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連載候補短編

【連載版始めました!】無自覚な天才令嬢はのんびり暮らしたい ~ノロマすぎて無能だと罵られた魔導具師、呪いにかかった第二王子を助けたら溺愛されるようになりました~

作者: 日之影ソラ

連載版始めました!


https://ncode.syosetu.com/n7205ht/


ページ下部にもリンクがあります。

「こっちの発注書、明日までに片づけておいて」

「え……」


 テーブルの上にどさっと乱雑に置かれた紙の山。

 他にも終わっていない山が並んでいて、思わず絶句する。


「それじゃよろしく」

「ま、待ってください所長! こんな量、一人で明日までに仕上げるなんてとても」

「何を言っているの? それが貴女の仕事でしょ?」

「い、いえ、その……」


 所長だって同じ魔導具師なんだから、これは所長の仕事でもあるはずなんだけど……。

 とか、言いたくても言えない立場だった。


「わかったら早く終わらせなさい。じゃないと次の仕事が来るわよ」

「……」

「まっ、貴女ならこのくらい余裕でしょ? 期待しているのよ? 元、最年少宮廷魔導具師、フレア・ロースターさん」

「……が、頑張ります」


 褒めているわけじゃない。 

 ただの嫌味だ。

 表情がそうだった。

 所長は私の研究室から出ていく。

 ばたんと閉まった扉の音が響き、静かになった部屋でポツリと立ち尽くす。


「はぁ……」


 最初に出たのは盛大な溜息だった。

 所長に聞かれたら、また嫌味を言われてしまうのだろう。

 でも……。


「溜息だってつきたくなるよ。なんなの? この量……五人分くらいある」


 同じ魔導具師がこなす仕事量の五倍。

 時には十倍近い仕事量を押し付けられ、納期は通常通りという鬼のような設定。

 当然通常業務の時間だけじゃ終わるはずもなく、毎日のように残業して、休日の半分は出勤しないといけない。


「これ……明日も出勤だなぁ」


 本来なら休みでのんびりできる日も、激務に追われて休む暇もない。

 幼いころから憧れていたモノづくりの最先端。

 宮廷魔導具師になった私は、理不尽極まりない社会の波に吞まれていた。


「次のお休みはいつになるんだろ……」


 そんなことを考えながら残業する。

 やっと終わるころには日付が変わっているだろう。

 みんなが帰宅する中、一人宮廷に残って仕事に勤しむ。


 トントントン――


 ドアをノックする音が響く。

 珍しいこともあるみたいだ。

 この時間に誰かが訪ねてくるなんて。

 まさか所長が戻ってきて、さらに無茶な仕事を押し付けられるんじゃないか。

 私はびくびくしながら扉の向こうに尋ねる。


「はい。どなたでしょうか」

「――僕だ。フレア」

「カイン様!」


 私は慌てて扉の前に駆けより、勢いよく扉を開ける。

 そこには金髪で青い瞳の男性が立っていた。

 彼の名はカイン・バルムスト。

 バルムスト侯爵家の嫡男であり、私の婚約者でもある。


「こんばんは、フレア」

「こんばんは! カイン様がどうしてこちらに?」

「ちょっと君の様子を見に来たんだ。話したいこともあったしね」


 私に会うためにわざわざ宮廷へ?

