八
アルサミン一家の敷地はとても広大だった。敷地の外には金属でできた黒い柵が立っているが、柵があるのは主に北側の門の前方だけで、門を抜けると敷地の中央には白い噴水があり、その向こう、南に続く石レンガの道の奥に、こちら側を向いた二階建てのコの字形の大きな館が建っている。
東西にはトウモコシ畑や農地が大きく広がっていて、小さな倉庫や作業員が使う建物がいくつか建っている。南米の大きな農園付きの館を連想させる造りだ。麦わら帽子をかぶってタバコを吸いながら農作業に手を出すヒゲのおじさんがいれば完璧だったが、あいにくここにはガラの悪いチンピラ共しかいないようだ。皆赤いスカーフを首に巻いている。農地はよく見ると手入れされておらず、粒が不揃いなトウモロコシもしなびていた。
「いい場所だ」
慎二はポツリと呟いた。
馬を門の横につないで敷地内を進み館に入ると、玄関口から一階の吹き抜けにすでにアルサミン一家の連中が三十人ほど銃を持って壁に沿って待機しているのが見えた。慎二はその持っている銃が気になった。マックスが持っているようなフリント式の銃ではない。慎二は銃には詳しくないが本などで見たことがあった。第二次世界大戦でよく使われていた割と最近のライフル銃だ。
(他の一家は装備もガンホーケン達とは違うのか)
入ってすぐ三人は若者に止められた。
「武器を預からせていただきます」
三人は銃を若者に預け、吹き抜け中央に通された。丸腰で銃を持った三十人に見られたまま中央に立っているのはあまり気持ちのいいものではない。マックスは冷や汗をかいた。
「ここでお待ちください」
部下が二階に行き、やがて二階から先ほどの部下を従えて男が降りてきた。スキンヘッドの上半身裸の筋骨隆々の男、アルサミン一家の頭領、ガイルだ。
ふと慎二は二階に目を向けた。白いドレスを着た黒髪のエレーネが二階の柵に両手を置き、こちらを見ている。ガンホーケンもエレーネに気付き舌打ちして呟いた。
「くそ、すでに射程距離に入っちまったな」
ガイルは不敵に笑いながら口を開いた。
「わざわざ来てもらってすまねえなガンホーケン。それとマックスだったか」
「茶ぐらい出してくれてもバチは当たらねえと思うがな」
「うわははは! まあそう言うな! どうせこっちから出した物なんて飲まねえだろお前は!」
「まあな。それより若い奴から聞いたぜ。お前の部下が死んだらしいな。気の毒なこった」
「おいマックス、お前あそこにいたらしいな。何か見てねえのか?」
「いや知らねえ。俺が見たのはこいつだけだ。こいつは砂浜に打ち上げられててちょうど目を覚ました所だった。だから一緒にアジトに引き上げた。それだけだ」
「ふうん。お前は初めて見る顔だな」
ガイルは慎二を見て値踏みをしているようだ。
「俺は本沢慎二。日本人だ。今話してた通りだ。俺は意識を失ってたんだ。何も知らない」
「まさかとは思うがそんな簡単な話で終わると思ってねえだろうな?」
「え?」
「部下達の銃はほとんど撃ちつくしてた。なら散々あいつらの銃声が聞こえたはずだ。スヤスヤとお休みになってたお前は本当はその音で目を覚ましたんじゃねえのか?」
まるで言いがかりのような一方的な意見だが、慎二が動揺したのをガイルは見逃さなかった。
「そして銃声で目を覚ましたんならその方向を見るはずだ。あそこは見通しがいい場所だ。銃を向けられている誰かさんが見えたと思うんだがな」
慎二はエレーネの射抜くような視線を感じた。ガイルが首を回して肩をほぐしてから近くにいた部下の若者の銃を手に取った。
「お前は召喚士だ。お前と部下達が戦った可能性だって十分あるよなあ? お前が殺ったんじゃねえなら誰かがいたはずだろ、言ってみろ」
