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2ヶ月後のこと

さて、社会秩序が崩壊し無秩序が支配する世界となり2ヶ月が経過した。


自助会の食料は海外に避難した住民達の善意で多数残されており、水に関してもペットボトルに入った保存期間5年以上の長期保存用のものであるために十分。

態々この様な参事の中に残ろうとする大バカ者の俺の様な人間など、このマンションにいるはずも無く食料品に関してもアルファ米や乾パンにビタミン剤の事を考えれば10年ほどの保存が効くため火急の事態ではないが自身の運動能力を確認するために間近の徘徊者達に消防斧ピックアクスで脳天を砕こうと言う目論見だった。


マンション一階のゲートは土嚢と大きな家具で硬く閉じられており、住民の鍵が無くては開くことのない自動ドアの存在も相まって堅牢で有ると考えている。このマンションに残る住民は俺一人であるので2階の部屋の緊急避難口のひとつである折り畳みの降下梯子から下界へ降る。


目下の徘徊者が居ない事を確認し、周囲を警戒。マンションを囲む飾木が俺の姿を隠すので木々の間から目前の道路を確認し正門へ移動した。


正門には丁度、一体の徘徊者がその場で突っ立って土嚢で目隠しされた正面入り口を唯ひたすらに見ていた。


俺は息を殺して徘徊者の側面からゆっくりと近づくと後頭部から思いっきりピックアックスの杭の部分を振り下ろして頭蓋を砕き、口の中まで貫通させた。


「っふ!」


徘徊者は音に敏感で有るが聴覚は人のそれであり、通常の人間よりも視覚に頼っていないだけらしい。

大した抵抗も無くその場に崩れ落ちる徘徊者の脳漿を踏みつけて動きを確認すると、数秒してから動かなくなった。

少なくとも脳を潰せば動かなくなるらしい。


頭蓋にめり込んだピックアックスをゴリゴリと外すのに以外と時間がかかったし、人間大の大きさの動物を殺すのは予想以上に精神に負担がかかる。

趣味で鹿を狩った事は有ったがあの時は銃を使っていた。生き物が痙攣し、次第に動かなくなっていくのをピックアックス越しに腕で感じるのは心地よいものではない。

ただ、今、俺は生命を殺したと言う実感だけが不快感とともに背筋を凍らせた。


「まずいっ!」


思わず呟き、ピックアックスを手から離して回収しないままに脇芽を振らずに思いっきり緊急避難口の梯子へと全速力で戻り、梯子を登る。


そのまま、二階に到着した直後に折り畳み梯子を通常の状態に戻して息が整うまでその場に座り込む。


自分の呼吸音だけが嫌に耳に響き、全身を悪寒が襲い、思考が乱れて精神が削れる音がした。

基本的に人間は弱い。頭では冷静ぶっていても体験とも実感ともなればその触覚と匂いに吐き気を覚える。これは中学の教師が人体解剖の現場に見学へ行く場合に似ている。


自分の頭では画像や動画で慣れていると考えていても、実際に只の見学であったとしても人は耐えられない。

男性は最初は平気なふりをしているが途中から吐き気を覚え体がガタガタと震るし女性は最初は気持ち悪くなるが、途中から慣れていく。

俺の反応は生物学的に全くの正常な反応だ。この後、悪寒を覚えて吐き気が来る。

膝が震えて動けなくなる前に安全な場所へ逃げ込まなければならなかった。


愚か者はリスクを過小評価する。すぐ慣れるだとか、次の危機が来たら立上れる等と言うのは幻想だ。

何度も何度も殺して、吐いて心が癒えるまで部屋で膝を抱えて過ごす。生物を殺すと言事に慣れるには時間がかかる。

最低でも数ヶ月。長く見て数年。自身の常識を書き換えるには時間が掛かる。

緊張感が梯子を登る最中に途切れずに良かった。


「ははっ。うごけねぇな」


声は震えて膝に力が入らず、立つ事すらままならない。

人の形をしたものを殺すと言う事はそういうことだ。

これを毎日やらなくてはならなかった。そう言う世界に留まってしまった。

ただ、この底冷えた感覚こそが俺の求めていた感覚に違いなかった。


涙で視界がぼやける中、俺は自分に言い聞かせるように呟く。


「なんて楽しいんだ」

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