十四
「ぐ……ただでは……死なんぞ」
地上で虫の息のポスクがライン一家の中に慎二を見つけると、慎二の前に青いチャイナドレスの従者を召喚して慎二に斬りかかった。慎二はとっさに左手で相手の手首を掴んだ。青龍刀を持った腕が力を入れてくる。
「ぐっ……!!」
従者が間合いを詰めて慎二の左足の後ろに右足を置くと、右肩で慎二を突き上げた。
「ぐはっ!」
足がひっかかり転倒した慎二に従者は青龍刀を突き刺そうとした。慎二は兵士を召喚して横から蹴りを入れて間合いを離すと、その間に横に転がって立ち上がった。
ポスクは青い従者を一旦消滅させると、赤い従者と同時に再召喚して慎二に襲いかかった。慎二は兵士で応戦しようとしたが即座に斬り捨てられ、赤い従者が横薙ぎにした一撃を慎二は屈んでかわした。直後に青い従者が横から斬りかかってきた腕を慎二が掴んだが、シャツの襟を掴まれ引っ張られながら足払いをかけられると再び地面に倒された。
「うお!」
赤い従者が青龍刀を振り上げた瞬間、木の葉に完全に隠れた銃から弾丸が放たれ、ポスクの胸を貫きポスクは力尽きた。従者達は慎二に斬りつける直前に煙となって消えた。
「往生際が悪いぜじいさん」
ガンホーケンが銃身を上げるとみんなの無事を確かめ立ち上がった。
「よし、行こうぜ。あとは中のヨシュアとルドルフだ」
慎二も立ち上がり、まとわりついた枝や葉を払って落とした。
「……ああ。助かったぜ。エレーネはもう中に入ってる。援護しないとまずい」
ライン一家が立ち上がり全員で教会に走って行った。
教会の中からは特に戦闘の音が聞こえてこない。慎二達は怪訝に思いながらも教会に入った。エレーネは入口の上の回廊でルインスキーの落としたハンドガンを拾って金属の柵に手を突いて立っている。
「エレーネ! 無事か?」
「ええ」
慎二が正面の祭壇を見ると全身黒ずくめの男が祭壇前の階段に腰掛けている。ライン一家はルドルフを狙えるようにチャペル中に扇形に広がった。
「ポスクは死んだか」
ルドルフはボソリと呟いた。ガンホーケンとマックスがルドルフに近付き、ガンホーケンが銃で狙いをつけた。
「ああ。ヨシュアはどこだ?」
「あいつはもう死んだ。お前達は確か……ガンホーケンとマックスだな」
「死んだ? 残るはお前だけなのか」
ガンホーケンはルドルフの話を鵜呑みにせず、戦士達に指示すると、戦士達はチャペルから繋がる左右の四つの部屋と、先程交戦していた壁が吹き飛んだ廊下にそれぞれ捜索のため散って行った。
「ヨシュアやルインスキーが死んだ今、お前達ライン一家は私を殺す理由もなくなった。さっさと引き上げて好きにするがいい」
「ずいぶん上から目線だな。見逃してくれるってか? ありがたいぜ召喚士様」
「どうせ槍を手に入れたら消える身だ。貴様らには興味がない」
マックスが反応した。
「消える? 何言ってんだお前、頭大丈夫か?」
「お前、槍ってグングニルの槍のことか? 何か知ってるのか?」
「せっかくだ。マックス、呪縛の無いお前には話してやろう」
慎二とエレーネは入口のほうからルドルフを見ているが三人が何を話しているのかは聞こえなかった。
「あいつら何話しこんでるんだ? さっさと撃てばいいのによ」
慎二は三人に近付いていった。
「気を付けて」
「ああ」
「今から五十年前、私はこの島に来た。そしてその当時、手に入れた召喚士の力で無法者と行動を共にする三人の召喚士を葬り、島に出現したグングニルの槍を手に入れた」
「ご、五十年前?」
