回想Ⅳ -さらば愛しき日々よ-
一彦とミルキー、そして養子に迎えた大河の家族のような生活が始まってから数か月経ったある日のことだった。ブルーアース軍憲兵隊が突如として月面基地へやってきた。彼らは基地内に居る全員に持ち場で待機するよう伝えると、駆逐艦ミルキーウェイにぞろぞろと押し寄せた。艦橋に入ってきた一派は、一彦と義体のミルキーを発見するなり銃を突き付けてきた。
「念のため確認しますが、天野一彦艦長ですね」
「はい、そうですが……」
「貴方には軍法会議への出頭命令が出ました」
何か不味いことをしたか、今後はどうなるのかなどと、一彦の頭は様々な考えがよぎってひどく混乱した。しかし傍らに居るミルキーの状況を見て、すぐさま冷静さを取り戻す。
「出頭命令が出ているのは私だけなら、なぜ義体にも銃を向けてるんです?彼女は何も問題を起こしていないはずですが……もしや私が色んな所へ連れ歩いたのが不味かったんですかね?」
「ケイン・バウンティー総司令の命令により、駆逐艦ミルキーウェイと搭載された次世代型人工知能並びに義体システムは解体処分となる予定です。義体については危険性が高いため、厳重に管理せよとの指示ですので」
顔色、視界、思考。その全てが真っ白に染まった一彦は、その場でへたり込んでしまった。
「連行しろ」
憲兵隊は一彦を連れ去って行ってしまった。ミルキーも銃を突き付けられたまま、軍の装甲車に乗せられて月面基地から少し離れた研究所へ連れていかれた。
その研究所は、亡くなったユウイチ博士の研究所であった。人工知能としてのミルキーや義体などを作り出した場所で、ミルキーも良く知っている場所だった。
「さて……こいつはどうしたものか。本当に無理なんです?」
まるで手術室のような部屋で、ミルキーはベッドに横たわっていた。憲兵隊は軍のトップであるケイン総司令からの指示で義体のデータを削除したうえで解体することになっていたが、それを遂行することが不可能になっていた。おかげで憲兵隊の隊長は焦っていたし、そんな彼から色々と言われる研究員たちは溜息をつく。
「先程も説明しましたように、次世代型人工知能と義体に関するシステムは殆どがユウイチ博士の発想や想像の力で造られたものでして、ユウイチ博士亡き今は完全に手の付けようが無い、ブラックボックスやオーパーツの類になってしまったんです」
「この人間にしか見えないロボットの電源を切ることもできないので?」
「権限設定によればユウイチ博士か天野艦長の操作、あとはこのミルキーウェイ自身でしか無理ですね。彼女は起きていたいらしいので、どうしてもというのなら天野艦長をここにお連れするほかないかと」
「それは無理ですな。天野艦長は軍法会議とかで地球に連れてかれましたよ」
すると後ろから憲兵隊の部下が近づいてきて、耳打ちした。
「軍法会議じゃなくて、一方的な処分の通告ってのが正しいそうですけど」
「え、そうだったか?」
「隊長に指示が伝達された時点では軍法会議だったんですがね。今さっき訂正する旨の連絡が来ました」
「不味いぞ、天野艦長にはもう軍法会議って伝えちゃったよ」
隊長がだらだらと冷や汗を流す。失敗に厳しいとされるケイン総司令から直接出された重要な指示でそんなミスをしてしまったとなれば、自分も何かしら処分されるのではないかと気が気でならなかった。
「となれば、我々研究所員でも憲兵隊の皆様でももう打つ手はないですね。艦の解体も無理でしょう」
「本当ですか?」
「何せあの艦は艦長一人だけ、もしくは小人数での運用を想定した実験艦ですから。ユウイチ博士は居らず、天野艦長も連れていかれた今ではミルキーウェイ自身しか艦を動かすことは出来ません」
「しまった、今いる隊の人間は外からの見張りだけで、さっき俺と一緒に艦に乗った人員はもう全て艦から降ろしてしまったんだった」
それを聞いていたミルキーが、隊長のほうを向いて言った。
「私からの操作でタラップからの乗艦口は閉じましたし、隔壁も全て閉鎖しました。これで誰も中には入れませんわね」
隊長はもうおしまいだと喚いた。
「だから上層部の機嫌に振り回されるうえにイメージの悪い憲兵隊なんかに配置されたくなかったんだ!体格が良くて威圧感が出せるからなんて理由で配置されて、仕方ないからと隊長になるまで働いたが!今の総司令だったら軍籍剥奪まであるぞ!そうなったら地元に帰ってもコンビニ店員の仕事すらない!みじめすぎるぞ、こんなの!」
その場で崩れ去り、涙まで流す隊長。
「まただ……お前ら、ちょっと俺についてこい」