 こんな夜遅くに。

 カイン様は相変わらずお優しい。

 容姿も性格も立ち振る舞いも、何もかも優れている方だ。

 私なんかの婚約者にはもったいない。

 けど、その優しさが今の私には必要だった。

 独りぼっちだった研究室に彼が来てくれたことで、まだまだ頑張れそうな気力が湧いてくる。


「ありがとうございます。カイン様」

「ああ。それで……」


 彼はきょろきょろと研究室の中を見渡す。

 なんども来ているし、今さら目新しいものはないけど何か気になる様子。


「カイン様?」

「……フレア、君は今日も遅くまで残って仕事をしていたんだね」

「あ、はい。まだ終わらなくて……」

「そうか」


 慰めてもらえるかと期待した。

 カイン様に相談すれば、この状況も変わるかもしれない。

 今までは迷惑をかけたくないからと黙っていた。

 でも、そろそろ限界だ。

 このままじゃ過労でいつか倒れる。

 こうして私のことを気にして来てくださったんだ。

 今こそ相談するべきだろう。


「あの――」

「フレア、君に大事な話がある」


 私の言葉をさえぎって、カイン様は真剣な表情でそう言った。

 思わず口を噤む。

 そういえば話があると言っていた。

 私の相談はそれが終わった後でもいい。

 気持ちを切り替えて、にこりと微笑みカイン様に言う。


「はい。なんでしょう」

「――君との婚約を破棄したい」

「……え?」


 時間が止まってしまったような感覚に襲われる。

 聞き間違いだと思った。

 思いたかった。

 それでも私の耳にはハッキリと残っている。


 婚約を破棄したい。

 私と。


 カイン様はそうおっしゃった。

 真剣な、およそ嘘なんてついていないとわかる表情で。


「ど、どうして……ですか?」


 私は震えながら尋ねた。

 するとカイン様は小さくため息をこぼし、私から視線を外す。

 彼が見ているのはテーブルに並んだ書類の山だ。


「理由はいくつかある。一つはこの、今の状況だ」

「今の……」

「君が宮廷に入ってから毎日、こんな遅い時間まで仕事をしている。最初は仕事熱心で素晴らしいと思っていた。が、最近気づかされた。単に仕事が遅く、怠けているだけなのだと」

「そ、そんなことありません!」


 私は咄嗟に否定した。

 カイン様は勘違いされている。

 私は今日まで一度もさぼったことはないし、手は抜いていない。

 毎日まじめに働いている。 

 それでも終わらないのは、所長が無理な仕事量を私に押し付けるから。


「私はちゃんと休まず働いています。今日だって本当は――」

「もういい。言い訳しなくても」


 冷たい声が耳に響く。

 初めて聞く声に、背筋がぞっとする。


「カイン……様?」

「僕がなんの根拠もなくこんな話をすると思うかい? 先に所長に確認したんだ。君がここでまじめに働いているのか」

「所長に?」

「そうだ。答えを聞いて落胆したよ。まじめに働いていたと思っていたのは、僕の勘違いだったみたいだね」


 所長がなんと答えたのか私は知らない。

 それでも、いい返答をしなかったことくらいわかる。

 あの人は、私のことが嫌いだから。

 私の現状を作り上げたのは、まさにあの人だから。


「ち、違います! それは所長が――」

「嘘をついているとでも? 発言には気を付けたほうがいい。所長は宮廷魔導具師を束ねる方だ。つまり、この国でもっともすぐれた魔導具師ということ。君の発言と彼女の発言、どちらを信じると思う?」

「そ、それは……」

「所長からの話では、君は与えられた仕事を予定通り終わらせるので精一杯。いつも残業しているのも、効率が悪いからだ」


 違う。

 それも全部、無茶な量を……。


「確かに仕事量は他の魔導具師より多いと聞く。しかしそれも、君の能力を見込んでのもの。最年少宮廷魔導具師になった君なら、この程度の仕事はなんなくこなせると……が、期待外れだったと嘆いていたよ。本当に申し訳ない気分になった」


 全部だ。

 どれもこれも、すべて所長のいいように解釈してカイン様に伝えている。

 ねじ曲がった事実を修正することは、私にはできない。

 ここでいくら否定しても、カイン様は信じてくれないだろう。

 婚約破棄を口にした時点で、カイン様は私を信じるつもりは一切ない。

 だから私は……。


「申し訳ありません」


 ただただ、謝るしかなかった。

 自分が悪かったのか?

 期待に応えられなかったことがダメだったのか?

