十一
「考えたのですが、バーモン家と手を組むというのはどうでしょう?」
館の一室で、窓際に立って外を眺めていたルインスキーが口を開いた。
「ん?」
「もともとこの島の覇権を手に入れるために始まった抗争です。召喚士二人組に台無しにされるのはごめんだ。バーモン家と手を組み、いったんライン家を止めるのが得策かと」
「うまく行くかのう?」
ルインスキーは顎鬚をいじった。
「なあに。嫌ならライン家と手を組んでバーモン家を滅ぼすぞと脅すだけですよ。それから停戦に持ち込むと。おそらくそれで話を呑むでしょう」
「そっちのほうが簡単そうに聞こえるがの。どうして前者を選ぶのかな?」
「バーモン家の者達とは何度か小競り合いになったことがある。さしてひねくれた相手ではない。しかしライン家の連中はそうではない。彼らはもともとプライドも高く、お互い干渉しないという状況によってのみ成立する関係だった。全体としては弱くともガンホーケン、それにあのハーフの小僧もいる。ちょっかいを出すと痛手をこうむるのは必至。召喚士も加わった今、奴らは最も大きな脅威となった。ガンホーケンはこの島から自分達以外の勢力を排除しようとするでしょう。まずは協力してライン家を潰し、次にバーモン家を潰すというのが最も簡単でしょう」
ポスクは納得した。島の事情についてはルインスキーのほうが詳しい。組織的な判断は彼に一任していた。
「よし。ならばさっそく動こうぞ」
アルサミンの館の前で、マックスはガンホーケン、慎二、エレーネの前に立ち、興奮する若者達を前にして話し始めた。
「俺達ライン家は今まで散々コケにされてきた! 戦士ガンホーケンは若き俺達のために何年も戦い、そして俺達のために奴らから屈辱的な逃走を繰り返してきた! 敵におびえながら寝た夜も数えたらキリがねえ。しかし! 今日からその暮らしも終わる! アルサミン一家は新しく加わった召喚士、慎二の前になす術なく滅びた! 奴らは全員土の下だ! そして召喚士エレーネも俺達の同志となった! 俺達は今この島で最強の一家だ! 残りの敵を滅ぼし、俺達は自由を取り戻す! 行くぞ!」
マックスが銃を持った腕を突き上げると若者達も腕を突き上げ雄たけびが上がった。若者達は左右に分かれ、マックス達が歩く道を開けた。マックス、マックスと叫ぶ声が続く中、マックスは堂々と歩いて行く。
「あの子、ずいぶん勇ましくなったわね」
エレーネが慎二に笑いかけて歩き出すと、慎二も肩をすくめて歩き出した。
「本当だな、それに民衆を焚きつけるのも上手い」
ガンホーケンは笑顔で三人に続いた。
「俺なんかよりよっぽどあいつのほうがリーダーに向いてるんだ。時々どっちがリーダーか分からなくなるぜ。さあナイブズ家を潰しに行こうぜ」
非戦闘員を館に残し、二十人が馬に乗って島の中央にあるナイブズ家の館に向かって出発した。全員で草原を馬で疾走する。みんなで音程外れな歌を歌いながら草原を駆ける。慎二はかつてない解放感を感じていた。後ろにロックを乗せたマックスが馬で慎二に並んだ。
「お前らをダシにしてすまないな慎二。俺のことを日本語で何て言ったか……虎の威を借る狐ってやつ。そう感じても無理はないよな」
「別にそんなことは思ってないぞ、ロックの威を借るマックス」
「いやいいんだ。俺はそう思われても構わない。俺達にやっとめぐってきたチャンスなんだ。お前達がいる今しかない。俺のプライドや尊厳は関係ない、俺はライン一家が生き残るために動く。力を貸してくれ」
「ああ、いいぜ。誰が相手でも地べたを這いつくばらせてやる。なあエレーネ」
エレーネはナイトの馬から慎二の後ろに飛び移った。
「フフ。そうね、私たちに任せておきなさい。慎二と私が組めば無敵よ」
マックスが離れて行くと、エレーネは慎二の腰に手を回して頭を慎二の背中に預け、ため息をついた。
「皮肉なものね」
「何がだ?」
「両親を無慈悲な暴力で殺され捕らえられた私が、この島に流れ着いてから結局他人に暴力を押し付けて生きている。そしてこの島ではそれを止める者はいない。生き延びるためにこの力を振るうたび、私の心は少しずつ壊れて行くの」
慎二はエレーネが自分にだけ違う態度を見せているのに気付いた。ずっと女一人でこの島で生き延びて来たのだ。ひょっとしたらエレーネはずっと無理をして気丈に振る舞っていたのかもしれない。
慎二は自分がこの島で初めてエレーネの信頼に足る存在になれるかもしれないと思うと嬉しくなった。
「俺だって似たようなもんさ。母親が逃げちまって、飲んだくれの親父をぶん殴って外に出たものの、結局状況に流されてその場で足掻いてきただけだ。それでも俺は生きてここにいる」
慎二は肩越しにエレーネと見つめ合った。慎二は新しい人生の始まりを感じた。
ほぼ同時刻、ルインスキー一家は同盟の話を持ちかけるため島の西にあるバーモン家の館に入った。
門のところでナイブズ家の兵士とバーモン一家の若者達の間でひと悶着あったが、交渉に来ただけで戦う意思はないことを伝え、二人だけならと館に通された。入るとすぐに大きな広間になっていて吹き抜けになっており、細長い広間から色んな部屋へつながっているようだ。二階の窓のステンドグラスから光が入ってきて、美しい光の筋が何本も吹き抜けの床を照らしている。どうやらバーモン一家は打ち捨てられた教会を自分達の根城にしているようだ。
