第5話 不気味な科学者
この王国の城は西洋寄りの城で、詳しい人には、バロック時代の絵画『ベントハイム城』に近い形をした城の周りに円形の塔を六つ等間隔に配置した様子を想像してもらえればわかりやすいだろう。白いレンガでできた外壁にどこまでも積み上がっているのではないかと言うほど高い塔があり、その天井を作るのは黒い煉瓦の屋根だ。そして全ての塔の頂上の階には、見張の兵士がちゃんといる。時折煉瓦の壁に開いている窓から、メイドや執事と思しき人間が忙しそうに歩き回る様子がチラチラと伺えた。巨大で、荘厳で、威圧感があって…。そんな異世界の城に、ボクは圧倒されていた。キーラが目をキラキラさせながら、サクに声をかける。
「ねえねえ、このお城、本当にすごいわね!」
だが、サクの口は皮肉な笑顔を浮かべた。いい感じに長い前髪が目に影を作り、それが絶妙なウザさを醸し出している。
「…ああ。見る分にはいい。だが要塞としては問題だらけだ。例えば、城壁の狭間が少なすぎる。これでは大軍で攻められた時弓や銃が間に合わない。あの無駄にでかい塔の存在も謎だ。あそこまで高くしながら、弓を打てるようなスペースも見当たらない。見張るだけならもう少し低くするべきだ。そして城壁自体も薄すぎる。対して、城の扉を強固に作りすぎたせいでバランスが悪くなっているな。…結論、設計士の頭が悪いとしか思えない」
かなり辛口のサクだけど、言っていることはすべて納得できるものだった。西洋の城の狭間は細い線のような、例えるなら切れ込みに近い形のものなんだけど、その切れ込みのような狭間が城の規模に対して少ない。こちらから見える限りでも、幅が100メートルはありそうな城に対して5個ほどしかないのだ。これは絶対におかしい。15メートルはありそうな塔だって、まあ中から動き回れそうなスペースは地上から見る限りは見当たらない。こちらも謎だ。
「じゃあなんでそんな意味のない設計をしたんだろう?」
「…世界に共通する城の役割を知っているか?」
それなら知っている。前世で、姉さんからそんな事を聞かされたことがあった。
「居住する場所としての役目、国の防衛の要塞としての役目、そして権力の象徴…だよね」
「…ああ。まさしく最後のが理由だろう」
「じゃ、じゃあ、単純に自分達の力をひけらかしたいだけってこと?」
随分感じの悪い言い方になってしまっているが、サクはキーラの言葉に大きく頷いた。
「おそらくはな。…意味の無い塔を売っぱらって国民の家をもう少し強固にしてやれと、俺は切に思う」
「へえ…」
「…なんだ、その目は?」
サクに眉を顰められたので、ボクは慌てて顔の前で手を振った。
「いや、意外だなあと。この国が嫌いなのに、この国の人のことを思いやるなんて」
「…上層部の人間が悪いからと言って、その国家に付き従わなければならない奴らが全て豚箱行き確定のクズ野郎どもと言うわけではないからな。血の涙を流しながら生活している国民だっているかもしれないのに、一概に割り切るわけにはいかん」
「私立探偵だったから、その辺りもちゃんと考えて行動しなきゃいけなかったんだね」
「…『私立探偵だった』?まだ終わっちゃいない」
サクの声が、一種の迫力を帯びた。その雰囲気に気圧されそうになって…その瞬間、野太い騎士の声が大気を震わした。
「待たせてしまって申し訳ない!」
騎士の声を聞いて、並んで立っていたサクはボクの方に軽く首を傾けた。
「……時間のようだな」
重い音を立てて、装飾の施された鋼鉄の扉がすごい勢いで開き始めた。鎖などを使ったカラクリ仕掛けで、鋼鉄の板が180度回るように動いている。観音開きの門のような扉は髪が持ち上がる程度の風を起こして開ききった。衝撃のあまり、転生者たちは全員言葉を失っている。
衝撃もひとしおの中、城の前にてボクたちは転生者であることを再度確認されて通された。扉が開いた先にはクリスタルのランプが燦然と輝いてあたりを照らし、白と金色のうっすら輝く壁がどこまでも続く豪華絢爛な城内の姿があった。
「ようこそ、転生勇者の皆様」