慎二は周りを見回した。どうやらガイルは慎二を犯人と見ているようだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! やったのは俺じゃない! 俺はその時自分が召喚士だなんて知らなかったんだ。丸腰であんたの部下とやりあうなんて無理だ」
「ん?」
「嘘をついて悪かった。ガンホーケンに聞いたんだがこの島には他にもマフィアがいるんだろ? なるべくなら他の連中と関わり合いたくなかったんだ。俺がチクったらそいつらに睨まれちまう。来た途端に命を狙われるハメになるなんてごめんだった。だから嘘をついたんだ。すまねえ」
エレーネは不思議な物を見るような目で慎二を見ている。ガイルは銃を下げた。
「見たのはジジイだ。たぶん召喚士なんじゃねえかな。銃は使ってなかった。建物の中に向かって手をかざしているのを見たんだ。何をしてたかはわからねえ。だが赤いスカーフの男達が次々と死んだんだ。それを見てただごとじゃねえと思った。俺達はあいつに気付かれる前にずらかったんだ」
マックスは慎二を見て何を考えているのか気付いた。あそこにいたのは二階に立っている女ですなんて言ったら次の瞬間自分達は死体に変わるかもしれない。エレーネを刺激しないように嘘をついているのだ。
「ポスクのジジイか……」
ガイルは呟いた後しばし考えていたがどうやら納得したようだ。
「よし、いいだろう信じることにしよう」
どうやら嘘が通じたらしい。マックスは安心した。がその後の慎二の言葉は予想していなかった。
「話はまだある。別のマフィアのことをしゃべっちまったんだ。あんた、俺を雇ってくれないか」
「なに?」
「ガンホーケンはともかく、この一家の連中ときたらマックス以外誰一人ついてこない腰抜け共だ。アジトだってあんなに小さくてよ。あんな連中の所にいたんじゃ俺はすぐにそのなんとかいう一家にやられちまう」
ガンホーケンは肩をすくめた。ガイルは突然の提案に笑い出した。
「うわははは! おいおい冗談だろ? 敵の召喚士を雇えってのか?」
「まだあんたの敵じゃねえ。あそこには客人としてお邪魔してただけだ。別に雇われたわけでもなんでもねえ」
マックスは怒って慎二にかみついた。
「てめえふざけんな! どっちが腰抜けだ馬鹿野郎!」
ガンホーケンがマックスを制した。
「よせ」
「なんだよガンホーケン! くそっ、てめえ! 世話してやったのに義理ってもんがねえのか!」
「なんだよそんなに怒るなよ。別に抗争してるわけでもないんだろ? じゃあ俺がどこに行こうが俺の勝手じゃねえか。俺は命が惜しいし金だって要るんだよ」
ガイルはニヤニヤと見ている。
「それに保護してもらうのは最初だけだ。俺だって召喚士なんだ、すぐに戦えるようになるはずだ。あんたの戦力になれる。どうだガイル? 悪くない話だろう?」
マックスは突然の裏切りに顔を真っ赤にしている。ガイルはしばし考えたのち慎二に握手を求めた。
「いいだろう。その話乗った。悪いなガンホーケン。二人目の召喚士はいただくぜ」
「まあそいつの自由だ。好きにしたらいいさ。慎二、これから先の人生で俺の視界に入るなよ。お前の人生がそこで終わるからな」
「そうするよ。ガイル、ギャラとかこれからの話をしたい。二人で話そう」
「いいだろう。だがまだお前ら三人で仕組んだ罠の可能性もある。ヘタな真似はしないよう見張りをつけさせてもらう。いいな?」
慎二は笑みをもらした。
「分かったよ。丸腰相手にも容赦ないなまったく」
「召喚士だろうが。丸腰でも関係ねえだろ」
「それもそうだ」
慎二が振り返ると、ガイルが声をかける前に壁から二人の部下が進み出た。ガンホーケンのアジトに来た例の若者二人組だ。二人はそれぞれ壁にかけてある銃を持つと慎二のすぐ後ろについた。慎二はガンホ-ケンとマックスに声をかけた。
