶつかってしまった。


「キャン!(痛い!)」


 明らかにおかしいこの異常事態に二人と一匹は戸惑い始めた。しばらくして賢志がおもむろに言った。


「異空間に巻き込まれた……」


 つい先程まで聞こえていたはずのカラスの鳴き声や風の音さえ聞こえない。人の気配さえパッタリとなくなってしまった。ヨルニたちは異次元に迷い込んでしまったのだ。


 こんな時歩き回ってもどうにもならない。そんなことはわかっているはずだったが、ヨルニはそんなことはお構いなしに賢志に近寄ろうとした。


「ワン!(今度こそ二人きり!)」


 賢志は全くデートする気分じゃない、と勝が言おうとした時だった。妙な生き物が勝たちの前に現れたのだ。暗色のゴムのようなボールからあちこちに触手が生えていて、しかも不気味な血走った目が身体中にいくつもあった。ゴムボールの中程に丸い口があり何列もある牙が見えた。


 それを見た賢志は青ざめた表情でフリーズしてしまった。絶対良くないモノに出くわしてしまったことは勝にも分かった。一体どうしよう? しかし、こんな時に限って腰を抜かしてしまうものだから勝は自身の臆病さを呪った。


「美味しそうなもの、見ーつけたー」


 得たいの知れないものは勝たちを食べる気だ。


 万事休すと思われた時だ。ヨルニが不気味な生き物に近づいたかと思うとがぶっと咬んだ。しかもあろうことかその気妙な物体を勝のところへ持ってきた。


「ワン!(これで遊ぼう!)」


「へっ?」


 一瞬思考が停止する勝と賢志。黒いゴムボールみたいなものは咬みつかれたせいで痛がっていて勝たちを襲うどころではなくなっていた。





 二人と一匹は歩けば歩く程どこを歩いているのか分からなくなっていた。(あの不気味な生き物はヨルニに恐れをなして逃げてしまった)道は変な具合に(よじ)れているし、宙に捻れた道が出現していたりして方向感覚を奪われてしまったからだ。


 程なく歩いていると、見覚えのある者が勝たちを出迎えた。


「こんな所に来るなんて危ないじゃないの。一緒に帰りましょう?」


「お、お母さん?」


「勝のお母さん? なぜ、ここに?」


 目の前にいたのはどこからどう見ても勝の母親だ。しかし何かが変だ。ただ目の前にいるのは確かに勝の母親に見える。どうしようか迷っているとヨルニが母親らしき人に近づいた。匂いを嗅いでいる。そして……。


「ワンワン!(こいつ、変な匂いがする!)」


 けたたましく吠えたかと思うと、勝の母親に咬みついた。


「ちょっと、ヨルニ! 何してるんだ! 放せ!」


 突然ヨルニが母親を咬んだものだから当然勝は慌てた。が、思いもよらないことが起こった。咬まれた母親らしき人の姿が変化したのだ。そして、母親は先程出くわしたあの不気味な触手ボールになった。さっきヨルニが咬んだときとは違い今度は手加減なしにきつく咬んだおかげで触手ゴムボールはヒィヒィ(わめ)いていた。


「放して! 痛い、痛い! もう襲わないって約束するから!」


 触手ボールの言うことを信じて良いのだろうか? ふとそんな考えが勝の脳裏をよぎった、が。


「勝、こいつは人肉を食らう化け物だ! こいつの言うことを信じるな!」


 必死の形相で賢志が勝に忠告した。我に返った勝は目の前にあのゴムボールがいて背筋がゾッとした。いつの間にかあのゴムボールに無意識のうちに近寄っていたのだ。賢志の忠告がなければ、ヨルニがゴムボールに咬みついてなければ、そのままゴムボールに食われていたかもしれない。

 

「痛い、痛いよ……、助けて……」


 触手ボールは泣き落とし作戦にでたようだ。これが可愛らしい生き物だったら作戦も功を奏したかもしれないが、いかんせん不気味極まりない化け物なので、賢志は顔が青ざめていたし、勝はヨルニが早くこの化け物をどこかへ捨ててきて欲しい気持ちになっていた。


「ワン!(勝、どうしたの?)」


 ヨルニが吠えた瞬間化け物はその隙をついて、逃げ出した。見かけによらない猛スピードで歪んだ空間を飛んでいったものだから、あの化け物は異空間の捻れた空間の悪影響を受けないことが判明した。






 いつまで経っても夕暮れ時で日が沈まない事によって周囲を警戒できるのはありがたかった。ふと勝はあることを思いつきスマホを取り出した。電話をかけてみたが通じる様子はない。そして次に勝は周囲を動画に撮った。snsに投稿して反応を見るつもりなのだ。しかし、その行動は無駄に終わった。


「あれ? 全然投稿出来ないや。もしかしたらこの事を知っている人がコメントくれたかもしれないのに……」


「おい、あれちょっと見てみろ!」


 賢志が慌てた様子で空を指差している。何事だろうと勝は空を見上げた……。  


「なんだあれ!」


 見上げた先には映像が写し出されていた。スクリーンも何もない空に確かに映像が映っていたのだ。その映像は賢志の妹、里奈が映っていた。勝たちを見て安堵した表情になった。


 彼女の手元を良く見るとパソコンのキーボードを操作しているような動きをしていた。となると勝たちは里奈のパソコンに映し出されているということだ。

 

『二人ともやっと、見つかった! 心配したんだからねっ。今すぐそこから出られるようにするから待っててっ』


 空から聞こえたその声は確かに里奈の声だ。でもここから出られるようにするってどうするつもりなのだろう? 疑問に思った矢先、空に大きな穴が空いた。異世界に繋がりそうな極彩色なカラーリングのトンネルが空に開いたのだ。


「ま、まさかここに飛び込めって言うんじゃないよな?」


『そこにいつまでいても家に帰れないでしょ。早く飛び込んで!』


 勝はためらった。先ほどの偽物の母親の事が脳裏をよぎったからだ。また騙されるかもしれない、そう思った時だ。ヨルニが穴に向かって飛び込んだのだ。異次元に巻き込まれると心配したが、そもそもここが異次元空間なのだからそんな心配は無用かもしれない。


 勝は一か八か飛び込むことにした。ヨルニは偽物の母親を見破ったのだから大丈夫なはずだ。もしこのトンネルと空に浮かんだ映像が嘘だと言うのならヨルニは威嚇していたはずだ。勝はヨルニを信じて穴に向かって跳躍した。賢志もそれに続いた……。






「ワンワン!(勝起きてよ!)」


「うわっ。……ってここ、俺の家? たしか俺異世界に行ったはずじゃ……」


 そばには心配そうにヨルニが見つめていた。これは夢かと思ったとき、窓の外に何か得たいの知れない黒い物体が素早く飛んでいくのが見えた気がした。





 


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