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十二

 ナイブズ家の館にたどりついた慎二達は、周囲の森から館の様子を見ていた。静かな森の中にある魔女の家といった趣の館で、周りのクネクネした植物も湖の水を受けて神秘的な青色にキラキラと輝いている。日があまり当たらないようで涼しく、全体的に薄暗い。ガンホーケンは慎二と目が合うと、頷いた後十人程引き連れて静かに館の敷地に進んだのち、館に入っていった。

「どうして外に誰もいないんだ? 向こうの連中にも動きがあったのか……?」

 知らない構造の建物の中には召喚できない。ガンホーケンの隊に一人召喚してつけるべきだった。しかし外にだって敵がいる可能性があって今から迂闊に動くわけにはいかない。慎二は舌打ちし、周りを警戒していた。やがてガンホーケンが館から出てきて慎二達を呼んだ。

「どうだ?」

「中にも誰もいない。どうやら奴らはここにはいないようだ。どこに行ったかはわからないがとりあえず外に見張りを置いて今夜は様子を見よう。エレーネ、今若いのを呼んでくるからそれまで外を見ていてくれ」

「ええ」

 慎二とガンホーケンが中に入ると左奥の部屋からマックスの声が聞こえてきた。

「ガンホーケン、ちょっと来てくれ!」

 慎二とガンホーケンが左奥の部屋に入ると、シーツが乱れたベッドがひとつ置いてあった。

「まだこのベッド、シーツが暖かいんだ。近くに誰かいるかもしれない」

「なに?」

「エレーネに知らせよう」

 慎二は先程エレーネといた場所に兵を召喚した。が、そこにはエレーネがいなかった。慎二とガンホーケンは外に出た。と同時にエレーネと鉢合わせした。

「エレーネ! 近くに誰かいるかもしれないんだ」

「ちょうどいま湖の向こうで子猫ちゃんを一匹見つけたわよ」

 エレーネのナイトが慎二の前に男を投げ出した。床に投げ出されて呻いている男は首に赤いスカーフを巻いている。

「あ? お前……アルサミン一家の者か?」

「う、ううぐ。そ、そうです」

 エレーネが冷たい笑みを浮かべて話しかけた。

「こんなところで何をしているのかしら?」

「ひっ……そ、その」

 その時マックスが騒ぎに気付いて慎二達の方に歩いてきた。

「どうした何やってる? あれ、こいつは?」

「こいつがベッドの主のようだな。よし、俺とマックスで話を聞こう。こっちに来い」

 手首を縛られた男はマックスとガンホーケンの二人に男が元居た部屋に連れて行かれた。


 しばらくして慎二とエレーネがくつろいでいる部屋にマックスとガンホーケンが入ってきた。

「どうやらナイブズ一家は今日ここを去ったらしい」

「え?」

「ここにいた連中は今頃バーモン一家と仲良く俺達を待ち受けてるって訳だ。くそっ面倒なことになったぜ」

 慎二はガンホーケンに尋ねた。

「それで、あのガキはどうするんだ?」

「別に大した奴じゃない。町に行って好きに生きればいいさ」

 マックスはどうやら反対のようだ。

「逃がしたってロクなことにならねえんじゃねえか? アルサミンの人間は生かしておく訳にはいかねえよ!」

 慎二はマックスの肩に手を置いた。

「落ち着けよ、どうせあいつ一人じゃ俺達の障害にはならねえさ。向こうで一杯やろうぜ」

「……ああ、そうだな。すまねえ」

 マックスは部屋から出て行った。慎二は振り返るとガンホーケンと肩をすくめて部屋を出た。


 館で落ち着いてからしばらくして、マックスは先に二階に引き上げて行った。虫の音だけが聞こえる静かな夜に慎二とガンホーケンは残った二人で酒を飲んでいた。

「マックスも少し気が立ってるだけだろう、別に心配することじゃねえよ」

「気にしてないさ、あいつとは長い付き合いだ」

 酒を一口飲んで慎二は口を開いた。

「マックスのことなんだが」

「ん?」

「ルインスキーやエレーネの言葉が気になってるんだ。大きくなったなとか、勇ましくなったなとか。まるで小さい頃のマックスを知ってるみたいだ。エレーネがこの島に来た時の話なんかマックスがガキの頃にしたらしい。エレーネは二十一の時にこの島に来たって言ってたが十五年ほど経ってるって言ってた。でもそれにしちゃあエレーネはまだ若いよな? 一体どういうことなんだ?」

 ガンホーケンも一口飲んだ。

「そうか、お前はこの島に来たばかりだから特殊な事情を知らねえんだったな」

「特殊な事情?」

「前に大陸の奴らが外海を押さえたって話をしたよな?」

「ああ」

「理由はただ一つ。奴らは不老不死の研究をしてる。この島はその研究の大きなヒントなんだ。この島じゃ生物の時間の進みが止まる。殺されたら死にはするが寿命で死ぬことはない」