煌びやかな装飾が施された城に入った瞬間、騎士たちはみんな、ボクたちに恭しく頭を下げた。…なんでだろう、サクが微妙にだけど眉を寄せている。
「…サク?」
質問しようとしてボクは、ボクを見るサクの目つきが明らかに悪いものに変わっていることに気がついた。
「…どうした?」
その声には、明確に不機嫌な空気が混じっている。
「いや、やっぱりなんでもない」
「ふーん…」
サクは上の空になった。周りには、転生勇者たちがぞろぞろと歩いている。全員、どこの国からきたのかもわからない。年齢はもちろん、目や髪の色も全然違う。サクみたいに紅い目になる人もいるし、ボクみたいにあの男に体を再構築されることもあるみたいだから、その辺りは前世と同じ見た目だったかどうかいまいち自信がないけど。ただ共通しているのは、前世が同じ世界だったと言うことだけだろう。目移りしてしまう。装備は転生の直前に着用していたものを少しアレンジしたものになるらしく、その人の個性が表れていた。明るくスキップするように歩くもの、どんよりとした感じで歩くもの、ピシッと背筋を伸ばし、眼鏡を光らせながら歩くもの。見ているだけで楽しかったが、隣のサクはそんなもの目にも入らないと言った感じだった。
「…ねえサク、サクはこんなに人がいるのに興味ないの?」
「ない。人が大勢いたところで、鬱陶しいだけだ」
サクは興味なさそうに肩を竦める。
「えー、もったいないわよ!もっとエンジョイしないと!」
「…うるさい、人がこちらを見る」
キーラに対して塩対応をするのを見て、ボクは聞いてみた。
「うーん、じゃあどう言う人なら興味ある?」
面白い人、いっぱいいるし。ひとりぐらいいるだろう。
「…俺と同等レベルに頭がいいやつ」
さらっと、かなりハードな条件をいうサク。
「サクと同等レベルに頭いい人なんてそうそういるかな?」
「…」
サクからの返事が返ってこないのでボクがサクの方を見ると、サクは一人の女の子を凝視していた。短いアイスシルバーの髪に、綺麗な空色のつり目、白衣は身につけるものが低身長であるにもかかわらず大きいサイズと見えて、否応なしに手が少し隠れてしまっていた。つぐんだ口はわずかに笑みをたたえていて、何を考えているかわからない不気味な印象を与える。ここまで目立ちまくり、人から不気味がられそうな要素を持ち合わせていながらも不思議と、嫌な感じはしない子だ。
「…あの子?」
「…ああ。あいつだ」
140センチメートルほどの身長の彼女は、音もなくボクたちに近づいてきた。足捌きはまるで猫のようで、全く足音がしない。
「あの、どうしたの?」
少し幼く聞こえるウィスパーボイスがボクたちに向けられた。…うん、安らぐな。声質はすごくボク好みだ。…って、話しかけられてるのか。何か返さないと…
「き、君、かわいいね!」
「おい」
サクが呆れ顔でボクにビシッとツッコむ。…まずい、焦りすぎてやばい答えを返してしまった。言ってしまってからものすごく後悔した。これじゃただのナンパだ。
「……」
そして肝心の女の子は黙り込んだ。…まあ、やっぱりそうなるよね。ボクは大慌てで謝った。
「ご、ごめんね?いきなりこんなこと言う奴、びっくりするよね…」
「い、いや、大丈夫だよ。褒めてくれてありがとう。あなたたち、名前は?」
女の子は優しく、ゆっくり話していた。…そして終始、周りの目線を集め続けていた。まあ、白衣を着ている時点で十分注目を集めるだろう。ましてやこんな小さい女の子、転生者を見回してもいない。…で、気づいたことがある。転生者ってことは、前世で死んでいる人間ということだ。まさかこの子、見た目通りだと中学3年ぐらいで死んだってことか…?ボクは浮かんだ疑念を悟られないために、フランクな喋り方で言った。
「ボクはリンネだよ」
女の子が一人何度か頷いた。
「ああ、あなたが噂の…」
「う、噂?」
「うん。超絶美少女だって言って、ファンクラブができてたよ」
「はあっ!?」
転生して、キーラを助けて、ここに来るまでに二時間もかからなかっただろ!なんでその短時間でファンクラブができるんだよ!?