その場にいた副隊長が、部下を連れて部屋を出て行ってしまった。恐らくこれがいつもの対処法なのだろう。
研究所員たちも少し同情しながら隊長の様子を見ていたが、突然ミルキーがある提案をした。
「貴方の今後の人生を守りつつ、任務を遂行する良い方法がありましてよ。私を破壊せず、秘密裏に何処かへ持っていってしまえば良いのです」
それを聞いた隊長はミルキーのベッドまで這いずって近づき、ミルキーの赤い瞳を見つめた。
「何でもいい、お前さんの要求はできる限りのことは叶えてやる!もう俺もこんな仕事はうんざりだ!俺の今後の人生は真っ暗なことが確定してるから、いっそ最後は軍に迷惑かけてやる!それも総司令が辞任に追い込まれるほどのだ!」
ミルキーは少し苦笑いしたが、すぐに計画の説明を始めた。
「下手に抵抗するだけでは、私は叛乱艦として他の艦に撃沈され、義体は銃撃で破壊されるでしょう。ですからまずは月面基地で私の船体に改装を加えてください。そうですわね……最近警備隊の冥王星基地が出来たばかりですし、そこに送られる予定の変な形状の巡視船という筋書きで行きましょうか。それが計画の第一段階です」
本来ならば憲兵隊は五日間でミルキーのデータの削除、義体と船体の解体もしくは破壊を行い、任務が完了次第地球に帰投するよう命じられていたが、最早憲兵隊の誰もが従う気は無かった。憲兵隊の隊長は人望が厚く、また彼の部下も軒並みこの仕事が嫌になっていたので、憲兵隊の全員がミルキーの計画に協力したのだ。月面基地の軍人たちや研究所員たちもユウイチ博士の残した技術と一彦の育んだ人工知能を失うまいと行動を起こした。
「こんなものかな?」
工廠の作業員たちが改装を加えたミルキーウェイの船体を眺める。巡視船らしく仕上げるために、見張り用の窓がそこら中に増設され、兵装も127mm単装陽電子砲と陽電子機関砲以外は撤去されている。三日という時間でどうにか仕上げたのだ。
「船名はどうする。艦名が書かれてた部分の装甲版は取り換えたんで何とでも書いとけばいい」
「ミルキーの奴が、『シルクロード』にしてくれって言ってましたよ」
「じゃそれで行くか」
基地の庁舎の中ではミルキーウェイに関する書類を並べ、そこへ黒のインクをぶちまけている。研究所から持ち込んだものもあり時間はかかるが、重要そうでない書類は焼き捨てているので五日以内には終わる予定だ。
ミルキーウェイからシルクロードとなった艦内のメインシステム室では、研究所員たちによって必要そうなデータの入力作業が行われていた。基地と研究所に残っていたミルキーウェイに関係するデータもこの巨大なコンピューターに移されており、基地と研究所では移し終わったデータの削除作業も並行して行われている。
「元より大人数の協力が必要な計画だったとはいえ、ここまでの人たちが協力してくださるとは思いませんでしたわね」
「基地の人と研究所の人が色々言ってたが、お前さんに使われている技術が失われればあと50年はここまでの人工知能は出てこないんだとさ」
隊長は周りを眺めながら言う。
「しかし本当にいいのか?確かにデータの閲覧制限をおかしくすれば誰にも見れなくはなる。でもそれじゃお前さんの人格は変わるし、下手をすれば記憶も失われる可能性が高いんだろ?」
「良いのです。完全に失われるよりは」
「そうか……お前さんと天野艦長は、織姫と彦星なのかもしれねぇな。丁度艦名もミルキーウェイだし」
「七夕伝説ですか」
「そういうこった。いつかは天野艦長と再会できるように願ってるぜ」
インクで黒く染まった書類やミルキーが愛用していたティーセット、そして義体。この船の正体が解ってしまう物は全て段ボール箱やロッカーに詰めたうえで、メインコンピューター室の横に無理矢理増設された部屋に押し込まれた。その部屋は入り口の上に「備品庫」と書かれた看板が掲げられ、鍵は専用のカードキーでないと開かないように設定された。
《協力してくださって本当に感謝しています》
義体から意識を移し、メインコンピューターからミルキーが語り掛ける。
「俺たち軍人は不名誉除隊、研究所員も何かしら処分はあるだろうが、みんな後悔は無いんだとさ。だからお前さんは何も気にしなくていい」
研究所員たちによってデータの封印が行われる中、意識が薄れつつあるミルキーは最後に質問をした。
《隊長さん。貴方の名前は?》
「俺は大塩仙次郎って言うんだ」
《素敵なお名前ですわ》
その直後に、ミルキーとしての意識は完全に封印された。




