十五
慎二とマックスは教会の外で二つの十字架を前にして立っていた。ライン一家の若者達は教会の外に座り込んで動かない。日陰に入って彫刻のように固まってしまっているように見えた。慎二が振り返るとナイブズの館の近くに空から突き刺さるような光の筋が見えている。
「あれが……グングニルの槍ってやつなのか」
「ああ……俺が昔見たのと同じ光だ。きっとそうだ」
「敵もいない。売ったところで金の使い道も無い。あんなもん手に入れたからって何だっていうんだ」
(何より……もうエレーネもいない。あいつとの新しい人生も始まる前に終わっちまった)
「エレーネの人生って何だったんだろな」
「え?」
「小さな頃から帝国に抑圧されて育って、両親を殺され、生き延びた先のこの島ではまた暴力が待っていた。若い女は自分だけ。しばらくは恐怖で夜も眠れなかったんじゃねえか? 手に入れた自分の力にも振り回されてよ。自分の中では葛藤があったかもしれねえが、それを男達に悟られる訳にはいかねえ。狂っているような自分を演じなきゃやっていけなかった部分もあるんじゃねえかな。最後は自分で両親の仇を討つ事もできずに死んじまった。あんまりじゃねえか」
「……」
マックスは慎二にルドルフから聞いた話を伝えた。
「召喚士が槍に触れると能力を持ったまま元の世界に帰れるらしい。ルドルフが言ってたんだ」
「そうなのか?」
「ああ、あいつがこの島に来たのは二回目だって言ってた。だから召喚能力を二つ持ってたんだ。すまねえ、もっと早く気が付いてれば……」
慎二は首を振った。
「いやいいんだ、お前のせいじゃない。分かりっこねえさそんなの」
風が慎二の頬を撫でた。草が風で揺れて音を立てた。
「俺は召喚士じゃねえから槍を手に入れることはできねえって言ってた。お前が持っていけよ慎二」
「……」
「店長を殺した犯人を見つけるんだろ」
「……ああ。そうだな。すまねえ」
「いいんだ」
ロックが走ってきてマックスの足元にすり寄った。
「お前もずっと俺を見守っててくれてたんだな。ありがとよロック」
ロックはマックスの指をぺろぺろと舐めている。
「俺の事は、気にする事は無えぞ慎二」
「え?」
「俺の存在は別にこの世に必要じゃなかったってだけだ」
「そんな事は……!」
「そういう命はいくらでもある。いや……大多数の人間がそうだ。俺が守ろうとしたファミリーの奴等も皆、夢幻だった。人間は皆ただ生まれて死んで行く。家族を作ったり、守ったり、別の家族を殺したりしてな。俺は別に何か意味の有る大きな舞台の主役だった、とかそんな事は無くて、この世界にいるただの一つの生命だった。俺が生きた世界はたまたまこの夢の世界だったけどよ、お前の世界も似たような物なんじゃねえか?」
「……まあな。俺が死んだら俺が見てる物、大切にしている者も結局俺にとっては何の意味も無くなっちまう。俺が生きてる間にだけしか俺に関係無いとしたら、結局向こうの世界も全部夢や幻みたいな物なのかもしれねえな」
「それでもだ。それでもお前と出会えて俺は良かったと思ってる。生きてる最中に出会う縁やしがらみを大事にして生きる。きっとそれでいいんだ。エレーネもそうなんじゃねえかな。お前に逢えて……それできっとあいつの人生は良かったんだよ」
「……そうだな。俺もそう思う」
慎二は海岸で自分に絡み付いていたワカメを思い出した。
(俺は一度捨てた縁を再び取り戻しに行くんだ。例えそれが本当にはもう意味の無い事だとしても)
慎二とマックスは握手した。
「じゃあな」
「元気でな。楽しかったぜ慎二」
慎二は寂しそうに少しだけ笑うと、マックス達に背中を向け光のほうへ歩いて行き、森の中へ消えて行った。
やがて光が拡がっていき、島全体が輝いて消滅した。