「じゃあなガンホーケン、マックス。世話になった」
ガイル、慎二、そして部下二人は二階に上がり、ポカンとしているエレーネをそのままに奥の部屋に消えた。
追い出されるようにして外に出たガンホーケンとマックスは一度立ち止まった。マックスは振り返り、館をにらんで悪態をついた。
「くそ! なんだよあいつ見損なったぜ!」
「さて、どうかな。俺達二人は無事外に出られたが、ガイルがそんなに甘い男とは思えん。はい今日からお友達ですっていうのは難しいんじゃねえか?」
「そりゃあまあそうかもしれねえが……じゃあ慎二はどうなるんだよ?」
その時館の二階から銃声が響いた。ちょうどガイル達が入った部屋のあたりからだ。二人は見合わせて館に駆け込んだ。下の部下達も二階を見上げている。エレーネは一階に降りてきていたが、気にせず右の部屋で紅茶を飲んでいる。
ガンホーケン達が入ってくると部下に止められたが、二人は男を押し退けて階段を駆け上がった。奥の部屋に飛び込んだ二人は息をのんだ。
「こりゃあ……」
慎二が部屋の奥にあるガイルの机のそばで仰向けに倒れていた。シャツの胸のあたりに血が付いている。部下の二人は部屋の窓際に立っている。部下の片方しか銃を持っていなかった。そしてもう一丁を持ったガイルが自分の机の前で立っていた。
「慎二……」
ガイルがガンホーケン達の方を見ると近付いてきた。
「くっ! て、てめえ!」
マックスがガイルに向かって銃の引き金を引いた。弾はガイルの胸に命中したが意に介さずそのまま歩いてくる。
「え?」
ガンホーケンもすばやく照準を合わせガイルに向かって発砲した。やはり胸に命中したがガイルはそのまま歩いてきて、二人の横を通り過ぎ部屋を出ていった。
「む……」
窓際にいた部下二人が動き、入口の扉を静かに閉めた。ガンホーケンとマックスは部下二人を見て一瞬警戒したが、それ以降視線すら合わせようとしないのを見て外の事態が気になり、扉を少し開けてそっと部屋の外を覗いた。銃声を聞きつけた一階の部下達が上がってくる。
ガイルは上がってきた部下達に向けて発砲した。頭を撃ちぬかれた部下が階段を転げ落ち、呆気に取られた部下達に向かってガイルは階段を降りながら再び発砲した。
また一人息絶えるとさすがに異常事態に気付いたのか、部下達はガイルに向かって発砲した。しかし当たった弾を意に介さずガイルはどんどん部下達を殺めながら階段を降りていく。
やがてガイルに殺された男の死体の近くに同じ姿をした男が片膝をついた状態で現れ、自分の死体から銃を手に取り立ち上がると、他の連中に向かって銃を撃ち始めた。
殺された者達が次々と死体の側に現れ、自分の死体から銃を取り生きている者を襲っていく。生きている者達はあまりの異常事態に訳の分からぬ叫び声を上げながら応戦するが、銃の効かない相手になす術なく葬られていく。
銃声と大きな破壊音があちこちで鳴り響き続け、ガンホーケン達が二階の部屋に飛び込んでからわずか三分足らずで、館の一階に生きている人間はいなくなった。
三十人の死体が転がり、その死体と同じ姿をした銃を持った人間達、そしてガイルが銃を持って無表情で立っている。全員の背中から紫色の火がくすぶっていた。
「こ、これはまさか……?」
二人が振り返ると、慎二が椅子に座ってガイルの机の引き出しを物色していた。
「おい葉巻を見つけたぜ。これどうやって吸うんだ?」
ガンホーケンは事態を飲み込んだらしく笑顔で答えた。
「端っこを道具で切るんだよそれ。カッターを使うんだ」
「ああこれか。ライターどこだ? こいつ持ってるかな?」