「そして帝国に戻った私は皇帝のために力を尽くし、帝国は世界一の国となった。数年経ったある時、墜落した輸送機が消滅したことを知り、召喚士が生まれる可能性に気付いた皇帝は、召喚士が私以外に現れないように再びこの島に私を遣わした。それが今から十四年前だ」
「ちょ、ちょっと待て! 何言ってんだお前! グングニルの槍の話はどこ行ったんだよ!」
「強力な武器ってことか? 槍の力で帝国が大きくなったって言いてえのか?」
「違う。グングニルの槍は召喚士にしか掴む意味がない。グングニルの槍を掴んだ召喚士だけが召喚能力を持った状態で現実の世界に帰ることができるのだ」
「現実の……世界……?」
マックスとガンホーケンは目を見合わせた。
「ガンホーケン、お前達はオーディンの夢に付き合わされているだけの存在に過ぎない。島と槍が現れた時、お前達のような者達が現れ戦い始め、そして勝者となった召喚士が見えるようになった槍を掴むまで夢の世界で永遠に生き続けているのだ」
「お、おいおい何だよそれ。冗談きついぜ」
「嘘ではない。現に私が槍を手に入れた一度目の戦いでは島の者達はほぼ全滅した。しかし二度目に来た時、今の住人が何も知らずにこの島をうろついていた」
「で……出ていった女達だっているだろ。あいつらはどうなったんだよ」
「この島を出た瞬間に夢から解き放たれ消滅する。もっとも戦士達がいなくなっては困る。ある程度人口が流出を始めた場合は外海から出ようとする者をオーディンの部下が抹消して調整する。お前も見たことがあるはずだが」
「あいつらは大陸の……!」
「そういう都合のいい展開になっているだけだ。お前らの命など知ったことではない」
その時慎二が三人のすぐ近くに来ていた。
「おいガンホーケン、マックス、何やってる? 何で撃たねえんだ?」
「あ? ああすまねえ慎二、ちょっと待ってくれ」
慎二は首を傾げたが構わずガンホーケンは会話を続けた。
「じゃ、じゃあ手帳の中身は本当だってのか?」
「手帳?」
「召喚士が三人死んだらグングニルの槍が現れるって話だよ」
「その通り。十四年前に私がこの島に来た時、この島ではすでに一人目の召喚士が来てから十年以上経っていた。前回槍を手に入れたのはマックス、お前の父親だ。十二年前、二本目の槍を手に入れ日本に戻ったのはな」
「親父? 親父って何のことだ? 俺の両親は俺が小さい頃に死んだんだ」
慎二も話の内容がただ事ではないことに気付きそのまま聞くことにした。
「お前の父親は日本人の召喚士だった。私は前回、日本人の召喚士の少年を始末した。日本人の召喚士が一人だと思っていたのが私の失敗だった。二人いたのだ。少年を始末して槍が現れ、召喚士が私以外全滅したと思って安心していた所をお前の父親に持ち逃げされてしまった。
お前の父親が十二年前に槍を手に入れた時、私とエレーネ、そしてお前達が囚われたままいったんこの島は消滅した。そして七年前、ポスクがこの島に来た時召喚士が三人揃い、島の住人を引き継いで再びこの島と槍が出現した。しかし三人ちょうどでは誰も槍を手にすることはできない。そこでもしもう一人召喚士が現れたら槍を渡さないように行動を開始しようと思っていた」
慎二とガンホーケンの目が合った。日本人の召喚士の少年とはおそらく慎二が森で呼び出した少年のことだと慎二は納得した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ポスクが来るまで五年もこの島が消えてたって? マックスが生まれたのは十六年前なんだぞ。槍が持ってかれた時はまだ九歳のはずだ。この島が消えちまってたんならまだ十六歳くらいのはずだろ。マックスはどう見ても十代には見えねえぞ。マックス、お前九歳から十四歳? 十五歳か? そのへんまでの記憶はあるよな?」
