第7話 サクの疑念
「ねえ、サク。この国の偉い人に対して、なんでそんなに刺々しいの?」
疑問そうに、キーラが言う。今までの行動を見る限り、サクはこの国の上層の人間に対してあまり良い顔をしていない。どんなに歓迎されても、どんなに褒めそやされても、「あ、そうですか。はいはい」みたいな雰囲気で、全部を塩対応、あるいは無視で通している。
「…あちこちで、転生者を狙っているであろうトラップ、物騒な事件、そしてきな臭い雰囲気が確認できたからだ。信じれば絶対後悔するような人間たちと、ヘタに馴れ合うつもりはない」
「サク、聞こえるよ」
サクの声は元々小さいが、誰が聞いているかわからない。ボクは冷や汗をかきながらサクを制止した。
「…ん、そうだな。悪い」
その会話からもう少し歩いてから玉座の間の扉が開くと、すぐに息を飲むほど煌びやかな広い部屋が姿を見せた。テニスコートが丸々四つは入りそうな広い空間には、衛兵たちが整然とした規則正しい列を作り、国王陛下を守るべく背筋を伸ばして立っていた。天井には巨大なシャンデリア、床を見ると鷲をあしらった巨大な赤い絨毯が敷き詰められていた。壁に目を移すと白いレンガによく映える、美しい蝶の模様が入ったステンドグラスが日光を透して輝いていた。そして、目をどこにとどめて良いか分からないほど豪華な玉座の間の最奥、すなわち玉座に座っている痩せた男性が目に入った。この人がこの国の王様だろう。80は超えているのではないだろうか。目の周りは落ち窪み、王冠を被っている頭に生えている髪も所々白髪が混じっている。節くれだった手は、まるで壮年の松のようだ。お世辞にも、健康に暮らしているようには見えなかった。その側にはかなり大ぶりで禍々しい黄金の槍が立てかけられており、異質な威圧感を放っている。王様はその見た目とは裏腹に、よく通るしゃがれた声で言った。
「転生勇者諸君、第二の人生の舞台、〈エンフィニ〉へようこそ。私はこの王国を統治するもの、アロガンだ。積もる話はあるが、清めの儀式……ステータス鑑定の結果を発表したいと思う。この瞬間、転生勇者諸君のディバインパネルにステータスのデータが登録されるようになり、モンスターを倒した時に手に入る、いわゆる経験値などもここから反映されるようになる。
まずは正蔵。我が前へ」
侍みたいな名前が王様によって呼ばれる。正蔵と呼ばれた少年は立ち上がると、おずおずと王様の方へと歩いて行った。
「ステータス鑑定の結果、お前は魔法の素質があることがわかった。率先して練習していくと良いぞ」
「…ダウト」
サクがぼそっと言ったのを、ボクは聞き逃さなかった。
「…え?」
「どういうこと?」
ボクと近くにいたキーラが聞き返している間にも、王様は言った。
「よって、ステータスの視覚化、レベルアップの解禁、及び魔道士の装備を授けよう」
王様はそう言って、正蔵と呼ばれた少年に手をかざした。彼のディバインパネルが光り、王様のてから次々に数字が飛び出してディバインパネルの中に入って行った。そして最後に大きな光が彼の方に飛んでいき、正蔵を包み込んだ。3秒後には光は四散して、あっという間に正蔵は魔法使いのような格好になっていた。ルーン文字が大きく四文字刺繍された暗い紫色のローブに身を包み、フードを被り、そして魔導書を胸に抱えている。さらに驚いたことに、これが不気味な程に似合っていた。
「…精進を期待する」
王様が荘厳な感じで口を開くと、正蔵は嬉しそうにうなずいた。
「…はい!」
まるで久しぶりに遊ぶ子犬のような表情だ。
それを横目に、ボクは小声で聞いた。
「…サク、嘘ってどういうこと?」
「…次、リンネが呼ばれるぞ」
そんなバカな。逃げる口実だろう。ボクがそう思ってさらに深追いしようとすると、王様の声がした。
「リンネ。我が前へ」
…マジで呼ばれた。
「凄!」
キーラも驚愕している。ボクはサクの観察眼に中ば呆れ返りながら、王様の前に出た。
「……」
ボクは気づかれない程度に、そっと王様の顔を見た。…やはりその顔からは、感情らしきものは何も感じられない。ただ、何かしら強い意志のようなものはわずかに感じ取れた。
「ステータス鑑定の結果、お前は非常に優れた剣の素質があることがわかった」
…なんだ、やっぱり嘘なんかじゃない。実際ボクは前世で、剣の練習を毎日積んでいた。ここで剣の素質について言及されても、なんら不思議はない。…非常に優れたっていうのが気になるポイントだけど。