そう言うと慎二は机の向こうでなにやらごそごそやっている。マックスは訳もわからず近付いて横からのぞくと、慎二は地面に倒れているガイルの死体のズボンのポケットを探っていた。
「あれ? なんでこいつここにいるんだ? 下に行かなかったか? お前、撃たれたんじゃないのか?」
「お、あった。いや今のガイルは俺の召喚兵だよ。マックス、ガンホーケン、説明無しで突っ走っちまってすまなかったな」
慎二はマックスに召喚術を詳しく説明していなかったことを思い出した。
「うーんよくわからん。そもそもなんでいきなりこいつらを殺っちまったんだ?」
「ガンホーケンと二人で狩りに行った時、色々書いてある手帳を見つけたんだ。グングニルの槍の話が書いてある手帳なんだ。俺も槍を探そうと思ったんだ。
この島で生き残るためには力が必要だろ? 俺は召喚術を手に入れたが、もしグングニルの槍が何か強力な力だとしたら俺達が手に入れなきゃ危険にさらされる。他の奴等に渡す訳にはいかない。
俺は死んだ者の魂を召喚し、実体化した状態で操れる。召喚兵ってところかな。ガンホーケンには見せたんだがお前にはちゃんとした説明はまだだった、すまない。ガイルを殺って召喚兵をいっぺんに大量に手に入れるチャンスだと思ったんだ。それでガイルを殺って、魂を召喚して下の連中を召喚しながら戦わせたんだ。最初にお前らが部屋に飛び込んで来るとは思わなかったからさっきはとりあえず死んだふりをして、部下共が来たら順番に片づけるつもりだった」
「はあ。いやちょっと待て」
マックスは入口に立っているスカーフの若者達を指差した。
「こいつらは生きてるだろ! ガイルの後を付いてった奴等だ。なんで今お前のいう事を聞いてるんだ?」
「こいつらも召喚兵だ。本体はもう死んでる。馬が砂浜にいたろ? あれはこいつらが見えなくなってから一旦消したから馬が自由になったんだ。さっきお前が怒り出した瞬間に壁際にまたこいつらを召喚して紛れ込ませたんだよ」
よく見ると若者二人の背中もチラチラと紫色の火がくすぶっている。ガンホーケンは眉毛のあたりを掻いてから首を振った。
「お前昨日の夜こいつらを殺して召喚の駒にしちまったのか? なんて危ねえ野郎だ」
「マジかよお前」
「正当防衛だよ。人をサイコ野郎みたいに言うんじゃねえ。向こうが先に手を出してきたんだ。それによ、もしかしたらこういう展開になるかもしれねえと思ってお前らにも言わなかったんだ。俺達三人じゃ不意討ち以外あの人数は倒せっこねえからな。敵を欺くにはまず味方からって言うだろ」
慎二は葉巻に火を点けて吸い始めた。
「巻き添えを食わないようにお前らを外に追い出したのに、下にいた部下達より先にお前らが駆け込んでくるなんてな。とんだ腰抜け共だぜ」
マックスはため息をついた。机から葉巻を一本拝借し慎二に火をもらって、部屋の中央にあるソファに座って吸い始めた。
「後で手帳の事、ちゃんと説明しろよ。抜け駆けは無しだぜ」
慎二はうなずいた。
「それよりあのエレーネって女だ。どうやら逃がしたらしい。あの騒ぎでも俺の駒じゃ倒せなかった。何人かぶちのめして騎士の後ろに跨って逃げて行ったよ。あの女相当戦い慣れてやがる」
ガンホーケンは窓から外を見て満足そうにうなずいた。
「まあいい。女一人じゃ生きていくのも大変だ、今は放っておこう。それよりここを新しいアジトにして俺達も動き出すとするか。いったん野営地に戻って引っ越しするとしよう」
「そうだな。俺は下の死体を埋めるとしよう。召喚兵には自分で墓穴を掘ってもらって死体を入れてもらおう」
「うへ~、気持ち悪いぜ」
