六
慎二とガンホーケンがアジトに戻ると空気がおかしいことに気付いた。入口のあたりに人が見当たらない。
「ガンホーケン、何か様子が変だな」
「ああ。おいマックス! どこだ!?」
声を聞きつけた若者が駆け寄ってきた。
「ガンホーケン! あんたのテント前に来てくれ! マックス達とあんたに客が来てる」
「客?」
「アルサミン家の人間らしい。マックスと一緒に帰ってきたんだ」
ガンホーケンと慎二がテントの前まで行くと首に赤いスカーフを巻いた若者が二人、立ったままのマックスやライン家の若者達の前に用意されたイスに座っていた。
「遅くなってすまない。アルサミン家の客人が来てるって?」
「あんたがここのボスだったよな? ずいぶん待たせるじゃねえか」
「ガンホーケンだ。一体どうした?」
右の若者の一人が答えた。
「俺達はアルサミン一家の者だ。おたくの人間が昨日、ここから南東の海岸沿いにいたっていうのは本当か?」
「ああ。少し物資を手配しにマックス達が行ったことは確かだ。それがどうかしたか?」
「どうかしたじゃねえんだよ。昨日俺達の仲間が海岸近くの店で殺されたんだ。今日もマックスがいたから一緒に来たんだがよ。お前らがやったんじゃねえのか?」
ガンホーケンはマックスを見た。マックスは首を振った。
「いや違う。部下達から戦闘の報告は受けてない」
左の若者はヘラヘラしながら言った。
「お前に黙ってドンパチやったってことはねえのかよ?」
「そんな奴はうちの一家にはいねえと思うんだがな。話はそれだけか?」
「この件でうちのガイルが今機嫌が悪くてよ。それを知ってあんたらに話が聞きたいそうだ。あんたらを館まで連れてこいって言われてる。あんたらが抗争に参加してないのはガイルも知ってるがよ。お前らも知らん顔ってわけにはいかねえだろう」
「分かった。明日あんたらと一緒に行こう。ゆっくりしていってくれ」
右の若者が大きく足を開いて叫び出した。
「それなんだがよぉ! さっきから酒も用意しねえし気が利かねえんだよなここの連中はよぉ! 一体どういう教育してやがんだ! あぁ?」
ガンホーケンは肩をすくめた。
「だから明日一緒に行くって言ってるだろ? 用件は分かったよ。何か問題があるのか?」
「当たり前じゃねえか! アルサミン一家なんだぞ俺達はよぉ! 俺達を怒らしてもいいのか?」
ガンホーケンは立ち上がった若者の首を掴んで軽々と宙に持ち上げた。
「が……!? て、てめぇ!?」
「俺達がなんでお前ら若造のご機嫌を取らなきゃいけねえんだ? なめてるのはどっちなんだ? ガイル達とやるならお前らは今ここで真っ先に死ぬだけだ」
マックスが座っている若者の頭に銃を突き付けた。ガンホーケンは若者を放し、尻もちをついた若者の頭にすぐさまアジトの人間が銃を突き付けた。
「お前らこそガイルの使いとしてここに来たんだろ? お前らが俺の機嫌を損ねていいのか? このガンホーケンにお前らは刃向かうってのか?」
若者達は完全にガンホーケンに気圧されていた。
「ここから生きて帰りたかったらお前らもおとなしくしてろ。ふざけた真似しやがったらお前らは解体して犬の餌だ。おとなしくテントで寝てろ」
「う、うぐ……!」
若者達はおとなしく歩いて行った。慎二は笑いながら寄ってきたロックの頭を撫でた。
「召喚士がいないからでかい顔をされて困ってるんじゃなかったのか?」
ガンホーケンは先ほど若者達が使っていた椅子に座った。
「一家としては困るってだけだ。別に俺は困らねえよ。それにもう召喚士様だっているじゃねえか」
「俺もあの場にいた。明日一緒に行かなきゃいけないだろうな」
「そうだな。マックスに会ってるし、向こうの連中に見られた可能性がある」
「時と場合によっては仲良くお話じゃすまねえだろうな」
慎二がさらっと言った言葉にガンホーケンは言葉を詰まらせた。
「前から思っていたが……お前なかなか度胸がある奴だな」
「生き延びるためだ。いつも面倒ばかり起きやがる。なあロック? お前だって降りかかる火の粉は払うよな?」
ロックは慎二の話を聞いているのかいないのか、一生懸命慎二の手をペロペロと舐めている。
慎二は真夜中に物音で目を覚ました。テントの外に誰かいる。
(誰だ?)
男が二人、慎二のテントにすうっと入ってきた。首に赤いスカーフを巻いている。暗くて顔がよく見えないが男達の眼だけがギラギラと光っている。前の男がナイフを寝たままの慎二の喉元に突き付けた。
「騒ぐんじゃねえ」
後ろの男が続けて口を開いた。
「お前、初めて見る顔だな。ここの人間じゃねえだろう」
慎二は少しだけ頷きながら男達の後ろにナイフを持った少年兵を音も無く召喚した。
次の日の朝、慎二が目を覚まし準備をしてからガンホーケンのテントに行くと、ガンホーケンやマックスが待っていた。
「みんな早起きだな。すまん待たせた」
マックスはしきりに周りを見渡している。
「まあ構わないがよ。慎二、お前アルサミン一家の連中見てないか? なかなか来なくてよ」
三人で馬が停めてある場所まで歩いていく。
「ん? ああ。あいつらならすでに外にいるだろ、ほら」
慎二が指さした方向を見ると、スカーフの若者が二人馬に跨った所だった。外に馬を進め、さっさと先行して走っていった。
「あ? なんだ勝手に。ったく団体行動はできねえのか。おい待てよ!」
「俺達も準備ができたなら行こうぜ。南だっけか?」
「ああそうだ。島の南に大きな館がある。町を突っ切って……着くのは午後になるだろう」