融けゆく氷
突然、リノの席のレーダーシステムが反応を示すと、シルクロードの後方を何かが猛スピードで横切っていった。轟々と輝く炎を噴出しており、広い宇宙空間でも視認は容易だった。
《後部見張室より船橋、船舶らしきものが高速で通過》
見張員からの報告が上がる。シルキーも船体各部のカメラで物体の通過を確認しており、画像認識を行って物体の正体を捉えた。
「船体正面部に大型のドリルと液体用吸引ノズルを搭載していますわね。全長約150m、単独行動型の採掘作業船と考えられますわ」
それを聞いたリノがレーダーの画面を見つつ、怪訝そうな顔をする。
「識別信号が出ていない。もしあれが作業船なら、その状態で惑星の衛星軌道上を猛スピードで航行する理由が無いはず」
報告を聞いて保尊は判断に悩んだ。不審船の可能性も考えたが、ひとまずは制御を失って暴走していると仮定することにした。
「追跡せよ。制御を失っているとしたら冥王星に墜落する危険性もある。……不審船でないことを祈るが」
「了解、追跡を開始します」
瀧尾の操舵で船体が旋回し、速力を上げて追跡を開始する。
「管制士は救難用装備と、停船指示用装備の準備を」
「了解」
天野が端末を操作し、船内に搭載された救助艇に発進準備の指示が出る。また停船指示を行うため、無線通信の周波数を合わせた。
テラフォーミングを受けて地球とほぼ同じ環境になった冥王星には、大気圏が存在した。当然、物体が高速で突入すれば燃え尽きてしまう。作業船に追いつくために瀧尾は全速力を出させていたが、それでも気が気ではなかった。
「仮に暴走状態にあるのなら、このままでは冥王星の大気圏に突入することになる。俺は操舵に集中するから、シルキーはサブエンジンの管制を頼む」
「それなら、全速力でいきますわよ!総員、衝撃に備えてくださいませ!」
船体後部、メインエンジンのノズルを挟むように配置された2基のサブエンジンのノズルに火が付く。既に巡視船としてはかなりの高速を発揮していたが、サブエンジンの点火により軍の高速艇とでも言うべき速度に達していた。始めて体験する速度を前に、天野は席にしがみ付いた。
「さ、流石に高性能と自負するだけある……!」
「当然!同型船の居ない唯一無二の巡視船ですもの!」
そして作業船まであと5000メートルを切ったその瞬間だった。
「作業船、急激に減速していきます!」
リノの報告を聞き、瀧尾は急減速をかけた。船首のスラスターが噴射され船の速度が落ちていく。
「暴走状態ではなさそうだな……管制士、停船指示を」
保尊の指示で、天野は電光掲示板と無線による呼びかけを行った。ところがしばらく経っても応答は無く、それどころか作業船は冥王星の地表へ降下を始めた。
「降下予測地点はスプートニク平原の南部、テンジング山脈の付近の模様」
リノの報告を聞いて、天野が作業船の目的に気付いた。
「テンジング山脈には高級な氷の砕氷所があったはず。作業船には液体資源を吸引するためのノズルが付いていましたから、恐らくそれを盗みにきたのかもしれません」
「管制士の言う通りかもしれん。停船指示も無視していることだ、停船のためトラクタービームの使用を許可する」
保尊が船長席の端末を操作すると、管制士席に照準用の装置が展開された。天野はそれを握り、訓練学校で学んだ通りに操作を行う。
「トラクタービーム照射用意。目標、正面の不審船。人工知能による照準補助を適用」
トラクタービームの到達地点を細かく指定するためには、人工知能による照準補助が必要だ。シルキーが照準補助機能を作動させると、義体の赤い瞳が光った。
「照準補助開始。トラクタービームの照射数2、目標、不審船の船尾両側」
照準補助を受け、天野のスコープに「照射準備完了」の表示が出た。
「照射!」
天野の号令と共に、シルクロードの船首両側から2本のトラクタービームが照射された。ビームはまっすぐ展開され、先端は不審船の船尾両側に正確に到達した。レーダーの画面では不審船が完全に停止したという表示が出ていた。
「トラクタービーム到達、不審船の停船を確認しました」
「臨検を行う。搭載艇は発進準備を」
天野はというと、初めての航海で不審船への対処を行うとは思っていなかったこともあり、緊張が解けてへたり込んでいた。そんな天野を見てシルキーがねぎらいの言葉をかけた。
「トラクタービームを使うことはそう多くはありませんけど、初めての使用でここまで上手く扱えたのは貴方が初めてでしてよ。頑張りましたわね」
「ありがとう……」
「まぁ、私の照準補助が上手く働いたのもあるでしょうが。私は高性能ですから!」
緊張した状況でも相変わらずのシルキーを見て、天野はどこか安心感を覚えた。
結局、不審船の目的は砕氷所の氷を削って盗み出すことだった。乗組員は逮捕となり、船舶は調査対象として警備隊の月面基地にある交通調査部に送られることとなった。
そして5日間の航海から帰ってきたシルクロードは、冥王星基地の第8岸壁に接岸した。
「シルキー、居る?」
乗組員は自由時間で大半が上陸していたが、天野は船橋に訪れていた。
「ここに居りますわ」
シルキーは船橋の中心部にパイプ椅子を置き、首にケーブルをつないだ状態で座っていた。
「お嬢様には似合わないかもしれないけど」
天野が取り出したのは、基地内の自販機で買ったらしい2本の缶ジュースだった。シルキーは微笑むと、片方を手に取った。
「冥王星の氷って『冥王の星の氷』って売り込みで他の国では高級ブランドになってるんだってね。自分もそんな氷でお酒を楽しむような、魅力のある人間になりたいな」
「そういうことなら、貴方にはラム酒がいいかもしれませんわね」
「どうして?」
「昔から船乗りといえばラム酒、ですから。数日前の不審船の対処は上出来でしたし、もうこれで貴方も一人前の船乗りですわ」
「あはは、なんだか照れるなぁ」
それから二人はとりとめのない会話をしつつ、自由時間を過ごした。