 いやがらせと期待の境界線はどこなんだろう。

 私に対して行われていたことは、嫌がらせじゃなかったの?

 私は……嫌だった。

 それは思っちゃいけないことだったのかな。


「で、ですが、婚約の話は私たちだけの問題でありません。ロースター家とバルムスト家、双方の同意が必要です」


 両家は古くから親交が深く、代々お互いに異性の跡取りが誕生した際、婚約者とする決まりがある。

 より関係を深く、未来永劫共にあることを約束するために。

 いわゆる政略結婚というやつだ。

 それに、長女である私が選ばれた。

 私たちの婚約は両家の伝統によって決められたもの。

 それを一存で覆すことは難しい。


「心配はいらない。その点についてはすでに解決している」

「え、解決って……」

「僕は君ではなく、君の妹のアリアと改めて婚約することにした」

「アリアと?」


 私より三つ歳の離れた妹、アリア。

 彼女はちょうど今年成人する。

 婚約者とするには、なんの問題もない相手ではあった。


「彼女はとても素敵な子だ。僕の前で、決して嘘をつかない。なんでも包み隠さず、真摯に答えてくれる。まだ垢抜けないところもあるが、そこも魅力的だ」

「カイン様は……アリアと親しかったのですか?」

「当然だろう? 君の妹だ。交流する機会はいくらでもあった。君は毎日宮廷にいたから知らなかっただろうけど、これまで何度も会っているよ」

「……」


 言葉が出なかった。

 まさか、こんなにも堂々と本人の目の前で、妹と浮気していたことを告白されるなんて。

 私が必死に仕事をしている間に、二人が仲良くしていた。

 想像すると……ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 だけど言葉には出せない。

 出したところで意味はない。


「アリアは……なんと言っているんですか」

「もちろん彼女も了承済みだよ」

「そう……ですか」


 もう、これ以上話すことはなさそうだ。

 結論はとっくに出ている。

 カイン様から言われるより先に、せめて自分から言おうと思う。

 私は背筋を伸ばし、ゆっくりと頭を下げた。


「今までありがとうございました。カイン様」

「ああ、僕としても、いい経験にはなったよ」


 こうして、私とカイン様は他人に戻った。

 あっさりと、感慨深くもなく。

 人と人との繋がりなんて、こうもあっさり切れてしまうんだと知った。


 しばらく、一人で研究室に籠った。

 カイン様が去った後も、ショックが大きくて何も考えられない。

 それでも皮肉なことに、仕事の手だけは勝手に動く。

 身体にしみついてしまっているんだ。

 これを終らせないと帰れない。

 帰って……休みたい。

 