「誰かが撮影して、拡散したみたい」
女の子が困り顔でディバインパネルを指す。
「…いや、見るの怖いからやめとく」
「…なかなかの写りだな」
サクが自分の黒いディバインパネルを操作し、画像検索をかけたようだった。感じ入るかのようにつぶやいている。
「ちょっとサク、しみじみと見ないでよ!」
「それにしても、これってすごいことじゃない!超絶美人って検索にかけるだけですぐに出てくるわよ!」
キーラが目を輝かせ、大声で言う。
…〈ヒロイン〉は、相当に厄介な代物な気がしてきた。もしかして、常時発動スキルだから常にヒロインとしての魅力が周りにふりまかれてるってことか?そうだとすると、迂闊に顔を見せるのはまずいのでは…?
ボクが思考する横で、女の子は白衣の内側からまな板ほどの大きさの何かを取り出してパカッと開いた。…これ、板じゃない。ノートパソコンだ。女の子は何かをパチパチ、キーボードで打ち込んでいる。
画面の雰囲気からして、多分アクセス履歴を解析しているんだろう。
「情報件数は一万件越え、うち、実際にリンネの姿を見たことがあるのはわずか十数名。時間感覚的に、リンネの個人名を特定したのは有名な山賊みたい…」
あのキーラに腕を食われかけたやつか。余計なことを…
女の子は優しい声でありながらも、パソコンで解析したらしい情報を冷静沈着に情報を並べていく。
「そのパソコン、どこで手に入れたの?」
「…探してもこの世界にないから作った」
常人には考えられないような答えが返ってきた。
「ファッ!?」
キーラが変な悲鳴をあげる。ないから作るって発想から既にぶっ飛んでいるが、それがちゃんと機能していると言うのも驚きである。
「…君は一体何者なんだ?」
ボクは素朴な疑問を彼女にぶつけた。
「私はフェード。科学者だよ」
しれっと、とんでもないことを言ってくる。
「…えっと、何かの冗談だよね?確かには科学者っぽい服装だけど…」
「…9族4周期の……」
キーラがフェードに言った瞬間、サクが唐突に暗号のようなことを言った。最後まで言わないうちに、フェードは口を開いた。
「Cb」
「早押しクイズか!」
思わずツッコミを入れつつ、ボクは驚いてしまった。周期表なんて、いちいち覚えようなんて思わない。つまり、彼女は覚えていて当然の立場の人間と言うことになる。あるいは、進んで情報を手に入れようとしているか。…いずれにしても、彼女が非凡であることは間違いなさそうだ。
「…科学者なら基礎知識だよ」
にこりと微笑むフェード。
「…では、人を即死させることのできる部位が集まっている線の名称はなんだ?」
「正中線」
またしてもフェードは即答した。
その後、サクから出される『フェルマーの最終定理』『ドップラー効果』『ホモロビッチ不連続面』『カレン素数』『ゴールドバッハの予想』『ビッグバン理論』『多元宇宙論』『サイクリック宇宙論』『フロベニウスの定理』『ノートンの定理』『スターリングの公式』など、理解のないボクからしたらもはや謎めいた呪文にしか聞こえない単語の数々に対し、フェードはサクの反応を見るに正解らしい回答を返していた。とりあえず、結論としてフェードの知識量、ことに理数の理解が異常に深い事はわかった。でも、それ以外のことはダメっぽい。例えばサクが文学史や歴史についての質問をしたらしい時は固まってじっと考え込んでからギブアップしていた。いったんよく考えてから解答するあたりも、科学者っぽかった。
「…なるほど、お前の前世が何かなんとなくわかった気がする」
「…そう」
彼女の声が、少し曇った。触れられたくない話題だったのだろうか。
「まあ、深く言うつもりはない。…世論は鬱陶しいよな」
「…わかるの?」
フェードが少し期待する感じでサクを見た。
「ああ。ちょっとやそっとのことですぐ騒ぐ。論理的に考えればすぐ答えが見えるものを、超人みたいに持ち上げて言うからな。で、また人が集まる。鬱陶しいったらない」
サクが溜息まじりにそんなことを言っていた。えーっと、ボクは鬱陶しい人には入りたくないし、ここは聞かないでおくほうがいい……かな?