「よって、ステータスの視覚化、レベルアップの解禁、および高位剣士の装備を授けよう」
それからは、正蔵と同じだった。ステータスの表示が選べるようになり、ボクの体を光が包んだ。…体が暖かくなる感じだ。じんわりと、光がボクの体を包み込み、謎の安心感を与えてくる。ほのかな眠気さえ感じた。手から肘にかけては、赤い薔薇の刺繍が入った白いロンググローブですっぽり覆われ、靴はサイハイブーツに変わり、上下共にロングで統一された。背中に違和感を感じて少し振り向くと、深紅の鷲の模様が入った白いマントが装着されていた。胴体と肩と胸に金属のプレートでできた軽量アーマーが、下半身にはプリーツミニスカートが装着され、装備が完了した。
「…」
「…精進を期待する」
不思議な威圧感がある声でそう言いながら、王様はボクに元の位置に戻るよう促した。
ボクはできるだけ丁寧な所作で、サクの近くに戻った。呼ばれた時は意識し忘れていたけど、ボクは男であることがバレたら殺される。
「…サク、なんでボクが呼ばれることがわかったの?」
「あいつはおそらくデタラメに呼ぶやつを選んでいるから、真っ先に目に入っただろうあんたが呼ばれると予想した」
意外に理論は簡単だった。その後も色々な人が呼ばれたが、ボクはサクから王様を疑う根拠を聞き出そうと小声で躍起になっていたのでいちいち覚えていなかった。流石に松坂牛と言う名前の人が呼ばれた時はその方向を凝視してしまったが。ボクの奮闘虚しく、結局サクは口を割ってくれなかった。ボクが落胆していると、最後の一人と思しき人物の名前が呼ばれた。
「…ナユタ。前へ」
名前を呼ばれたらしいナユタという少年は白いフード付きジャケットを着ていて、フードを被った隙間からわずかにのぞく髪は雪のように白かった。
「……」
フードのせいで、ボクの方からは表情が見えない。ボクがナユタの表情を見ようとしていると、王様が口を開いた。
「…貴様を、転生勇者から追放する」
つ、追放!?なんでだ?
「……」
しかし、言われた当の本人のナユタは黙りこくっている。
「…で?」
ナユタが口にしたのはその一言だけだった。
「貴様、追放だぞ!」
王様でなくても、誰もが落胆するリアクションを想像するだろう。だが、ナユタの声からは余裕や、楽しむ心さえ窺えた。
「…お前には、追放って言葉しか言えないのか?」
ボクからも、ナユタの口元がバカにしたように笑っているのが見えた。
「誰に向かって口を聞いている!」
「…それは、どっちが発するべきセリフだろうな」
ナユタは目にも止まらぬ速さで王様に詰め寄り、シャンッ、と腰から剣を抜きはらって王様の喉元に押し付けた。一塵の風が巻き起こり、ボクたちを襲った。なんて速さだ…!最早人とは思えない。
「いぎっ、なんだ、その剣は!」
「チャチだけど、武器は武器だ。ミサイルや核兵器ほどの威力はないんだが、お前を殺すには十分だ」
こいつまさか、王様を殺そうとしているのか!?ボクは思わず、さっき召喚されたばかりの剣に手をかけた。
「おっと…。動くとこいつの首を切るぜ?」
振り返りもせずに、ナユタがボクに言った。
「なんで………?」
なんでわかったんだ。あいつは首を一ミリも動かしていない。いや、一ミリでも動かせたところで、こちらは見えないだろう。だってここは王様の真正面。ナユタから見て真後ろだ。
「前世がちょっと悪かったせいかもな?気配には敏感なんだ。まあとにかく、動くとこいつぶっ殺すからな」
笑顔で、平気で、楽しむように残酷なことを口にした。王様が口を開いた。
「お、おい悪魔!な、何が目的だ!」
すっと、ナユタの声から、ドライアイスが溶けるように含み笑いが消えた。代わりに、本能を解き放ったかのような荒々しい声が聞こえてきた。
「…俺の許可なしにしゃべるんじゃねえよ、クソジジイ。次喋ったらお前の顎と喉元を綺麗に切り離してやる」
と、王様の手がナユタの腹に当てられた。ナユタの声に含み笑いが戻り、口を開いた。
「……何のつもりだ?」
「{ジャッジメント・スペル}!」
ナユタは剣を振り上げたが、その斬撃が王様に届くことはなかった。王様の手がルーン文字で構成された眩い光線を放ち、ナユタを吹っ飛ばしたからだ。ナユタは吹っ飛ばされた衝撃で血を吐き、腹を中心として血の水溜まりを作りながら床を転がっていった。ナユタの持っていた剣は、王様の攻撃を受けた瞬間にポッキリ二つに折れてしまっていた。
「…す、すげえ………」