「はぁ……なんでこうなっちゃうのかな」


 思えば私の人生は、思い通りにならないことの連続だった。

 私は、本来ロースター家の人間じゃない。

 母は一般人で、父とは一夜の関係だったという。

 そうして私が生まれ、父はその関係を隠すために私を長女として迎え入れた。

 けど、そのころにはアリアが生まれていて、私のロースター家での扱いはひどいものだった。

 父は私と目も合わせない。

 義母は私のことを目の敵にする。

 そんな私を、使用人たちは憐れむように見る。

 妹のアリアも、私のことを馬鹿にしてくる。

 ロースター家に、私の居場所はなかった。


 それでも、唯一の生きがいを見つけた。

 魔導具作りをしている時だけは、他のすべてのしがらみから解放される気分になった。

 物作りは楽しい。

 誰もが驚くような発明をしてみたい。

 そうして一人、魔導具作りの勉強をしているうちに、気づけば宮廷魔導具師になっていた。

 今から四年前、十四歳の頃で史上最年少だったという。

 周囲から注目を浴びたのも生まれて初めてだった。


 私のことを知って、多くの人が見る目を変えた。

 友好の深いバルムスト家から、カイン様との婚約の話が持ち掛けられたのもこの頃だった。

 成人になり婚約し、宮廷という最高の環境で物作りができる。

 この時の私は、何者でもなかった自分が、周囲に認められたことが嬉しかった。

 私の人生で、何かが変わると思えた。


 でも、結局うまくはいかなかった。

 期待されるとは同時に、恨まれることでもある。

 私のことが気に入らない先輩、所長にいじめられて、無茶な仕事を押し付けられる。

 なんとか頑張って終わらせても、今度はもっと多い量の仕事が飛んでくる。

 疲れきった私の唯一の救いが、優しいカイン様だったけど……それも失ってしまった。


 私は、本当の意味での孤独を体験している……のかもしれない。


「いっそ辞めて……」


 これまで何度思っただろうか?

 逃げ出したい。

 宮廷なんて辞めて、どこかでのんびり暮らしたい。

 

「……無理だよね」


 ただの希望でしかない。

 仮に逃げ出したところで、その先どうやって生きていく?

 仕事を探すのだって大変だ。

 身元が不確かな人間なんて、まともな職場は絶対に雇ってくれない。

 下手をすれば、今よりひどい生活に……も、あまり考えられないけど。


「はぁ……」


 もうすぐ今日の分の仕事は終わる。

 日付がそろそろ変わって明日になる時間。

 明日になっても、今日のように慌ただしい日々が続く。

 違いがあるとすれば、わずかな救いもなくなったことだろう。

 もう、虚無で仕事に打ち込むしかなさそうだ。

 溜息しか出ない。


  ◇◇◇


 仕事を終わらせた私は、トボトボと研究室を出ていく。

 やっと帰宅してベッドで眠れる。

 嬉しいはずが、今日はいつもより足取りが重い。

 さすがにみんな寝ている時間だろうけど、万が一起きていて、ばったり出くわしたらどうしよう。

 お父様、お母様、アリア……使用人も、婚約破棄のことは知っているに違いない。

 会えば必ず嫌味なことを言われる。

 そして、明日ここへ出勤したら、所長に馬鹿にされるんじゃないかと予想する。

 何もかもが億劫で、歩くことすら気だるい。

 今夜は研究室に泊まったほうがいいかもしれない。

 何度か経験はあるし、初めてじゃない。

 私は立ち止まる。


「戻ろっかな」


 そして踵を返す。

 ちょうど中庭を通り過ぎるところだった。

 

 ガサガサガサ!


「え?」


 中庭に私以外の誰かがいる。

 こんな夜遅い時間に、宮廷に一人いること自体が不自然だ。

 今まで一度も、ここで誰かと遭遇したことはない。

 かすかに呼吸音が聞こえる。

 誰かいるのは明白だ。

 絶対にまともな人間じゃない。

 まさか盗人……暗殺者とか?