三人とガイルの死体を担いだ召喚兵一人が下に降りた。三十人の召喚兵が銃を持ったままボーッと立っている。慎二が見ると一斉に銃を床に置き、自分の死体を担ぎ出した。ガイルと上にいた召喚兵一人は消したようだ。姿が見えない。マックスが気になったことを尋ねた。
「なあ慎二。こいつらはここに死体が無くても呼べるのか?」
「ああ、別に大丈夫だ」
慎二が自分の横にシカを召喚した。
「あっこいつは!」
「シカだよ」
「そりゃ分かるよ。そうか、狩りでこいつを仕留めて自分の能力に気付いたってことか。ふうん」
マックスは一度納得したが外に出た時にふと気付いて振り返った。
「え? じゃあ昨日俺達が食ったシカが今ここにいるってことか?」
「まあ……そういうことだな」
「う、うーん……色々と気持ちに整理が必要な能力だなあ」
慎二が召喚兵を動かし、敷地内の東に大移動をさせ、マックスとガンホーケンが先に北門のほうに進んだ時だった。マックスが何かに気付いた。
「あれ?」
「ん? どうした?」
「あ、あいつ……まだいるじゃねえか! あそこに!」
マックスの声に気付いた慎二も門のほうに視線を向けた。門の横にエレーネがいる。帽子は先ほどの騒ぎで落としてしまったようだ。エレーネはカゴを左手に提げ、カゴから出したニンジンを慎二達の馬にあげていた。エレーネはマックスと目が合ったが別段気にしていないようだ。
「お、おいどうする? あいつ始末しなくていいのか?」
慎二が二人に並んだ後口を開いた。
「うーん、ちょっと気になったことがあるんだよな。ちょっと聞いてみてもいいか?」
ガンホーケンは肩をすくめた。
「お先にどうぞ召喚士殿。趣味は紅茶だと思うぞ」
慎二は笑みをこぼした。
「そんなんじゃねえよ」
慎二はエレーネに近付いていき、声をかけた。
「なあエレーネさん。聞いてもいいか?」
「どうぞ」
意外と軽い返事だ。まだ敵とは見なされていないらしい。
「あんた以前、海岸でここの奴らを殺したろ? さっきガイルが探していた犯人はあんただ。なんでそんなことをしたんだ? 自分の仲間なんだろ?」
エレーネはニンジンをあげるのを止めて慎二を見た。
「あいつら酒に酔って調子に乗ったのか、私にちょっかいを出そうとしたのよ。正当防衛っていうのかしらね、死んだ所で自業自得でしょ。仕方ないじゃない?」
後から近付いてきたマックスがごくりと唾を飲んだ。
「だから皆殺しにしたってのか?」
「この島で躊躇したら負けよ」
慎二が会話を引き継いだ。
「ま、あいつらにも非はあったってことか。でもガイルの部下なんだしまずかったんじゃねえか?」
「別に? 私はお世話を頼んだ覚えもないわ。勝手にしていいって言われてたもの。ガイルに気に入られてたってだけ。それより私が犯人だって事をガイルがすでに知っていたら、さっきの話の流れはおかしくなっていたんではなくて? その時はどうするつもりだったのかしら?」
慎二は肩をすくめた。
「その時は壁際に召喚した奴に銃を撃たせて騒ぎを起こすだけだ。あいつからしたら突然部下が発砲したように見える。その隙に外に出てトウモロコシ畑に隠れて……あとはさっきと同じ流れだよ。仲間と殺し合ってもらうだけだ」
「ふうん。色々考えてるのね」
今まで話を聞いていたガンホーケンはふと近くにあった切り株から手斧を抜き、左手に持ち口を開いた。
「それで? これからどうするつもりだ? もうあんたが行くとこはないんだろ?」
エレーネは馬から離れた。
「あなた達、何か企んでるんでしょう? じゃなきゃたかだか三人でアルサミン一家と戦ったりしないもの。他のファミリーとも事を構えるつもりなのかしら?」
「実際戦ったのは慎二だけだがな。どのみち他のファミリーも黙っちゃいないだろう」
「何を企んでるかは教えるつもりはないぜ」
