君は転生トラックを見たくないかい?
第8岸壁に停泊しているシルクロードでは、各部の点検が行われている。コデ・マイシツクの猛攻をどうにか逃れたとはいえ、シュネーカ砲から放たれる高エネルギー流の余波を受けて損傷している箇所も多かった。
「全く、空警は一体何を考えてるんだ」
自分の席の端末を弄る瀧尾は苛立ちを隠せない。
「今入ってきた報道だと、『レーダーが故障していて目視しか観測手段が無く、巡視船をデブリと誤認した』という主張をしているそうですわね」
シルキーはメインコンピューターをオンラインにして、インターネットに散らばる報道や有識者の見解などを収集している。
「サンター帝国の情報統制の状態からして、本当にレーダーが故障してたのかは裏付けが取れそうにないね。火器管制レーダーも照射してこなかったから、こっちからは何も言えないか」
リノは自分の席の端末を操作すると、端末の画面に情報のログを出した。天野とシルキーが近寄って画面を覗き込む。
「火器管制レーダーを使ってなかったから命中精度とかが落ちてたのか。言われてみれば砲塔もやけに左右に動いてたし、手動照準だったのかな」
「いえ、もともとシュネーカ砲は外国の兵器メーカーが輸出用に開発した武器システムで、シュネーカ砲本体と火器管制系統の連携は強固で手動照準には対応していませんし、連携を勝手に外したりすることはメーカーの規約で禁止されていますの。とはいえ、サンター帝国ならそういった勝手な改造は加えていることは十分ありえますけども」
横の二人の会話を聞いていたリノだったが、突然ポケットに入れていた携帯端末が賑やかな音を鳴らした。通話の通知だったらしいが、仕事中ということで着信拒否の操作をした。
「今の曲って『最良奇計タクティス』のオープニング曲ですか?」
天野が聞くとリノはすっくと立ちあがり、天野の手を掴んだ。
「天野君もタクティス好き?凄いよねあのアニメ。世界史上の色んな戦略家をドキュメンタリー形式で描いてるのがいいよね。どの媒体で見たの?」
「えぇと、確かテレビ放送でやってたのを見たんです。ただ本気で見てたわけじゃないんで数話だけしか。オープニング曲がなんか他のアニメと雰囲気が違ったんで印象に残ってたんです」
天野が急に早口でまくし立てるリノに驚きながら返答すると、リノは席に座り込んだ。
「ごめん、急に熱く語っちゃった。悪い癖だね」
急に落ち込むリノ。一部始終を見ていた瀧尾が説明した。
「リノはアニメとか漫画に詳しいんだが、急に熱く語り始める癖があるんだ。何かの拍子にその熱が冷めるとこうやって反省モードに入る。アニメや漫画が好きなんて今時珍しくもないが、リノの場合は知識量がやたら多いからな」
「両親が多忙だったからテレビ放送でアニメを沢山見てたらこうなっちゃったんだよね……次こそは気を付けよう」
突っ伏しながらリノがぼやいた。
点検の結果、航行に支障を来すような損傷はなかったが、電光掲示板の一部が溶解していたり、陽電子機関砲の砲身に歪みが見られたことなどからシルクロードはドックでの修理の必要があると認められた。
「とはいえ、月まで修理に行く必要があるとは」
「コデ・マイシツクとの件で上が色々聞きたがっているらしい。それにこの間のシルキーのことで交通調査部のほうで進展があって呼ばれたとか」
船橋で瀧尾とルークが話している中、リノがなにやら落ち着かない様子だったので、天野が話しかけた。
「何か嬉しいことでもあったんですか?」
「月までの行程で寄港する場所が幾つかあるでしょ?その中に『図書館彗星』があったんだよ」
「食料補給のために寄港する予定の、連邦の中でも日本列島地区が主導して建造したコロニーでしたっけ」
「そう。コロニーの図書館には連邦発足直前の時代に『文化のへそくり口座』と呼ばれた日本の本も沢山あって、しかも通話で友達が教えてくれた面白そうな企画展も開催中!ちょうど寄港した時に非番だから見に行けるんだ!」
「この前の電話はそういうことだったんですね」
リノは高まる期待に興奮を抑えきれない様子だった。
「ふむふむ……」
企画展は、大昔に小説などを中心に流行した「転生モノ」を扱ったものだった。
「おぉ、この作品もちゃんと取り上げてくれるとは」
そして展示物の中でもひときわ目を引くのは、柵で囲まれた台座の上に鎮座するトラックだ。
「ほほう、これは流行当時に使われていたディーゼルエンジンで走る中型トラック!トラック抜きで転生モノを語ることはできないけど……」
「転生モノ」とは物語の序盤で主人公が死亡した後に異なる世界で生まれ変わり、その世界での主人公の活躍を描く作品を指す。そして主人公が死亡する理由としてトラックによる事故死が多用されたことから、西暦2020年代前後のトラックは「転生トラック」とも呼ばれており、高値で取引されたり、御神体として祀る神社もあるという。
「現代のモーターで走るトラックを安易に持ってこないあたり、運営サイドは我々のツボを理解していらっしゃる」
小声で熱い想いを漏らしつつ関心するリノだが、急に周囲が騒がしくなったことに気付く。リノの目に入ったのは、トラックを囲む柵を乗り越えようとする若い男の姿だった。二人の警備員に取り押さえらえているが、振り解きそうな勢いだ。
「何やってるんですか?」
沿宙域警備隊の手帳を見せながらリノが近寄る。男は叫んだ。
「受験勉強が上手くいかなくて、でもトラックに頭をぶつけたら何か良くなるかもしれないんだ!」
直後、もう数人の警備員が駆け付けてきて男を連れて行った。
「企画展が始まってから、彼でもう五人目ですよ」
リノの後ろから話しかけてきたのは黒いスーツを着た男性だった。首からは「館長」と書かれた名札を下げている。リノがお辞儀をした。
「転生モノが流行してた時代のトラックに頭をぶつけて願掛けする行為、何年も前に流行ったとは聞きますけど未だにやろうとする人が居るとは思いませんでした」
「えぇ。こちらも困ってましてね、折角の機会だからとディーゼルエンジンのトラックを展示物として持ってきましたが、こうもぶつけに来る人が多いのは」
「館長さんがあのトラックの手配をしたんですね」
「えぇ、浅い展示会にはしたくありませんでしたから」
「館長さんも、相当深いお方のようで」
「そういう貴女も、深いものを感じますよ」
「解りますか」
「優れたオタクは、隠れていても熱気で解ります」
「同じ深さの者同士、多くは語りますまい」
傍から見れば意味が解らない会話だが、二人は何か通じるものを感じるのだった。
「上手くいった!多くを語らずに会話するの、憧れてたんだ!」
ウキウキとしながら、シルクロードの停泊場所に向かうリノ。すると、途中で天野とシルキーに会った。紅茶の茶葉を買って帰るところだ。
「聞いて聞いて!企画展の主催者をやってた図書館の館長さんがね」
「また熱くなっていませんこと?」
シルキーの指摘に、リノはまた反省モードに入るのだった。