 急に怖くなって、その場から走って逃げだそうとした。


「はぁ、っ、ぅ……」


 庭の木の裏から聞こえてきた声は、明らかに苦しんでいた。

 気づいた私は逃げるのを辞める。

 静かな夜に耳を澄ませば、誰かの呼吸音がより大きく聞こえてくる。

 明らかに乱れているのがわかった。

 それもかなり弱っている。

 恐怖がないと言ったら嘘になる。

 だけど、気づけば私の身体は勝手に動き出していて、音がするほうへと駆け寄っていた。


「だ、大丈夫……ですか?」


 恐る恐る木の裏を覗き込む。

 そこには一人の男性が座り込んでいた。

 私は一目で、彼が誰なのか理解する。


「ユ、ユリウス殿下!?」


 ユリウス・ユークリス。

 この国の第二王子様の顔を見間違えるはずもない。

 ただ、私が見たことのある彼とはいささか違う。

 半身に見たことのない黒い模様が広がっていた。


「お、お前は……」

「わ、私はフレア、宮廷魔導具師です!」

「魔導具師……こんな時間まで宮廷に残っていたのか……誤算だったな」

「何があったんですか! この模様は……」


 殿下は苦しそうに胸を押さえている。

 心臓が苦しいのか、呼吸が苦しいのか。

 もしくはどちらも、か。

 一目で深刻な状況であることは察しがつく。


「い、今人を呼んできます!」

「やめろ!」


 殿下が私の腕をがしっと掴む。

 その手から尋常ではない高熱が伝わってくる。


「余計なことをするな。このことは……誰にも言うんじゃない」

「ど、どうしてですか? すごい熱です。明らかに何かの病気にかかっているのに」

「病気じゃ……ない。これは……呪いだ」

「呪い?」

「そう……だ。ぐっ……」

「殿下!」


 痛みがひどくなったのだろう。

 殿下が掴んでいた私の手を放す。

 私は咄嗟に、落ちる殿下の手を握った。

 指先から感じる高熱は、およそ人間が耐えられる体温の限界に近い。

 このままだと命にかかわる。


「俺のことは……いい。忘れて、もう帰るんだ」

「……できません」

「なにを……」

「こんなに辛そうな人を……放っておけるわけないじゃないですか!」


 私は殿下の手を引き、肩に腕を回す。

 非力な私にとって、成人男性一人を支えるのはギリギリだ。

 それでも無理やり起こす。


「失礼します。無礼をお許しください」

「な、なにをするつもりだ」

「私の研究室に行きます」


 この症状が本当に呪いなら、あの魔導具が役立つはずだ。

 研究室まで到着すればきっと元気になる。

 だから――


「もう少し我慢してくださいね」

「……ああ」


 少し軽くなった気がする。

 殿下の両足が、私の動きに合わせて動いてくれる。

 歩くスピードを増して、私と殿下は研究室に向かった。

 明かりの消えた研究室に入り、殿下を簡易ベッドの上におろす。

 硬いベッドで寝心地は悪いけど、今は我慢してもらおう。

 部屋の明かりをつけてから、棚から魔導具を探す。


「えっと、あった!」


 見つけたのは銀色の腕輪。

 それを殿下の右上に、模様が広がっている側に装着する。


「これで……」


 魔導具が効果を発揮する。

 半身に広がっていた黒い模様が、徐々に薄れて消えていく。

 代わりに腕輪が黒く変色していった。

 まるで、殿下の呪いを腕輪が吸収するように。


「……っ、はぁ……」

「殿下」

「痛みが……薄れてきた」

「よかったぁ」


 予想通り、ちゃんと効いてくれたみたいだ。

 ホッとした私は近くの椅子に腰をおろす。

 反対に殿下がベッドから起き上がり、模様が消えた右手をグーパーして確認する。


「この腕輪のおかげ……なのか?」

「はい。それは呪いを和らげる効果を持った魔導具なんです」

「魔導具? そんなものがあるのか」

「はい。呪いは特殊ですが、大元は同じ魔法ですから」


 呪いには種類がある。

 殿下の受けていた呪いは、身体を対象に広がるタイプだろう。

 この手の呪いは、呪いをかけた相手をどうにかしない限り収まらない。

 だけど、呪いの進行を抑えることはできる。


「その腕輪は、呪いの対象を広げてくれるんです。今の殿下の身体を、呪いは腕輪が九、体が一という割合で認識しています。対象が広まった分、呪いの効果が薄まったんです」

「よくわからないが、完全に呪いが解けたわけじゃないんだな?」

「はい。呪いの解呪は発動者にしかできないので……申し訳ありません」

「いや十分だ。おかげで身体が軽い。痛みのない夜を過ごせるなんて久しぶりだよ。この呪いは、夜に進行するみたいだからな」


 時間帯を指定した呪いの進行。

 殿下の話から推測するに、毎晩呪いが進行し、いずれ全身をあの模様が覆ったとき……完全に発動して死ぬ。

 そういう呪いなのだろうと考える。


「助かったよ。フレア、だったか? 君は命の恩人だ」

「い、いえそんな。私は偶然居合わせただけですので……その、無礼なことをしてしまい申し訳ありません」

「無礼なんてとんでもない。君の人を助けようという行動は、この国の王子として誇らしいよ。こうしてすぐ対処もしてくれたし、君は優秀な人材だね」

「優秀……」


 なんだか久しぶりに言われた気がする。

 

