第6話 えっ、ボク殺されるんですか!?
そんなこんなで、ボクたちはそれぞれ城の部屋に案内された。どうやら転生勇者二人につき一部屋与えられるらしくて、ボクとサクが相部屋になった。ちなみにボクを案内してくれたのは、この国のエンブレムらしきものがついた甲をかぶっている背の高い騎士だった。
「………なぜ俺が…」
サクがなぜか困ったように呟いている。騎士に促されてボクが扉を開けると、そこには赤い絨毯が敷かれているそこそこ広い部屋だった。6畳半ぐらいかな。前世のボクの家の部屋がこれぐらいのサイズだった。綺麗な光り輝くボールのようなものが天井近くに浮いていて、それが照明の役割を果たしているらしかった。簡単な作りのベッドが置いてある。仮拠点として活用する分には全然問題がなさそうな作りの部屋だった。気になるのは、壁の一角がカーテンに隠されていることと、そのカーテンの横に備え付けられている洗面台の存在だ。あれ、なんだろう。騎士が口を開いた。
「我らが国王陛下が、あなたたち転生勇者と顔を合わせたいとおっしゃっておりました。玉座の間にて待つ。との伝言を預かっております。玉座の間に入るために浄めの儀式を受けていただくので、今から私が申し上げる手順を守って行動してください」
騎士が完璧な敬語でボクたちに説明してくれる。
「浄めの儀式を受けていただきます。手をお洗いになってから、私が開けましたカーテンの内側にお入りください。3分そこで立ち止まっていただくだけで儀式は完了いたします」
「え、えっと…」
ボクは洗面台で手を洗うと、カーテンの開かれたその空間に入った。カーテンの向こうは、カーテンを開けた真向かいにあるくすんだ銀色の鏡以外何もないパステルカラーの箱という感じだった。
「ここに、入ればいいんですか?」
「はい」
ボクが箱に入ると、騎士さんが箱のカーテンを閉めた。すると、カーテンは壁の一部であるかのようにぴーんと伸びて平らになった。その直後にドアがバタンと閉まる音がしてからくぐもった足音が遠ざかって行き、騎士さんが部屋の外に出て行ったことがわかった。ボクがぐるりと部屋を見回すと、壁にはめ込まれている鏡に目が止まった。
「しかしこの鏡、本当になんの目的が…」
あの洗面台といい、本当に訳がわからない部屋だ。ボクはくすんだ鏡に少し近づいてみた。すると、よりはっきりと像が映る。ボクはその瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。そこには前世のボクが身につけていた服に少しアレンジを加えたものを着ている、一人の女の子が写っていたのだ。女の子の瑠璃の目はラピスラズリを思わせ、肩まで届く銀髪はさらさらと揺れている。雪花石膏と見まごうほどきれいな肌に、みずみずしいぷるぷるの唇、血色のいいほっぺた、口元が引きつっていなければ人形と間違えたのではないかと思うほど端正に整った顔立ち。驚きに目を見開くその女の子は、男なら誰でも二度見してしまうぐらいに可愛いものだった。まさしく美少女と言うにふさわしい容姿に、ボクは完全に面食らってしまった。
「……えっ?」
…ボクがぽかんとしていると、その女の子もぽかんとしていた。…うん、これ鏡みたいだよ、本当に。精巧にできた魔法の鏡で、その奥に世界が広がっているんだ、きっと。そしてボクの方を見て唖然としているだけだ。
ボクは無理やり自分を納得させようとしてそんなことを考えながら、右手をあげた。…すると、鏡の中の女の子も右手をあげた。
…現実逃避もここまでか。これは鏡で、ボクの姿を映しているんだ。…もはや『ボク』とは形容し難い姿になってしまったボクの姿を見て、ボクはこみ上げる叫びを堪えることはできなかった。
「なんだよこれえええええええええええええ!?」
甲高い悲鳴が、おそらく廊下にも聞こえたのだろう。騎士さんが戻ってくるのが足音でわかった。胸は…こわごわ触れてみたけど、ない。次に、自分の体の一部に触れてソレがあるかどうか確認した。こっちはある。つまり、ボクは一応この世界においても男のようだ。でも、見た目は自分でも気づけなかったほどにに女の子のものだ。
…なるほど、これでは女の子として扱われるのも無理はない。
そう言えば、あの胡散臭い男はボクの体が使い物にならないぐらいぐちゃぐちゃになっていた、という旨のことを言っていた。あの言葉通りなら、ボクは本当に男か女か区別できないぐらいにぐちゃぐちゃになっていたことになる。転生直前の、ボクのぐちゃぐちゃの体を見て、あの神様をの名乗る胡散臭い男はこいつは男にも見える、でも女にも見える、みたいな感じでなんとなく体を再構築して、こんな姿にしたわけだ。…胡散臭い男は最初から、言葉通りのことをしていたということだ。
そして、今日入ってくる転生者が多く、なんとなく再構築したボクの女の子のような感じの容姿になった少年の姿は忙しすぎて完全に忘れ去っていたのだ。
…その結果がこれである。偶然が重なったにしても、男に文句の一つでも言えばよかった。とにかく、ボクはもう周りからは女の子って扱いになってる。…これ、世界によっては女装禁止みたいなのが出ててまずい可能性がある。まずはこの世界が女装大丈夫なのかどうかを確認しておこう。
「…あのー騎士さん」
「はい、どうされましたか?」
騎士さんの冷静な声がかえってくる。
「あの、この世界で仮に女の子の姿をしていて、周りが女の子だって思っているのにその中身が男だったらどうなりますか?」
「無論、殺されます。それはなりすましの罪なので」