あたりの転生者たちは、呆然とした。化け物としか思えないナユタを、王様は一撃で倒してしまったのだ。相手がナユタである事を差し引いても、鋼鉄の剣を切り裂くなんて普通じゃない。
「…魔導師の素質のある者よ、魔力も使いこなせばこのようなことも容易くできるようになるぞ。日々、精進するように」
王様は、まるでナユタの存在などなかったかのようにそう言って、玉座に戻った。
「この国は今、先ほどのナユタのような悪しき部族の力によって脅かされている。国民は悪魔率いる他部族や、やつらの使う魔物によって、地獄のような苦しみを味わっている今こそ、諸君の力が必要なのだ!」
…いまいち情報が読めないけど、とにかくこの国が非常にまずい状況にあるのはわかった。確かに、ナユタみたいなやつが構成する部族なんかに襲われたらたまったもんじゃないだろう。
「…ひどい話ね、サク」
「あー、うん。まあ酷いんじゃないか?」
キーラのこの言葉に対して、サクはどこか上の空だ。というか、あんな衝撃映像を見せられてよく平常心を保っていられるな。ちなみにサクに対して発言したキーラは、片肩には黒いマントが、その下には動きやすそうな迷彩柄の布製ジャケットを着込んでいるアサシンのような格好をしていた。首には暗い緑色のマフラーを巻き、より森に溶け込みやすくなっているようだ。両手首には包帯のようなものが巻かれている。確か、『盗賊』の素質があるとか言われていたな…。
見た目に関して言うと、サクとフェードは王様に言って装備を受け取ることを辞退したのでそのままの容姿だった。
「勇者諸君には、神より授かったギフトとユニークスキルの力で邪悪なる部族を打ち倒すことでこの国を守ってほしい。君たちの冒険はこの国から始まるのだ!」
王宮に集められた転生勇者たちは、国を自分たちが守るんだ、と奮起していた。ナユタの脅威を見たからには、よりその気持ちも強くなる。ボクももちろん、そのうちの一人だった。でも、二人だけ、この雰囲気から浮いているヤツらがいた。
「…」
一人はサクだ。彼はポケットに手を突っ込み、王様の顔すら見ていなかった。こんな大事な話の時に何してるんだか。もう一人はフェード。こちらは退屈そうにあくびをしている。難しい歴史の本を読んでる時のボクみたいだ。
「サク、王様が話してるんだよ?ボクたちの使命について」
「…俺は、そのようなことに興味はない。ごっこ遊びが好きな奴ら同士で勝手に盛り上がっていてくれ」
サクはそう言って、くるりと背を向けた。それに対し、当然サクを知らない周りは嫌な反応を示す。
「なんだよあいつ」「俺らが国を守るってのに…」「感じ悪っ…」
「みんな、違うんだよ!サクはその………お腹が減ってるのよ!朝から何も食べてないから、きっとイライラしてるの。だからお願い、彼を悪く思わないであげて!」
出会ってすぐのサク相手に、なんて優しい子なんだ。……正気を失って人の腕に噛み付いていた女の子と同一人物とは、とても思えない。
サクを必死で庇おうとするキーラの前でサクは首だけ横に向け、静かに言い放った。後ろに窓から差し込んだ太陽の光があって、さながら種明かしをする探偵みたいだった。…そして妙に、しっくりきた。
「…この国は、本当に守るべき国なのか?」
……場が凍りつくとはこのことを言うのだろう。誰もが沈黙し、背筋が薄寒く、頭が緊張で熱くなる。
「ちょっとサク、何を言ってるんだよ!?」
ボクが何か言う前に、サクは口を開いた。まるで誰にも何も言わせないと言うかのように、圧倒的かつ冷たい気配がサクの周りに立ち込めている。ボクは、心なしか少し肌寒さを感じた。
「…こんなにデカくて兵役があり、戦力の頭数も揃っている国が、部族の一つ二つ滅ぼせないという事実がおかしいって思わないのか?いくら部族一人一人が強いとは言っても、軍は王宮で勤めている以上は生半可な実力でやっていけるわけもない。相当訓練を積んでいるはず。国王のあの攻撃魔法だって見ただろ。兵器一個として動かせるぐらいのパワーを持ったやつだって、少なからずいるはずだ。…その現実を視野に入れて考えろ。この国を本当に守らなければいけないかどうかをな」
サクの言葉に、今度は場がざわめいた。
「た、確かに…」「部族の規模にもよるけど、おかしい…わね」
「あぇ?…うん…?」
キーラのこの表情……話を全然理解してない。
「サク、一人置いていかれてるよ」
「…要はゲスな国王についていくか、自立するかどちらかにしろという話をしていた」
