第3話 渡る世間は鬼だらけ?
さて、無事に女の子の救出に成功したボクは街に戻ってくると、いよいよどうしたものか途方に暮れた。人々が行き交う喧騒の中で、ポツリと一人だけ取り残されたかのような寂しさに見舞われていた時、一人の男がこちらに声をかけてきた。
「…あんた、転生勇者だよな?」
「あ、はい。そうです」
「城に行った方がいいぞ。ここの王様が転生勇者を集めたがっているからな」
「城に行く方法は…」
彼は顎をしゃくった。その先には、路上に店を展開しているかなり胡散臭い見た目をした男がいた。…いや、店と言っていいのだろうか、あれは。泥だらけのむしろを敷いた上に簡素な板を組み合わせて作った机を置き、金属の棒と思われるもので作られた支柱が4本立てられて上にはボロボロの布が屋根がわりに貼られている。さながらテントのようだ。
「あいつに聞くといい。城に向かったやつはみんな、あいつのアドバイスを受けて城に向かっていったからな」
話を聞くに、男はいわゆる情報屋なのだろう。攻略に役立つ情報を冒険者に売り、冒険者が持ってくるモンスターなどの情報を買うサポートのポジション。ファンタジーにはつきものの存在だ。そんな奴もいるなんて超本格的なファンタジーの世界だ。
「ありがとうございます」
ボクはお礼を言って、見るからに胡散臭い雰囲気の店を開いている男の方に向かった。近づけば近づくほど、その店の異様さがビンビン伝わってきた。店には瀬戸物のような何かが溢れんばかりに置かれており、それらからは謎の煙が立ち上がっている。さまざまな色合の紙や長短さまざまなダーツの矢、人の顔写真らしきもの、メモ書きのような何かが店の筵の上に散乱している。…ぶっちゃけ、めちゃくちゃ怪しい。
「…でも、そこがいい」
怪しさマックスの雰囲気に少しワクワクしながら、ボクは男に話しかけた。
「あの、この辺に城ってありませんか?」
「城?その情報が欲しければ、5000ジャムぐらい払ってもらうぞ」
「えっ…?」
で、ボクは前世の服を復元したらしいパーカーのポケットに手を突っ込んだけど、女の子を助けた時に空であることは確認した。
というかよく見るとこの服、この世界に合わせて、プレートのパーツが追加されてたりケープみたいな布がついてたりちょっとアレンジされている。あの男、変なところで芸が細かい。
「金がないなら、働いて払ってもらうかだな。5000ジャムぐらいなら、俺のところで一時間も働いてくれれば儲けが出るぐらいだぞ」
儲けか…一文無しのボクからすれば、それは魅力的な響きだ。でも、こんなに胡散臭い人について行って果たして大丈夫なのだろうか?ボクが悩んでいると、黒い何かが自分の右に立った。
「……お前、まさかこいつと関わりを持とうとしているのか?やめた方がいいぞ」
びっくりして、ボクはその人を凝視した。靴も黒、着ているパーカーも黒、スニーカーも、靴下も、ジーンズも黒、目にかかるほど長い髪も黒。黒ずくめという言葉がふさわしい子だ。ただ、油断なく光る目は宝石のように紅いものだった。太ももには2個のホルスターが取り付けられていて、片方にはベレッタが、もう片方にはリボルバーが収納されている。…ぱっと見で銃の種類が分かるのは、年相応の男子らしくモデルガンの収集も行っていたからだ。歳はボクとそう変わらないのではないだろうか。黒ずくめは、切長の目をさらに細めている。…あれ、この黒ずくめ、女の子が攫われたことをボクに教えてくれた真っ白な男の子と瓜生ふたつだ。カラーが全部反転色だけど。男が不機嫌そうに黒ずくめを見る。
「坊ちゃん、こっちは商売してるんだ。邪魔するなら訴えるよ」
「…ああ、結構だ。お前が脳天に飛んでくる弾丸を恐れないならな」
黒ずくめはそう言って、太腿のホルスターからリボルバーを抜いた。見たこともないような早業だ。ここから見受けるに、相当な銃の腕前の持ち主なのだろう。彼の手慣れた雰囲気に情報屋も流石に危険を悟ったのか、すぐに舌打ちをした。
「…チッ、わかったよ好きにしな」
「…と言うことだ。行こう」
そう言って、黒ずくめはリボルバーをホルスターに戻し、ボクの手を引いて歩き始めた。その間も、情報屋がぶつぶつと覚えてろ、とか営業妨害、とか呟いていたが、黒ずくめがホルスターに手を伸ばすとすぐにその声は止んだ。ある程度進んでから、黒ずくめは言った。
「…彼、この辺だと有名な詐欺師だから」
「えっ、そうだったの!?すごくいい人そうに見えたけど」
…中学校3年間の引きこもりがたたって、全然気づけなかった。
「…第一印象こそが騙しやすさを左右するからな。人の言葉には気をつけたほうがいい。…それじゃ、騙されないよう気をつけて」