エレーネは噴水に向かって歩いていく。
「そうね……じゃあこうしましょう」
エレーネが振り返って三人に相対した。
「今から合図をするから。私から五分間生き残ったらあなた達を手伝ってあげる。駄目ならナイブズの所にでも行くわ」
マックスが目を見開いた。
「お、おいマジかよ今からやろうってのか!?」
「私から生き延びる事ができる人達がいる所なら割と安全だと思わない? それにもし駄目で他のファミリーに行くなら、お土産があった方がいいでしょう? ちょうどいいサイズのカゴもあるし……三つ入るかしらね?」
ガンホーケンは笑っている。
「こいつは参ったな慎二。俺はレディーに向かって三対一なんてガラじゃないんだが」
「二人とも本気でやれよ。死にたくなかったらな」
「あ、ああ……くそっやっぱりイカレてやがるこの女」
エレーネはクスッと笑った。
「行くわよ? よーいドン」
ガンホーケンはすぐさま右手の銃をエレーネに向かって撃った。エレーネは召喚したナイトを自分の前に立たせ、馬で弾を受けた。ナイトはハルバードをブンと振ると、三人に向かって馬で駆けてくる。
慎二が両拳を前に突き出すと、エレーネの両側から二人の兵が現れ、そのままエレーネに殴りかかった。エレーネが両腕を胸の前で交差させると、真横にナイトがさらに二体現れ、それぞれが召喚兵をつかむと力任せに地面に叩きつけた。
マックスはすぐさまトウモロコシ畑に飛び込み、姿勢を低くして銃を撃つチャンスを探し始めた。
ガンホーケンに肉薄したナイトが全力でハルバードを横なぎに振り、ガンホーケンは持っていた斧で受けようとした。慎二が咄嗟にガンホーケンの前に五人を呼び出し、壁役にした。五人は全員切り裂かれ、持っていた斧も切り、ガンホーケンの肩に少し刃が食い込んだところでハルバードは止まった。
「助かったぜ慎二!」
ガンホーケンはハルバードを掴んでナイトを引き寄せると、兜の目の穴に銃を突っ込んで発砲した。兜の中にあった炎が消え、ナイトは消失した。
「ハッ! なんだ簡単に殺れるじゃねえかこいつ! 慎二! とにかくこいつらの頭を狙って撃ちまくれ!」
「よし。やってみる」
慎二はすぐさま館の中に三十人を呼び出し、銃を取らせて外に出た。しかしエレーネは館の外にナイトを新たに二体召喚し、四体のナイト達が入口に向かって突進した。
ナイト達が召喚兵のほぼ全員をなぎ倒すと銃を何丁かまとめてつかみ、エレーネのほうに放り投げた。エレーネは跳び上がるとナイトを空中の自分の足元に召喚し、一瞬勢いのついた馬を足場にしてさらにジャンプ、それをさらに二回繰り返し、まるで空中をスキップするように銃に向かって跳んでいき、空中で銃を掴んで慎二達に向き直った。
マックスはトウモロコシ畑の中から悪態をついた。
「ど、どうなってやがんだあの女は!」
マックスがトウモロコシ畑から銃を撃ったが空中を自在に飛んでいるエレーネには当たらなかった。エレーネは銃を撃つたびナイトを召喚して空中でステップを繰り返し、いっこうに地上に降りてこない。ガンホーケンもエレーネの弾に当たらないよう素早く動き、遮蔽物に身を隠しながら銃を撃つがエレーネには当たりそうにない。
「おいおいなんだありゃ、本当に人間か?」
「降ろさねえとどうにもならねえな」
慎二は走りながら空中にいるエレーネのすぐ横に二人召喚し、エレーネを掴むことに成功した。
「今だ撃て!」
ガンホーケンとマックス、そして館の入口のまだ体が動く召喚兵の七体が一斉にエレーネに向けて発砲した。が、またも四方に召喚したナイトに阻まれ、エレーネを傷つけることはできない。慎二は召喚人もろもとエレーネを地上に叩き落そうとしたが、ナイトが掴んでいる二人を力ずくで引きはがし地上へ投げつけた。
