取り戻した愛
話し終えたシルキーは天野を見つめる。天野は椅子に座ったまま俯いていたが、しばらくすると顔を上げた。
「シルキー……と呼んでいいのかはわからないけど、シルキーは記憶が戻って良かったと思う?」
しばし考えた後、シルキーは答えた。
「良かったとも、良くなかったとも、どちらでもあると言えますわね。私が貴方の育て親であるという事実は、貴方の想いを否定することになります」
シルキーの言う通りだと天野は思った。自分が抱いていた恋心をどうすればいいのか解らず、頭がくらくらとしてきていた。それでも周囲を不安にさせたくなかったので、話を切り替えることにした。
「……とりあえず、その辺りは置いておくとして。羽藤はこの件を交通調査部に報告するんだよな?」
「そういうことになるな」
「もしこのことが上に知れたら、シルキーはどうなるんだろうか」
「それについてなんだが、駆逐艦ミルキーウェイが巡視船シルクロードとして秘密裏に冥王星へ送り込まれたのが2215年の秋ぐらいらしい。その直後にケイン・バウンティー総司令の辞任とそれに伴う軍の再編が行われてる。今になって軍が介入してきて解体処分、なんてことはないだろう」
推論ではあるが、羽藤の言葉を聞いて天野は少し安心した。
「そういえばシルキー、さっき『大塩仙次郎』って言ってたよな?」
「えぇ、憲兵隊の隊長さんの」
「大塩仙次郎といえば、船舶用人工知能と義体の製造を独占的に行ってる『大塩エレクトロニクス株式会社』の社長の名前だ。シルキーが史上最初の感情を持つ人工知能と義体でしかも封印されていたというのに、何故同じものが今の世の中で普及しているのか。交通調査部としてはそのことが気になる」
羽藤はうんうんと唸っていた。
翌日になると、調査班は月面基地へ帰っていった。シルクロードは通常の任務に復帰し、冥王星付近の警備のため出港していた。
「天野君、やっぱり元気ないね」
「惚れた女性が自分の母親だった、というべきか。ショックだったろうな」
瀧尾とリノが管制士席の天野を見つめる。本人は周りに心配をかけまいと平静を装っているつもりだったが、動揺は隠しきれていない。
「シルクロード、発進」
いつものように「お約束」を口にする天野だが、シルキーは不満げである。
「覇気が足りませんわよ」
「だって昨日の君の話を聞いてから、心の整理がつかないんだ」
「……無理もありません。ですが」
シルキーは天野の肩に手を置く。柔らかい体表の中に、無機質な関節構造が存在することがはっきりわかる。
「高度な感情を持つといえど私は人工物ですから、その在り方は人間の皆様に委ねられています。貴方がもし私にこうあってほしいと願うのなら、私はそれに従うだけ」
シルキーの言葉を聞くと、天野は何かを感じたらしく急に立ち上がった。
「……保尊船長、シルキーと共に少々席を外してもよろしいでしょうか」
「許可する」
それから、天野とシルキーは扉を開いて通路へ出た。
「……天野管制士は本当に大丈夫でしょうか」
天野の様子を見た瀧尾は不安感を拭えず、保尊に聞く。
「彼はまだ若い。思い悩むことがあるのなら、彼自身が答えを見つけるのが最善だろう。我々は助言をするか、見守ることに徹しよう」
船橋を出てすぐの通路で、天野とシルキーが相対している。
「今ここで、君に言いたいことがある」
「はい」
天野は一呼吸置き、そして言い放った。
「君は俺の母で、父さんを愛してる。人間だったらそこで俺の恋心はお終いだった。でも君は人工物だ!人工物なら普通の人間の婚姻制度や近親者としての倫理なんて関係無い!だから君への恋心を持つことに後ろめたさなんて感じる必要はないんだ!」
シルキーは少し驚いているようだが、天野は続けた。
「シルキー、君が好きだ!今まで色んな船舶用人工知能と仲良くしてきたけど、恋心を抱いたのは君が初めてだった!君と一緒に過ごしていたいんだ!」
突然の告白だったが、シルキーは一拍置くと天野に問うた。
「私が人工物だから、私を所持していたい。占有していたい。そういう意味ですか?」
「それは……」
天野の勢いが収まるが、すぐに言葉を紡ぎ出してシルキーに話した。
「人工物でも、君の心は君の物であるべきだ。人工物だから近親者としての倫理が関係ないことと、人工物の意思を尊重することは両立すると俺は思う。だから俺は君を愛するけど、君が俺を無理に愛したり、俺の所有物になるなんてことはしなくていいんだ。君はどうしたい?」
天野はシルキーの目をじっと見つめた。見つめ続けているうちに、シルキーは涙を浮かべていた。
「……貴方が新人乗組員として乗船してきて、一緒に過ごして。最初は面白い人だと気に入っただけで、でもいつしか私は貴方に恋をしていた。でもそれはシルクロードとしての私が抱いた心で、ミルキーウェイとしての私の記憶はその恋を否定するものだった。貴方への想いと一彦さんへの想いのどちらかを選ぶべきか、母が子に恋をすることは許されるのか、それらの問いには自分では答えを出せませんでした」
「シルキーも悩んでいたのか……」
「そう。だから、いっそただのロボットとして扱ってもらえば、心を持たなければ苦しむことも無かったのではと、そんなことを考えて……」
シルキーの頬に、ぽろぽろと大粒の涙が流れる。
「でも私、貴方の言葉を聞いて。貴方も一彦さんも、両方とも愛してよいのだと解ったときに、心を持ったことは間違っていなかったんだと思いました。だって私は今、こんなに幸せなんですもの」
シルキーは天野に抱き着き、天野も抱き返した。
「ただいま戻りました」
船橋に二人が戻ると、他の面々はそっぽを向いた。
「えっ、どうしたんですか」
天野が聞くと、保尊が小声で返した。
「……今後そういうやりとりは、できる限り他の人に聞こえないところでやったほうがいいと思うぞ」
天野とシルキーは、ひどく恥ずかしそうに定位置に戻った。