マックスの顔色は真っ青だった。
「い、いや……言われてみれば無いんだ。その辺の記憶はない」
「な……なんだと?」
「そう、マックス。お前は五年間意識がないまま私達と共に眠ったような状態で夢に囚われていたんだよ。しかしお前だけが特別だ。お前はその状態でも年を取ったようだ。お前が生まれたのは十六年前ではなく、二十一年前だ。そして召喚士ではない貴様は槍を手にしたところでどこにも向かうことはない。お前は夢の中に生まれ、夢の中で一人で死んでいくんだ」
「ば……馬鹿なこと!」
マックスは口が渇いてうまく言葉が出なかった。
「馬鹿なこと言うんじゃねえよ……」
すっかり戦意を喪失したマックスは近くにあった椅子に座り込んでしまった。ガンホーケンもさすがに事実を受け入れられずに呆然としている。
「マックス、お前の父親は私が住んでいた世界とは時代が違う。放っておいても特に問題ないだろう。しかし今回はそうはいかない」
ルドルフはゆっくりと立ち上がり、エレーネを指さした。
「前回からこの島にいるエレーネ。貴様があの輸送機に乗っていたレジスタンスの娘だな。逃がす訳にはいかない。必ずやあのお方の障害になる。ここで貴様を葬り、帝国の秩序を保つ」
ルドルフの前に重低音を響かせながら黒いボディアーマーとフルフェイスでフル装備した兵士が十人出現した。機関銃を携えた赤い眼光がエレーネを見据えている。エレーネは驚いて柵を握る力を強めた。
「き、機甲兵……!? そんな……!」
突然戦闘態勢に入ったルドルフに驚き慎二は身構えたが、ルドルフは手で慎二を制した。
「日本人、貴様はどいていろ。そうすれば命までは取らない。貴様が生きている限り誰も槍を手にすることもない」
「なに?」
「あ、あんたの召喚兵だったのね……」
エレーネは下を向いてわなわなと震えている。
「ルドルフ。あんたが両親を殺したんだ!!」
エレーネはナイトを二十一体、すべて一階に召喚した。
「許さない! 死ね!!」
ナイトが全員で猛烈な勢いで機甲兵に突っ込んだ。機甲兵が機関銃を撃ち始め、銃弾を受けたナイトが前のめりに倒れその勢いで椅子を蹴散らした。慎二、ガンホーケン、マックスは飛んできた椅子やナイトに吹き飛ばされた。消えたナイトは再び召喚され全力で機甲兵に斬りかかった。
「うああああああああッ!!」
エレーネの怒りに呼応するかのようにナイト達は暴れ狂った。しかし斬られたり踏まれたりして機甲兵が消滅しても再び重低音を響かせながら出現し、ナイトを機関銃で撃ち続ける。ナイトが踏み抜いた床板や機甲兵が撃ち抜いた椅子が飛び散り、ナイトの装甲が外れ倒れ込むと不快な金属音を鳴らす。一進一退の攻防を繰り広げ、なかなかルドルフに近付けないまま激しく入り乱れて破壊音と重低音、銃声が鳴り続けた。
「とんでもねえな。とても近付けねえ……」
壁際で横倒しになった椅子越しに慎二は戦っている場所を覗き込んだ。機甲兵とナイトの戦いでチャペルの中心は破壊され、弾痕や斬撃の痕をあちこちに作りながら膠着状態に陥っている。ふとルドルフがエレーネの右を見た。慎二ははっとなってエレーネに向き直った。いつの間にかエレーネの右に赤い毛並みの大きな獣がいる。
「エレーネ! 右だ!!」
「え?」