投げ落とされた召喚兵によって噴水の可動部分が破壊され、噴水は止まってしまった。エレーネはステップしながら落ちてきて、噴水の柱の上に優雅に着地した。地上に新たに四体ナイトを召喚し、微笑んだ。
「あと三分よ」
エレーネは指を鳴らした。するとナイト達の兜の中の炎が激しく揺れ、馬が前脚をその場で蹴り始めた。異変を感じた慎二がすぐさま自分とガンホーケンの前に召喚兵を並べて前を塞いだ。
「マックス! どこだ! くそっ見えない……絶対出てくるなよ!!」
慎二とガンホーケンはナイト達に向かって撃ち始めた。が、ナイト達は二人の銃撃を意に介さず、一斉に二人に向かって突撃を開始した。
先ほどよりもはるかに速い。
二人は召喚兵に隠れながら左右に分かれてトウモロコシ畑に飛び込んだ。二人がいた地点をナイト達が召喚兵を蹴散らしながら猛烈な勢いで駆け抜けて行きやがて消失した。
慎二はトウモロコシ畑の中を静かに移動しながらエレーネの近くに次々と召喚し、銃を拾わせたり素手でエレーネを攻撃しようとした。しかし動かした矢先にエレーネの近くのナイトに処理されてしまう。だが慎二は挫けることなくその無意味とも思える攻撃を続けた。そうすることによってエレーネにナイトを操作させ続け、先程のような突撃をさせないようにするのが狙いだった。
慎二の意図に気付いたエレーネは突然ジャンプし、先程の空中ステップを使って館の二階のバルコニーに移動し、館の中に飛び込んで隠れてしまった。
(くそっどこにいやがる……!)
慎二は館の中の一階、中央階段の裏にナイフを持った少年を召喚した。慎二は少年を介して今どこにいて何を見ているのかが分かる。
(二階はガイルの部屋とあと一つ、小さな部屋しかない単純な構造だった。いるなら一階だ)
慎二は小柄な少年を使ってエレーネを探し始めた。慎二の後ろのほう、トウモロコシ畑の中のどこかから何かが少しずつ移動している音がする。エレーネもナイトをトウモロコシ畑の中に放ったようだ。お互いに召喚した者同士で本体を探している。
慎二は音を立てないように息を潜めた。少年は音を立てないように右の部屋に滑り込んだ。エレーネが背中を向け、椅子に座っていて紅茶を飲んでいた。
慎二の後ろでカサリと音がした。すぐ近くにいる。動いたら死ぬ。慎二は少年をゆっくりと動かし、エレーネの背後を取った。しかしキャビネットに少年が映り、ナイトに腕を掴まれた。そして慎二は自分の位置が日陰に入ったことに気付き、振り返るとそこに馬に乗っていないナイトがいた。
「くそっ!」
慎二は召喚兵を二人繰り出しナイトの動きを止めようとしたがエレーネのナイトが瞬時に二体現れ、馬で踏まれあっという間に押さえつけられてしまった。
「俺の負けか」
ナイトがハルバードを振りかぶった。その時横で勢いよくガサガサ音がした。
「うおりゃああああ!!」
戦いの音を聞きつけたマックスが横から飛び出してきてナイトに飛び蹴りをくらわせると、ナイトはバランスを崩し尻もちをついた。慎二が二人召喚し、すばやくナイトを押さえつけるとマックスが兜の中に銃を突っ込んで発砲し、炎が消えたナイトは消失した。
「やるじゃねえかマックス、さすがだぜ」
「諦めてんじゃねえ馬鹿野郎!」
「この状況でもか?」
居場所がばれた二人の周りに馬に乗ったナイト達が次々と現れ、十体ほどのナイトが二人を取り囲んだ。
「くっ……!」
マックスが銃を正面のナイトに向かって構えた時、ガンホーケンがトウモロコシ畑から出て空に向かって発砲した。
「五分経ったぜお嬢さん! 俺達の勝ちだ!!」
エレーネは部屋の中で一人微笑むと、慎二の周りのナイト達は姿を消し、マックスは安堵して銃を放り出し座り込んだ。