サクは、軽くボクたちの方を振り返った。
「例えば、リンネやキーラみたいな感じで」
残念、もうとっくにカウントされてました。
「サク、ひどいよお!」
「これは事実だ。嫌なら今からでも正すことだな」
抗議するキーラを斜め上から見下ろしながらサクは言い返し、フェードを見た。
「…また、どこかで会えるといいな」
「…うん。またね」
フェードは、ボクたちから少し離れた方に歩いて行った。ここからでもチラチラとその姿が確認できる。サクは声を顰めて、ボクに言った。
「…前世の彼女とは、俺は会ったことがある」
「そうなの?…それにしては、フェードの方は再会を喜ぶような雰囲気はなかったけど」
「彼女は前世でも科学者をやっていたし、俺も仕事の一環で何回か彼女の研究に協力した事があった。…俺のことを覚えていないのは致し方ない。彼女は常に忙しかったし、生活が世間に散々影響されていたからな…」
「もしかしてサクがフェードに共感してたのも…」
キーラが、ハッとした表情になる。
「ああ。探偵の仕事でパターンは異なるが同じような扱いを受けているからな。気持ちがわからないわけではない、という話だ。…と、俺が話せるのはここまでだ。フェードに関する話題は、少し明るいものに切り替えよう。彼女については知りたいか?」
「うん。サクが興味を持つような人なら、どんな人か知りたい!」
キーラが大きく頷いた。ボクにとって、明るい話題というのはありがたかった。いきなり世間だの重い話題を持ち出されて反応に困っていたところだ。女の子が好む、可愛い動物の話とかならボクもある程度の興味は…
「研究施設に行くついでに、解剖室が使わせてもらえるのはありがたかったな」
「「か、解剖室!?」」
ボクやキーラとは縁が全くないであろう単語がサクの口から飛び出した。見事にボクとキーラの声がハモる。というか、これのどこが明るい話題なんだ。全体の印象が薄暗すぎる。だが、サクの目は好奇心にキラキラ光る少年のものだった。
「ああ。動物の体を慎重に切り開いて臓器の細胞を取り出すんだ。臓器を取り出す拍子に内容物が出ないように慎重に持ち上げる必要があって…」
「ストップ!もういい!」
「うっぷ…」
一般人のボクたちには話の内容がグロすぎる!キーラは真っ青になりながら口を抑えていた。どうやらサクとボクたちの間には、絶望的なまでの感性の違いがあるようだ。ボクはその会話をする中で、ふと考えついたことをサクに質問した。
「フェードって、どんな頭をしてるんだろう?」
「…俺も流石に、彼女を解剖したことはないからな…」
「物理的な話じゃなくて!どう言う思考回路をしているんだろうなあと…」
頭がいいんだか悪いんだか…いや、間違いなくいいんだろうが…。
「年齢を低く見積もっているかもしれないから念のために言っておくが、彼女は16歳だ」
16歳!?ボクと同い年じゃないか!
「えっ、え?どういうこと?」
「…わからん」
サクは一言そう言った。
「少なくとも生前、彼女は見た目だけは平均的な16歳だった。なぜこんな姿になってしまったかはわからん」
ボクはフェードの背を見て、彼女が抱えているものについて考えた。
…そして、気がついた。彼女の白衣の袖あたりには、少量の血がついていた。
「………」
フェードは、こちらをゆっくりと振り向いた。間違いなく、ボクと目を合わせて。
…にこり
まるで、気がついた?とでも言わんばかりの、人形のような恐ろしい笑顔だった。背筋が凍る思いだった。
「ね、ねえ、サク…」
「そろそろ行くぞ。人が動き始めた」
不安に駆られてボクが話そうとしたのを遮るようにサクはそう言い、背の低いフェードの姿は人混みの中に消えた。
キャラクターっていうのは基本、作者より賢くなることはできないんですよねえ…サク君は探偵だしフェードちゃんは科学者だし、よく考えたら頭いい人だらけになってるなあ。この先大丈夫かな…(笑)