慎二がエレーネと獣の間に兵を召喚したのとほぼ同時に赤い獣がエレーネに飛びかかった。慎二の兵が獣に掴みかかりエレーネに噛みつくのを阻止することに成功した。しかし獣は牙を兵の肩に突き立てると赤い体が発光しその場で爆発した。エレーネは爆発に巻き込まれ、吹き飛んで壁に叩きつけられ、壊れた柵から一階に滑り落ちた。砕け散ったステンドグラスの破片がキラキラと輝きながら上から落ちて来た。
「エレーネぇ!!」
慎二はエレーネに駆け寄った。破れたドレスは血で真っ赤に染まっている。慎二が虫の息のエレーネを抱き起こすと、エレーネは必死に左手を伸ばし慎二の頬に触れた。
「う……あ……」
エレーネの目から涙があふれた。
「し……慎二……」
慎二はエレーネの手を握った。
「エレーネ!」
エレーネの左腕がだらりと落ちてそのまま動かなくなった。慎二はエレーネの死に顔をただ見ている。エレーネの右手からルインスキーのハンドガンがゴトリと落ちた。喪失感で何も考えられなかった。ナイト達が消滅し、機甲兵は銃を持ったまま待機していた。
「日本人、お前を殺すつもりはない。このままガンホーケン達と共に去るがいい」
ルドルフの声が慎二を現実に引き戻した。
(こいつを……こいつを殺さないと)
自分の血が冷えていくのを感じた。怒りが湧くよりも先に殺意が慎二の心を黒く塗りつぶし、害虫を駆除するときのようにルドルフを殺す手段のみを考え始めた。
(俺の能力はこいつにまだしっかり見られた訳じゃねえ。せいぜいエレーネをかばった時に兵を呼んだくらいだ。だがこいつの機甲兵は俺の兵より強い。何か……何か一手こいつを止めるものが欲しい)
顔を上げると左の壁際からまっすぐこちらを見ているガンホーケンと目が合った。慎二は油断すると涙が出てしまうのをこらえながら、渇いた声で必死に絞り出した。
「お前、召喚士の人数を数え間違えてるぜ。お前が殺らなくてもあいつを殺して俺が槍を頂く」
「なに?」
慎二がルドルフの後ろにある破壊された祭壇を指さし、ルドルフが促されるがままにそちらをチラリと見た。慎二が召喚した少年兵がナイフを持って立っている。ルドルフは目を見開き叫んだ。
「な!? 貴様、冬月!! どうしてここに!?」
少年が笑みを浮かべながらナイフをすうっとルドルフのほうに向けると、ルドルフは機甲兵を使って全力で少年を攻撃した。機甲兵の銃撃が少年と石像を貫いた。
次の瞬間一発の弾丸がルドルフの胸を背中から貫いた。
「がっ……!」
ルドルフが口から血を吐きながら片膝をつき、胸を押さえながら振り返るとエレーネを抱えながら慎二がこちらにハンドガンを向けていた。煙が銃口から立ち昇っている。
「き、貴様の能力か……!!」
慎二は涙を流しながらルドルフを睨んでいる。
「槍は……渡さん……!」
ルドルフが慎二の横に赤い獣を呼んだ。獣は慎二に飛びかかろうとしたがガンホーケンが素早く動き、獣に体当たりして慎二から離れるとそのまま床に組み伏せた。獣がガンホーケンの腕にかみつき、赤く発光して爆発した。ガンホーケンは吹き飛ばされて入口の扉にぶつかり床に落下した。
慎二はハンドガンを何発も撃つが、機甲兵が前を塞いでルドルフに銃弾は通らない。ルドルフは息も絶え絶えに機甲兵に機関銃を構えさせた。しかしルドルフの横に立ったマックスが銃を撃つと弾丸がルドルフの頭を貫き、ルドルフが横に飛ぶように崩れ落ちて機甲兵達も消滅した。
慎二がガンホーケンのもとにフラフラと歩いて行き、膝をついた。ガンホーケンは床に大の字になって仰向けに倒れている。
「ガンホーケン……」
「気にすんな……ようやく終わるってだけの話さ……」
空が光り輝き、二階の窓から優しい光が破壊されたチャペルに注いでいた。