二人の靴が木の床を打つゴトッゴトッという足音だけが響く。奥へ進むとその先には大きなテーブルがあり、酒や食べ物、トランプのカードが散乱していた。祭壇の後ろの破壊された石像が自分達を見下ろしていた。
(ずいぶんバチ当たりな連中じゃの)
ポスクは久しぶりに聖歌を聞きたい気分になった。
「死にに来たのかルインスキー?」
ルインスキーが左上を見ると、二階の奥から二人の男が通路を歩いてきた。窓からの逆行でシルエットだけになっている。
「お元気そうで何よりだヨシュア君」
「そうかそうかようやく死ぬ気になったんだな。撃て」
隣の男がシルエットのまま銃を撃ったが、ポスクが呼んだ従者が青龍刀の幅広い刃でルインスキーの顔の前の弾丸を受け止めた。青いチャイナドレスを来た短髪の女性が青龍刀をブンと振った。
「相変わらず話を聞かない男だな君は。こんなおもちゃではポスク殿の虚は突けないぞ」
「スケベジジイめ。邪魔をするな」
ポスクの右後ろに赤い毛並みをした狼に似た大型の獣が現れ、牙を見せながら間合いを測るように横に歩きだした。するとポスクの横に新しく赤いチャイナドレスを着たやはり短髪の女性が青龍刀を持って現れた。
「今日は戦いをしに来た訳ではないのだがね」
「俺達に殺し合い以外にする事なんかあるのか?」
「ある。とびきりのゲームだよ」
そう言うとルインスキーはテーブルまで歩いて行き、カードを一枚手に取った。
「アルサミン一家が壊滅したのは知っているかね?」
「ああ? いや知らねえ。何の話だ?」
「ライン家に滅ぼされたんだ。奴らは全員消えてしまったよ」
ルインスキーは持っているカードを裏返すとジョーカーの絵柄をヨシュアに見せた。
「ライン家にとびきりのジョーカーが現れたんだ。一緒に奴らを倒さないか?」
「お前が言ってるゲームってのは奴らを一緒に殺そうってことか? フハハハ! 何言ってんだ! 結局殺し合いじゃねえか! やることは何も変わっちゃいねえ! あいつバカなのかルドルフ! おいルインスキー、俺にとっていつもお前は敵じゃねえか。どっちみち殺るならお前を先に殺したって構わねえよなあ?」
ルドルフと呼ばれた男は肩をすくめ、ポスクはクスクス笑い出した。
「駄目だなこりゃあ。ルインスキー殿、馬鹿には何を言っても無駄なようだぞ」
「うーむ、話せばわかると思ったのですが」
「ああ? 何こそこそしてやがんだ! 死ね!」
ヨシュアはルドルフから銃を受け取るとルインスキーに向かって銃を向けた。ルインスキーは素早く動くとテーブルに潜って横に倒して盾にした。ヨシュアの撃った銃弾はテーブルに穴を開けるがルインスキーにダメージはない。
二階にいたルドルフはヨシュアから少し離れて腕を組み、ポスクを見ている。どうやら品定めをしているようだ。ヨシュアが放つ銃声の中ポスクとルドルフの二人はお互いを見ていたが、ルドルフは動かない。どうやらルドルフには話が通じたらしい。
ポスクは視線の意味をくみ取るとヨシュアの真後ろに赤い娘を召喚した。
「あ? お、おいルドルフこいつを……!」
赤い娘の刃がヨシュアの胸を貫いた。ヨシュアはルドルフの突然の裏切りに驚きの表情で絶命し、前のめりに倒れた。ルドルフの表情は相変わらずよく見えないがヨシュアを見ながら静かに口を開いた。
「大局が見えない男とこれ以上一緒に行動するつもりはない」
ルインスキーはいつの間にかテーブルの裏ではなく近くの椅子に座って煙草を吸っている。
「終わったかね?」
「ルドルフとやら。共にライン家を倒すということでよろしいのかな?」
ポスクの近くにいた赤い毛並みの獣がフッを消えた。
「構わない。ただし外にいる残党達に話をつけてもらわねば私の立場がない。私が手を貸すのはそれからだ」
「分かりました。では私が話をつけてきましょう」
そういうとルインスキーは外に出て行った。
「ルドルフと言ったか。ワシはこの島が好きだ。この島で暮らすために必要な露払いはするつもりだ。だがお主の望みは何だ? あんなジャリ坊にくっついて何が狙いだったのだ?」
下に降りてきたルドルフは祭壇に立った。金髪のオールバックに眉毛が無く、眼も金色でギラギラと光っている。左の額に眉毛の位置から頭髪に向かって稲妻のように召喚士の刻印が入っている。ポスクを祭壇から見下ろすと全身黒ずくめのルドルフは服で口元も隠していて、表情を見せないまま淡々と語る。
「槍だ。この島には槍が隠されていてそれを手に入れるためには召喚士の居場所を把握しておくのが重要だ。そのためにヨシュアの部下を使って島の情勢を押さえておくのと同時にお前達を探していた」
「槍? 何のことだ? 価値があるものなのか?」
「別に金銀財宝などの類ではない。個人的なものだし……おそらくお前には必要ないだろう。詳しく教えるつもりはない。それよりも召喚士は現在四人ということになるか」
「ふむ。ワシらとあとライン家の新入り、それとエレーネとかいう嬢ちゃんだ」
ルドルフはコツコツと祭壇を指で叩きながら考えている。
「なるほど。役者は出揃ったようだな」