さっきはそんな過激な言葉使ってなかっただろ。サクは国王の方に向き直り、口を開いた。
「…ところで国王、俺は現時点で疑問点が一つある。国家がここまで逼迫しているにもかかわらず、貴様が動かない理由は何だ?」
王様は深々と頷いた。
「よくぞ聞いてくれた。…実は、人質をとられていて、動くに動けないのだ。子供はわしの目の前で攫われた。わしは敵の攻撃のせいで損害を受け、動くに動けず…己の無力さをここまで痛感したことはない」
なんて卑劣な奴らなんだ…
「…それが事実だとしたら、俺は大人しく、自分の行いを牢獄の中で懺悔するとしよう。…まあ、人質を取られているのなら部外者の俺たちを使って武力交渉に持ち込むのもどうなのか、本来なら統率者同士で話に決着をつけるのが筋なのではないか、と、いくらでも思うところはあるがな。子供が目の前で攫われた?いくら部族が速かったとしても、あの上位光魔法の{ジャッジメント・スペル}はリーチの長い呪文である上に、無詠唱でも発動できるはずだ。頑張れば当てられたと思う。…貴様は相当なヘマをやったか、あるいは嘘をついていると俺は推測しているが、どうだ?」
王は眉をひそめながら言った。
「やたら私に挑戦的だな?」
「…質問を質問で返すな。どうなんだ?」
サクの目は、いつになく冷徹な光を纏っていた。
「…わしは国王。……民の前に嘘はない」
「そうか、では貴様は、子供一人守ることができない間抜けな王だったということだな。力を持ちながら人を守れないような上位者についていく理由はない。俺は降りさせてもらおう」
もはや、サクのしていることはテロ行為に等しい。自分たちを案内した王様に対して挑発と言って差し支えないような言動を取り、剰え転生勇者たちをもそれに巻き込もうとしている。サクは転生勇者たちを振り返り、とどめとばかりに言った。
「…行く道で見た家のほとんどが小さかっただろう。仮にお前達が同じ立場で部族に脅かされているなら、大きくなくとも厳重な家にする程度のことは行うだろう。…それができないのはなんでだろうな?
…国民が苦しんでるのは、王の政治が悪いせいではないのか?そもそも、お前たち勇者が戦うとして、相手は本当に民族で合っているのか?悪魔などというものが本当にいて、そいつが民族を率いていると言う証拠はどこにある?…少しは人を疑うことだ」
サクは右手を軽く上げて、玉座の間を出口に向けて歩き始めた。当然、王様が黙ってそれを見過ごすわけがない。
「…一つ、転生勇者たちに告ぐとしよう。愚かな敵はもう一人いる。…やつ、サクだ」
サクが、ぴたりと歩みを止めた。
「…へえ、どのような理屈でそうなったのか、是非とも聞かせていただきたいところだ。人の価値観は十人十色。この国、いや、貴様の方針に納得がいかないというだけで敵として扱われる理由を教えてもらおうか」
「よかろう。まず貴様は浄めの儀式を行わなかったばかりか、鏡も壊したな?」
「…ああ。それで?なぜ貴様がそれを知っている?鏡を通して転生勇者たちを監視し、浄めの儀式と称して自らの水魔法で生み出した水で転生勇者たちの手を洗わせた。こうすることによって転生勇者たちの魔力が分かりやすくなり、ステータスの数値化、ユニークスキル、ギフトの特定を行なっていたのだろう?明らかなプライバシー侵害だ」
サクは当然のように返した。王様が眉をしかめる。いや、普通にわかるだろ、と言う感じの表情だった。実際、転生勇者のほとんどがそんな顔をしている。
「物を壊すような物騒な輩は早々に始末せねばならぬと言っているのだ!」
「確かに、それは人として宜しい行動ではない。だが、俺を殺す理由としてそれは小さすぎる」
「無論、こればかりではない。このほかにも、貴様はこの世界に来てから数多くの罪を犯した」
「…例えば?」
サクが別段焦る様子もなく、そんな問いを口にする。
「それは…その……あれだ、とにかく貴様は多くの罪を犯したのだ!」
「おい、罪の定義が適当すぎないか?」
サクの冷静かつ呆れ気味のツッコミが王様に突き刺さる。
「ともかく!…国家を侮辱し、転生勇者を貶めようとした反逆者は、我々が断罪する。死をもって懺悔せよ!かかれ!」
騎士たちが大勢で、こうなることをわかっていたかのように玉座の間の扉に押し掛けてきた。サクを囲むように剣を構え、切っ先をサクに向ける。
「…はあ、結局こうなるのか」
サクはため息をついてから、諦めたように呟いた。