「俺のほうこそすまなかった。強い言葉を使ってしまって……ただ、このことは誰にも言わないでほしい。それだけは約束してくれないか?」

「ど、どうしてですか?」

「ふっ、一国の王子が誰かに呪われた……なんて、知られたら大事だろう? 父上たちも心配する。俺は……誰にも心配をかけたくないんだ」

「だから中庭に……」


 苦しんでいる姿を、他の誰にも見られないように。

 この人は……。


「どうして、呪いなんて」

「さぁな。まぁ、俺を恨んでる人間はたくさんいるだろ。王子なんて立場は嫌でも注目されるし、悪人たちからは敵視される。できるだけ早く呪った相手を……ところで、君はどうしてあそこにいたんだ?」

「え、あ……それは、仕事で」

「仕事? もうっとっくに終わっている時間だろう?」


 それはそうなのだけど、私にも事情がある。

 特に今日は、いや昨日はいろいろとあったから。


「はぁ……あ、すみません!」


 殿下の前で溜息をつくなんて。

 自分で抑えきれないほど弱っていることを自覚する。

 そんな私を見て、殿下は優しく微笑む。


「フレア、俺にできることはないか?」

「え?」

「君は命の恩人だ。何かしてほしいことがあれば言ってほしい。俺にできることなら叶えたい」

「そ、そんな、私は……」

「いいから。遠慮なんてしないでくれ。素直に、思ったことを言ってほしい」


 素直に……。

 私の望みはなんだろう?

 カイン様ともう一度婚約者に戻りたい?

 ううん、違う。

 一度でも不倫していた人なんて、今さら婚約者になりたいとは思わない。

 仕事量を減らしてほしい?

 嬉しいけど、その後が怖い。

 きっと私に対する風当たりは一層厳しくなるだろう。

 いろいろと思い浮かんでは消えていく。


 畢竟、私がほしかったのは――


「お休みがほしいです!」

「……休み?」

「はい」


 ただ、心と身体を休める時間がほしかった。

 それだけでよかった。


「休みならあるんじゃないのか?」

「一応……ありはします」

「……まさか、休みの日も働かされてるんじゃないのか?」

「あ、あはははは……」


 私は笑ってごまかした。

 すると殿下は怖い顔をする。


「笑い事じゃないぞ」

「す、すみません」

「いや、君に怒っているわけじゃない。魔導具師だと言ったな? 他の者は? 君だけ残っているのは?」

「あ、えっと……」


 殿下はぐいぐい質問してくる。

 どう答えればいいのかわかわらず、私はオドオドする。


「何かあるんだな?」

「いえ、そんな」

「いいから、本当のことを教えてくれ」

「……はい」


 結局、殿下の圧に負けてすべて話すことにした。

 今日起こったこと。

 それ以前から続いていることを。

 話すつもりはなかったけど、話してしまえば止まらない。

 思うところしかないから、次々に愚痴が出てくる。


「なんだそれ! 思いっきりパワハラじゃないか」

「あ、やっぱりそうなんですね……」

「自覚なかったのか?」

「……多少は思ってました。でも、期待してるからって」


 殿下は大きくため息をこぼす。


「あのな、無茶な仕事を与えられることは期待って呼ばない。どう考えても君への嫌がらせだ。よく四年も耐えたな」

「あははは……そうするしかなかったので」

「婚約破棄の件もだ。怒ってよかったんだぞ?」

「怒れない……ですよ」


 失望させてしまったことは事実だ。

 カイン様も、最初から冷たかったわけじゃない。

 そうさせたのは私だ。

 もっと早く相談していれば……とか、もう手遅れなことを考えている。


「そうか? 俺は、君のことをちゃんと見ていなかっただけな気もするけどな」

「そう……でしょうか」

「まぁ、君がどう思うかは君の自由だ。ただ少なくとも、君が今置かれている環境は普通じゃない。それだけは事実だ」

「……はい」


 わかっている。

 私が、多くの人から嫌われていることは。

 嫌というほど思い知らされた。

 またあふれそうになった溜息を、ぐっと堪える。


「……よし、決めた。フレア、明日荷物をまとめておけ」

「え……? 荷物って、まさかクビですか!?」


 本音を話したから、王国に反感を持っていると思われた?