黒い子は迷いない足取りで進んでいくので、ボクは声をかけた。
「あ、あの!」
「…何だ」
静かな声が返ってきた。
「あの、どこ行けばいいのかな?」
「…城に行けばいいのではないか?もし今から行くなら俺もその予定だし、案内するが」
「ありがとう。君、名前は?ボクはリンネって言うんだけど」
黒ずくめは素っ気ない声でそう言った。
「…サク」
「やっぱり、君も転生してきたの?」
「ああ」
サクは至って冷静だった。さっきの剣士が異常すぎただけだよね、うん。
「……それにしても、一人称がボクなんて、ボーイッシュで珍しいな」
サクは少ししてから珍しいものを見るような目でボクを見ながら言った。
「そ、そうかな?君、もしかして関西育ち?」
「………いや、生まれは秋田だが育ちはニューヨークだ」
ニューヨーク!?田舎者からしたら雲よりも高い存在と思われた都市の名前を、サクはサラッと口にした。
「へえ…お仕事でもしてたの?」
「ああ。あそこは物流が盛んだし、事務所もそっちにあった」
事務所………何の話だろう?っと、話がそれてる。
「一人称の話に戻すけど、君の一人称も俺だよね?」
「……まあそうだが、俺は別におかしいことはないと思うが…?前世はそういう概念が消されつつある時代だったがな」
本当にさっきからなんなんだ?ボクは男だ。見てわからないんだろうか?まあ、それはともかくとして。
「しかし、久々にいろいろな話ができた気がするな。優しい人がいて助かったよ。本当に、『渡る世間に鬼はない』ってやつだね」
「………果たして、本当にそうだろうか?」
ポツリと、サクはそう言った。たったその一言。でも、めちゃくちゃ腹の底に響く威圧的な声。いつの間にか、人気が少ない場所に来ていた。…明らかに、城がありそうな雰囲気ではない。
…ぞわっと、鳥肌が立った。
「…どういうこと?」
ボクは少し、警戒の体勢に入った。
「…俺は、その逆だと思っている。『渡る世間は鬼だらけ』だ。世の中、あんたみたいに簡単に人の言葉を信用する人は、格好のカモにされるんだよ。例えば……」
サクはそう言いながら、太腿のホルスターからベレッタを抜いた。さっきと変わらず、目にも止まらぬ速度だ。
「…俺みたいなクズ野郎のな」
迫力のある笑顔で、サクはそう言った。黒い髪越しに見える目は瞳孔が開ききり、彼の宝石のような紅い目さえ狂気を感じさせた。
「ひっ…」
ボクは真っ青になった。ベレッタの銃口はしっかりとボクの額に向けられている。銃の構造に対して明るいわけじゃないが、指示に従わなければ即座にトリガーが引かれることだろう。
「…金になるもの、全部置いていけ」
サクは冷たい声でそう言いながら、目を細めた。逆らえば命はない。そんな雰囲気を察して、ボクはポケットを確認した。しかし、先ほども確認した通りその中には何も入っていない。ボクは仕方なく、自分の着ている服に手をかけた。ゆっくりと引き上げると、腹に異世界の風が当たって肌寒かった。
「…おい、何をしている!?」
なぜか、諸原因のサクが大慌てした。その顔は彼の目と同じぐらい真っ赤に染まっている。手で顔を覆い隠してそっぽを向き、こちらを見ないようにした。
「え…?」
驚いたのはボクの方だ。へそあたりまで服を引き上げたまま固まってしまった。男同士だし、そんな反応をする必要もないと思うんだけど……。まあ確かに、こんなただっ広い場所で服を脱ぎ始めたら変態だ。サクもきっとそっちに気づいたんだろう。ボクが服から手を離すと、その音を聞いたのかサクはゆっくりとこちらに目を戻した。未だに顔は少し赤い。
「少しは人の言うことを疑ったらどうだ…。とにかく、俺は追い剥ぎじゃない」
「じゃあなんでこんなことを?」
「…あまりに警戒心が足りなかったものだから警告のつもりで明らかにわかるような脅しをしてみたが……まさかこれさえ疑われないとは思わなかった。あんたの額に標準を合わせてたベレッタはセーフティーの解除をしていなかったし、リボルバーは全弾シリンダーから抜かれているし、マヌケすぎて流石に気づくと思ったんだが…」
警告するにしてもやり方ってものがあるだろ!ボクが大慌てで脱ぎ始めたらどうするつもりだったんだろうか。…いや、伝えてくれただけ彼はいい人だ。性欲任せに人の裸を見ようとするやつじゃない。
「…まあ、あまり度が過ぎるとディバインパネルで撮影して、ネットワークに晒そうかとも考えた」
「やり方が陰湿すぎるよ!」
なるほど、やっぱり渡る世間は鬼だらけのようだ。ボクはガクリと項垂れるのであった。
やり始めたばっかりで更新頻度まだ安定しないと思います(汗)
安定するまでしばらくガタガタですがお付き合いよろしくお願いします。