「な、なに?」

「俺達は死なないんだ。それどころか老いもしない。ずっと同じ体のままなんだ」

「う、嘘だろ?」

「嘘じゃない。俺ももうずっと体が四十歳くらいのままだ。何年かは正確には数えてねえから分からねえがな。実際は俺は六十くらいだ」

「な、なんでそんな訳の分からねえことになってるんだ?」

「分からねえ。だいたい二十年前からなんだ。約二十年前、何かがあった。そしてそれから俺達の時間が止まっちまった。二年くらいで皆が気付き始めたんだ。最初は喜んでたよ、ずっと生きられる。ずっと楽しく毎日を過ごせるんだってな。でもそうじゃねえ」

「え?」

「ずっと生きてたってこんなヘンピな島じゃ別に何も起こりゃしねえ。退屈な毎日が続くだけだ。やがて皆まじめに働くのもやめちまった。かと言って外の世界に出るわけにもいかねえ。船が沈みでもしたら死んじまうし寿命が復活しちまうかもしれねえ。贅沢な話さ、ずっと生きてて退屈なのに外に行って死ぬのは嫌なんだからよ。そして何年も経って最高の退屈しのぎを思い付いた奴らが現れた」

「まさか」

「そう、無法者同士殺し合うようになったんだ。ムチャクチャな話に聞こえるかもしれねえが敵を殺すことで自分の生を実感することができる。みんなもうすでに狂っちまったのかもしれねえ。個人でコソコソ殺るより徒党を組んだ方が大規模に争えて刺激になる。ある時点でだいたいのグループに分かれて、いまやそういう連中が大半になっちまった。島中がそんな状態で女達は捕まったら何されるかわからねえ。さすがに身の危険を感じたのか、全員この島から出ていっちまった」

「……」

「その時ちょうど大陸の奴らが来てこの島の事情に気付いた。俺達が死んだらサンプルが減っちまうから殺し合うのはやめてほしいみたいだがな。やっぱりこういう時は金を儲けたい連中が群がってくる。武器や酒を調達してくれる奴らがいるおかげで物資が尽きない戦場が出来上がったわけだ。町にいる不死の奴等はそいつらと商売して、珍しい物や美味い物を手に入れて食うのを楽しみにしてる奴等だよ。ま、なんていうか今じゃ一番まともな連中だな」

「お前らはどうなんだ?」

「俺はどっちかといえば狩猟が好きでよ。野生の獣と向き合って生きてる実感を得てるのかもしれねえな。腹が減らねえからその気になれば何日でも獲物を追いかけていられる。死なねえから本当は食わなくても平気なんだ。でも習慣てやつでよ、食う時間も大事にしたいんだ。美味いものは美味いしな。俺の所にはそんな連中が集まってたはずなんだが、マックスが焚きつけちまった。あいつらも一旦始まったらもう殺し合いから抜けられねえだろうな」

 慎二はコップの中の酒を揺らしながら見つめた。

(この島の連中は無法者とか荒くれ者とか、そんなレベルの話じゃねえ。完全にイカれてやがる。じっくりと時間をかけてお互い終わらせ合うのを楽しんでやがるんだ)

「少し冷えてきたな」

 そう言うとガンホーケンは立ち上がって暖炉に火を点けた。再び座るとしばらく二人で暖炉の火を眺めた。

「エレーネや俺も……止まっちまったってことか」

「そうだろうな。エレーネは十五年て言ったか? 俺の記憶じゃ確か十年くらい前だった気がするが……まあいい。それくらいから見るようになったがあれから見た目は変わってねえ。女一人でこんな状態の島に放り出されたんだ。さぞ苦労したろうな」

「……」

「で、マックスの話だ」

「あ、ああそうだった」

「マックスは特別なんだ。あいつだけが普通に成長してる」

「え?」

「逃げなかった女が一人だけいたんだ。そしてそいつは十五年前くらいだったか……召喚士の子供を身ごもったんだ」

「召喚士? それって……」

「ああ。マックスの話で出てきた例の日本人だよ。七年前に消えちまった召喚士はマックスの父親なんだ」

「じゃああいつは日本人とこの島の人間のハーフなのか?」

「ああ。そして時が止まってからこの島で新しく誕生したたった一人の人間だ。あいつだけは時間が止まらずに成長した。でもマックスが産まれてからやっぱり母親が男どもに狙われるようになってな。怖くなって母親も産んでからすぐにこの島から逃げちまった。マックスの小さい頃にエレーネが一緒に遊んでやってたこともあるんだろう。だから知ってるんだ。みんながあいつの事を見てる。羨ましいんだか可哀そうなんだかわからねえ、複雑な気分でな」

「そうか。ガイルもマックスを知ってた。そういうことだったんだな。でも待ってくれ。マックスの話に出てきた槍を見つけた日本人てのはマックスの親父なんだろ? でもあいつの話の中じゃただの知り合いみたいな感じで話してたじゃねえか。なんでなんだ?」

「ありゃみんなでついた嘘なんだ」

「え?」

「マックスの親父は召喚士になってこの島に来た。そしてあの時は今よりもっと狂った連中が多かった。その中で最もイカレちまった奴がマックスの親父だ。あいつはもう人間じゃねえ。小さいマックスをあいつの近くに置いておくわけにはいかねえ。だからあいつの両親は死んだことにして俺達で面倒を見てたんだ。森の中で親父に会っちまったのは本当に偶然だ」