「…というと?」
ボクは生唾を飲み込みながら騎士の言葉を聞いた。
「この世界の国全てにおいて女装・男装趣味は認められていますが、女、または男になりすますことは死罪とされています」
「それは、当人が故意に騙しているとかじゃなくても相手が男の子だと思いこんでいて、実は女の子だったってことが発覚した場合も適用されるものですか?」
予防線として、女の子だと思われていて実は男だという自分の状況は言わず、あえて逆の状況で質問してみる。
「はい。その場合もなりすましなので死罪です。性別が逆だった場合も然りでございます」
そんな理不尽な。相手が勝手にボクのことを女の子だと勘違いしていたにもかかわらず、ボクが男だと言うことが発覚した瞬間に騙しの罪で死だなんてあんまりだ…!つまりボクは、もう女の子だということをこの世界のネットワーク上に広められてしまっているから、なんとしてでも男であることがバレないように生きていかなければならないわけだ。なぜこんなことに…。
「…教えてくれてありがとうございます…」
ボクは不自然にならない程度の声を出して、騎士に返事をした。
ボクが困惑していると、がちゃんとドアが閉まり、騎士が部屋の外に出て行ったことがわかった。
「…お前、どうする気なんだ?」
サクがカーテンの向こうから話しかけてくる。
「…どうするって言うと?」
「今までの行動傾向や言葉遣いをよく考えるとお前は男だろう。いつまでもごまかし続けるのは難しいのではないかと思ってな」
…ボクの人生は、ここで終わるのかもしれない。生殺与奪の権は、もはやサクに握られたと言っても過言ではない。
「…サク、君はボクをどうする気なんだ?」
「…別にどうもしない。お前が心配しているであろうことをしたところで、俺に何のメリットがある」
サクから返ってくる声は、至って無関心そのものといえる声だった。
「えっ?」
「…そもそも、今そんなことを暴露したところで誰も信じてくれるわけもないし、結果的に労力と時間の無駄になるだけだ。それに今は、信用できる人をふるいにかけておきたい。何の考えもなしに人を殺すような真似をするほど、俺は馬鹿じゃない」
意外に、あるいは想定内と言ってもいい、合理的な答えだった。
「あの、ありがとう…?」
「なんでお礼を言われるのか意味がわからないが…。まあ、どういたしましてと返すのが筋なのか?」
別になんとも思っていないように返された。
「ところで、浄めの儀式とやらは終わったのか?俺もそろそろ、浄めておきたい」
サクがそう言ってきたので、ボクは急いでカーテンを開け、外に出た。サクは相変わらず、表情が読めない顔でぼうっと空中を眺めていた。
「サク?行かないの?」
「…ああ、今行く」
サクは清めの儀式なんかせず、むしりとるかのような乱暴な仕草でカーテンを開けての内側に入って、また入る時と同じような動作でカーテンをしめた。
「…」
静かな息遣いが聞こえたかと思うと、唐突に何かが砕け散る音が聞こえた。静か過ぎて部屋の外には聞こえていないだろうけど、確かに何かが砕け散る音が聞こえた。
「ちょっとサク!?」
「…何だ?」
「いや、今すごく嫌な音が聞こえた気がするんだけど……?」
サクは無表情にカーテンの内側から出てきた。サクの開けたカーテンの向こう側にはめられている鏡が粉々に砕け散っていた。
「???」
ボクは何も言えなかった。いや待って。鏡が粉々?
「何しているの?」
「鏡を壊しただけだが」
なんでもないことのように、余裕で器物損壊罪に当たるようなことを口にした。
「それ怒られない?」
「怒られない。別に悪いことなんてしてないからな。プライバシーを侵害しようとする奴らの方が悪い」
サクがわけのわからないことを言いながら、鏡の破片を黒いスニーカーでジャリジャリ踏みながらこっちに歩いてきた。カーテンは閉めているので、ぱっと見何があったのかはわからない。
幸い音は漏れていないので、さっきみたいに騎士さんが飛んでくることはなかった。
そこから居心地の悪い三十分が過ぎた。ボクから話を出すこともできなかったし、また、サクはリボルバーとベレッタのメンテナンスを始めてしまって話をすることができなくなった。
つまるところ、男二人が部屋の中で気まずい状況になっているということだ。…そう、男二人。ここが重要だ。だから、騎士さんがやってきた時は気まずさから解放されるという感動から、思わず立ち上がってしまった。
「…国王陛下がお呼びです。私が先導いたしますので、こちらにいらしてください」
騎士さんはそう言って、部屋からゆっくりと歩み出た。ボクとサクも、騎士さんについて歩き始めた。城の赤い絨毯はふかふかとしていて、ボクの履いているブーツなどではほとんど足音が立たなかった。サクは元から足音があまり立たないので、完全に足音が消えていた。ただ何を話すでもなく、ボクたちは黙って騎士さんの後をついていく。…なんの声もしないのも気まずかったので、ボクは少しサクに話しかけてみることにした。
「ねえ、サク」
「…なんだ?」
「サクは小説って好き?」
サクは少し俯いてから答えた。
「俺自身はそんなに。ただ、助手が好きだったから、よく読ませてもらっていた」
「どんな人だったの?」
「…最高の相棒だった」
サクがそれっきり沈黙したのでボクが彼の方を見ると、サクの表情は若干憂いを帯びたものになっていた。
ついにリンネ君が自分の容姿に気がつきました(笑)
さて、ここからどう話を展開していくかが腕の見せ所…!