 急にクビになったらどうやって生きていけばいいの?


「違う違う。むしろ昇格だ」

「しょ、昇格?」

「ああ、たっぷり休みもとれるぞ? 期待していい」


 私は首をかしげる。

 その意味を知ったのは翌日のことだった。


  ◇◇◇


「本日を以て、フレア・ロースターを第二王子付き特別宮廷魔導具師に任命する……」

「とのことです」


 朝、私のもとには一通の任命書が届いた。

 そこに記されていた内容を、所長が読んでいる。

 第二王子付き、つまりユリウス殿下直轄の魔導具師になるということだ。


「そういうことなので、今度私への仕事がある際は殿下に一度通してください。この研究室もお返しします。殿下が新しく用意してくださるそうなので」

「な、なんなのこれは? 一体どういうこと?」

「それは私にもわかりません」


 殿下から私へのプレゼントだ。

 本当は知っているけど、殿下から呪いの件も含めて口留めされている。

 何より、この人はもう私の上司じゃなくなった。

 話す必要はない。


「今までお世話になりました」


 私は深々と頭を下げて挨拶をする。


「ま、待ちなさい! まだ仕事が残っているでしょう!」

「昨日までの仕事は終わらせました。今日からの分は、先に殿下を通してください」

「通常業務もあるのよ!」

「それも、殿下が今度は判断してくださいます。その任命書にも記載されているはずです」


 これまでの業務は他の宮廷魔導具師へ引き継ぐこと。

 本日より実行する、と。

 ちなみに代わりとなる魔導具師には、所長の名前が記されていた。

 もちろん、殿下からの指示だ。

 断ることはできない。

 立ち去ろうとする私を所長は必死で引き留める。

 よほど私の仕事を代わりにやりたくないんだ。


「待ちなさい! 自分の仕事を押し付けるなんて無責任だと思わないの?」

「それは申し訳ないと思っています。ただ……」


 これを言うのは、少々意地悪だろうか。

 でも、せっかくの機会だ。

 言ってしまおうと思う。

 今日まで耐えた分を一気に、うっぷんを晴らすように。


「私一人の仕事程度、所長なら難なくこなせてしまいますよね? だって所長は、この国で一番優れた魔導具師なんでしょう?」

「っ……フレア……」

「お疲れさまでした。何かあれば、殿下にお伝えください」


 そう言って扉を閉める。 

 四年間お世話になった研究室に別れを告げ、宮廷から王城へと足を運ぶ。

 先に教えてもらった部屋に向かい、深呼吸をしてから扉を開ける。


「ようこそ、新しい研究室へ」


 部屋の中で、ユリウス殿下が待ってくれていた。

 新品の研究道具に、きれいに掃除された部屋。

 宮廷の研究室よりも一回り広くて、隣には私が暮らすための部屋も用意されている。

 もう、ロースター家の屋敷に帰る必要はない。

 宮廷で頭が痛くなるような激務に追われる心配もない。

 ここで、彼のもとで働ける。

 朝起きて、仕事をして、定時には終わってゆっくり休む。

 休日だって定期的にある。

 そんな普通な生活が送れるようになる。


「どうだ? 気に入ってくれたか?」

「はい! 最高の気分です!」


 この日を境に、私を取り巻く環境は大きく変化する。

 

 これは一人の天才魔導具師が、無自覚に人を、国を救う物語。

 その始まりである。

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