「そうだったのか……」

「そのうちバレちまうかもしれねえが、マックスの親父は殺しが生きがいでマックスには興味がなかった。母親もいなくなっちまった。ま、俺たち一家も退屈しのぎにちょうどいいってことでマックスを請け負ったんだ。そういう訳でルインスキーもマックスを知ってたんだ」

 ガンホーケンが新しく酒を注いで一口飲むまでお互い黙っていた。

「この手帳、あんたが持っていてくれないか」

 慎二はグングニルの槍の記述が書かれている手帳をガンホーケンに渡した。

「いいのか?」

「ああ。召喚士は向こうには二人しかいない。三人死なないと宝が出てこないんならこの話は無しにするしかない。俺から始めちまった戦いなのに悪いけど」

 ガンホーケンは朗らかに笑った。

「別に構わねえよ。どのみちいつかはぶつかる連中だったんだ。それに俺はもともと宝なんてどうだっていい。別にこの暮らしに不満はないしな。その召喚士の話うんぬんだって本当かどうかは怪しいもんだ。マックスだってこんなヨタ話は信じねえよ」

「すまないな」

 ガンホーケンは立ち上がって窓から外の景色を眺めた。静かな夜だった。

「エレーネと二人でこの島を出て日本に帰って、例の犯人を捜すのか?」

「最初はそのつもりだったが、正直迷ってる」

「別にいいんじゃねえか? いくら恩人だってよ、もともと他人なんだ。お前がやることじゃねえさ。お前の国じゃ警察とやらが何とかすることだ。お前の人生はお前のために使うもんだ。そうだろ?」

「……ああ」

「何もかも忘れてこの島で俺達と気楽に暮らすってのも悪くねえと思うぜ。お前とは気が合うしな」

 慎二は酒を一口飲んだ。

「それもいいかもしれないな。別に日本に帰ったって俺には待ってる人間もいない」

「おまけにおたずね者だしな」

「ああそうだった」

 二人は笑った。ガンホーケンは窓の外を見ながら続けた。

「最近見る夢があるんだ」

「うん?」

「やっぱり狩猟の夢なんだが……何か珍しい動物を見かけて以来、そいつを追って森を潜むんだ。そして何日も寝そべって待っている内に冬になって……やがて春になる。その間ずっと俺はそいつを仕留める瞬間を想像してワクワクしているって訳だ。だが仕留める前に結局目が覚めちまう」

 慎二は肩をすくめた。

「何だそりゃ?」

「つまんねえ夢だと思うだろ? でもその間の俺は楽しくて仕方がない。それで思ったんだ。もしそいつを仕留めたらその気持ちの上を行くのか? 現実の世界でこれより楽しい事はあるのか? 楽しいだの楽しくないだのって思う気持ちは結局自分の中にしかない。俺の気持ちは他の奴には関係が無いんだ。そう思ったらふと考えが浮かんで来た。この世はしょせん幻でしかねえんじゃねえかってな」

「え?」

「自分の気持ちしかこの世で確かな物はない。世界に対しての自分の勝手な反応の連続だけで自分の人生が作られてるんなら……結局夢も現実も変わりは無いんじゃねえかって。俺の人生は結局俺がどう思っているか、世界はそれだけなんじゃねえかってな」

 慎二は暖炉の火を眺めながら呟いた。

「俺の気持ち次第で……か。分からねえな。俺の気持ちでそれこそ世界の意味が変わるって事もあるんじゃねえか?」

「どういうことだ?」

「花があるとする。俺はそいつに今まで興味が無かったが、例えば花が好きな女と出会って、その女がこの花はあーだこーだと語ってくれたら、やがてこの世界は俺の気持ちとは関係がない、世界は花を咲かせるためにあるんだと考えるようになるかもしれないだろ。そしたら今までの世界とは違く見えるんじゃねえか? 花のために虫がいて、虫のために水が……て具合だ。今までも花は存在していて俺が反応するためにあった訳じゃないんだからな。なんていうか……世界の方が上だ。俺よりな。俺のために世界が存在している訳じゃないんだ」

「……面白いな。やっぱりお前は面白い」

 そう言うとガンホーケンは椅子に座って上機嫌で酒を飲んだ。

「お前に会えてよかったぜ慎二」

「よせよ縁起でもねえ」

 二人で笑っているとエレーネが部屋に入ってきた。

「女の子をほったらかしておくものじゃないわよ」

「おっと、お姫様の登場だ」

「そうだな、悪かった。今行くよ」

「あんまり頑張るなよ、明日は決戦だからな」

「野暮なこと言うなよ。じゃあな」

 慎二とエレーネが出ていった。ガンホーケンはひとりで残った酒を飲むと、手帳をパラパラとめくった後、ライターで火を点けて暖炉に放りこんだ。

「どうせ俺には読めねえしな。俺はこの手帳のためにある訳じゃない。なんてな。フフ……」

 ガンホーケンは椅子に座って頬杖をつきながら、暖炉の火をいつまでも眺めていた。

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