十六
波の音が聞こえる。
慎二が目を覚ますと、目の前には土よりも少し薄い色の砂浜、そして青い海が夕日をうっすらと受けて輝いていた。上体を起こすと美しい夕焼けが目に入った。
「ここは……」
夕方だからなのか、海岸には人が見当たらない。静かな海だった。慎二に近付いてくる足音が聞こえた。
「よお、探したぜ本沢」
慎二が振り返ると、刑事の笹山がタバコを吸いながら立っていた。
「あんたは確か……笹山さんだったか?」
「なんで自分を追っかけまわしてた刑事の名前を忘れそうになってんだよ。どういう神経してんだまったく……まあいいや」
笹山は慎二の隣に座ってタバコを美味そうに吸った。
「よっこいしょっと。海を見ながら吸うタバコはうまいぜ。家じゃカミさんに怒鳴られて吸えねえからな」
「捨てるなよ。海が汚れちまう」
「わかってるよ。それよりお前まだ茨城にいたんだな」
「俺を捕まえに来たんだろ? いいのか?」
「もうそれどころじゃなくなっちまったよ」
「え?」
「なんだ、知らねえのか? 犯人はよ、人間じゃねえ。獣だったんだ。それもとびきりの珍獣だよ。」
「珍獣? なんだそりゃ」
「体が熊で頭がライオンのでけえ獣なんだ。世界初の魔獣が出たって大騒ぎだぜ。あんなのに襲われたらひとたまりもない。お前んとこの店長はそいつに爪でやられたんだよ。他にも何人もやられてる」
「体が熊で頭がライオン……?」
慎二は島でガンホーケンが話していたのを思い出した。本当に犯人は召喚士かもしれない。
「防犯カメラに魔獣が人を襲ってる所も映ってた。ハンターが皆で奴を撃ちまくってようやく仕留めた」
「仕留めた? じゃあもう解決したのか?」
笹山は首を振った。
「いや。それがそうじゃない。一頭じゃなかったんだ。倒しても倒してもどこからかまた突然現れる。最初はお前んとこの店みたいな小さい店だったんだがな、最近じゃ水戸駅のど真ん中にまで現れるようになった。どこから現れるのかさっぱりわからないんだよ。神出鬼没ってやつだ。警察も正直お手上げだよ」
「なるほどな……事態が飲み込めたよ」
「あん?」
「刑事さん、防犯カメラの映像見せてくれないか? 確認したいことがある」
「冗談だろ? 警察の資料を一般人に見せるわけにはいかねえよ」
「そういうこと言ってる場合かね? まあいいや。だったら俺は見なくてもいい。そのかわりその魔獣が出た時、正確には魔獣が出る直前だ。何度か同じ奴がその近くにいるはずだ。そしてもし俺だったら人が見ていない所を見る。まるでそこから魔獣が歩いて来るように見せかけるためにな。野次馬でも何でもいい。そういう奴を探してみてくれ」
「ああ? 出る直前? 暴れてる時じゃなくてか?」
「ああ。俺達は召喚した奴の視界で物を見ることができる。呼び出した後はその場にいなくてもいいんだ。探すなら呼び出す直前だ」
笹山はタバコを携帯灰皿にしまって立ち上がった。
「さっきから何言ってんだ? 意味がわからん。召喚だの呼び出すだの何の話なんだ?」
慎二も立ち上がるとズボンについた砂を手で払って歩き出した。
「つっても人間の法律じゃどうしようもねえか。気を付けてくれよ刑事さん。何かの罪で捕まえることができたとしても取り押さえて終わりじゃねえ。ムショにぶち込むまでは召喚獣でいくらでも抵抗できるからな」
ポカンとしている笹山を置いて慎二はどんどん歩いて行ったが思い出したかのように振り返った。
「俺は店にいる。何かあったら連絡してくれ」
「あ、ああ」




