三
「これ、何の肉だい?」
慎二は自分に割り当てられた肉を見た。よく焼けていていい匂いがする。
「シカだ。近くの森に野生のシカがいるんだよ」
「へえ。シカなんて初めて食うな」
「普段はどんなメシなんだ日本は? やっぱり寿司なのか?」
慎二は苦笑した。
「いや寿司はあんまり食わないな。回転寿司っていう安いのもあるが外国人が想像するような寿司は高くて今の日本人はめったに食わないぜ。鳥肉と豚肉、たまに牛肉だな。あとは焼き魚とか。それをご飯で食うんだ。ん、うまいなこれ」
シカを仕留めてきたガンホーケンは嬉しそうだ。
「さっきレストランの店員とか言ってたがなんでこの島に流れ着いたんだ?」
「俺が働いていたレストランの店長が殺されたんだ。アリバイがないのが俺だけだってんで、刑事に追われてたんだ。疑いを晴らそうにもどうにもならない。だからいったん逃げたんだ。船に乗って北海道っていう、まあそこから遠くの場所に逃げようとしたんだが嵐が起きてな、船が転覆してここに流れ着いたんだ。店長は行くあてもなかった俺を雇ってくれた恩人なんだ。できれば俺の手で犯人を見つけてやりたい」
マックスは酒を慎二に勧めた。
「ふーむ。大変だったんだな。犯人のアテはあるのか?」
「いや……無い。そもそもどうやって殺されたのかも分からないんだ。凶器がわかってない。ちぎれたような……とにかく普通のやられ方じゃなかった。店の中で死んでるのにあんなの普通じゃありえねえ」
ガンホーケンはエサを食べているロックを見ながら呟いた。
「……召喚士だったりしてな」
「え?」
「いや、日本にだって召喚士がいる可能性もあるだろ? 召喚獣でやられたら普通の人間には分かりっこねえ。凶器は残らねえし最悪現場にいなかった可能性だって出てくる」
日本で召喚獣? 慎二は馬鹿げた発想だと思った。しかし一笑に付してしまうには妙に説得力のある仮説だった。
「たしかに日本じゃ銃は使えない。ヤクザや警官以外普通は手に入らないからな。しかしもし昼間の女みたいなやつが日本にもいるなら可能性はあるな……」
マックスは一口酒を飲んだ。
「でもそれなら捕まえようがねえよ。誰が召喚士かも分からねえしな」
ガンホーケンは頭を掻いた。
「可能性の話だ。思い付いた事を口にしただけだ。気にしないでくれ慎二。悪かったな変なこと言って」
「いやいいさ。誰もわからない殺しだったんだ。そういう可能性だってあるかもしれない」
そうこうしているうちに慎二のもとには野営地の住人が代わる代わるやってきて、いつの間にかその話はなあなあになった。若い男性ばかりで、老人はいないことに気付いた。島での流浪の日々はやはり消耗させ、全体として寿命が短くなるのだろうか。やがて食事が終わり、ポツポツとねぐらに帰っていきガンホーケン、マックス、慎二の三人とロック一匹になった。ガンホーケンはほろ酔い気分で慎二に微笑みかけた。
「よし、慎二。明日一緒にシカを狩りに行こう」
「あ、ああ。でも俺銃なんか撃ったことないぜ。邪魔になるんじゃないか?」
「なあに銃の撃ち方もすぐ覚えるさ。召喚できても自分の身を守れなきゃまずいだろ? 他の奴らにちょっかいを出されないとも限らねえ」
「そうだな。この島じゃ必要になるかもしれない」
「決まりだ。じゃあ俺が慎二を寝る場所に案内するぜ。おやすみガンホーケン」
マックスが立ち上がった。かなり酔っているようでフラフラしている。
慎二に割り当てられたテントでマックスは吐きそうになり大惨事になる所だったが、どうにかこらえて自分のテントに帰って行った。
「やれやれ。人に割り当てたテントで吐こうとするか普通」
慎二は寝床に横になった。日本に帰るためにはやはり船に乗るのが一番だろう。慎二はそもそもこの島は世界のどのあたりに位置するのかもまだ分かっていない。明日ガンホーケンに聞いてみよう。慎二はゆっくりと眠りに落ちていった。