回想Ⅲ -われはロボットの子-
西暦2215年8月7日、一彦とミルキーの出会いから丁度1カ月が経った日に、月の周辺宙域で駆逐艦ミルキーウェイの試験航行が行われることとなり、次世代型船舶用人工知能が如何なるものかを視察するために艦内には何人かの技術者や軍の高官たちが乗艦していた。技術者の中には開発者であるユウイチの姿もあった。
「航路上に障害物を認めず。時間は予定通りに航行できておりますわ」
完成直後には感情が乏しかったミルキーも、一彦と共に過ごしたことで豊かな感情を持つに至っていた。彼女の丁寧な立ち振る舞いに、視察に来た面々は驚かされるばかりである。
「第2灯台衛星より策定航路を受信、月面基地への接岸準備に入ります」
「よし、上出来だったぞミルキー」
一彦とミルキーは恋人とも言える程の関係となっていた。その仲睦まじさは月面基地内でも話題となり、噂は報道機関や軍内部にも伝わっていた。
試験航海を終えると、岸壁には記者やカメラマンが押し寄せていた。人間と人工知能の恋模様という特ダネを逃すまいと、艦を降りた高官や技術者に詰め寄っている。
「これはこれは、お二人は降りないほうが賢明ですね」
試験航海で得られたデータを纏めるため艦内に残っていたユウイチが、艦橋から外を見ながら言う。ミルキーは首にケーブルを繋ぎ、ユウイチが持ち込んだデータドライブに様々な情報を送信している。
「ふふ、恋模様だなんて」
恥じらうミルキーだが、まんざらでもないようだ。しかしユウイチは不安げな顔で二人を見た。
「しかし気を付けたほうが良さそうですね。お二人のことを良く思っていない人達、結構居るそうですよ」
「そりゃどういうことです」
「異星人との交流が始まって、地球人との混血を防ごうという純血主義の団体が最近多いでしょう?そういう人達が人間と人工知能が恋愛してるなんて噂を聞いて、軍に抗議してるとか」
「異星人と子供ができるかどうかも解らないし、何よりミルキーに子供はできないでしょうに」
「それはそうです。でも新しい概念はいつだって批判されるものです。かくいう私も最近は狂気の科学者だと、色んな雑誌やネットのニュース記事で言われていますから」
情報の送信が終わったデータドライブを持ち上げると、ユウイチは退艦していった。
その日の夜、二人は艦橋で話していた。傍らの机には、紅茶の入ったティーポットと二つのティーカップが置かれている。
「紅茶を淹れるのも凄く上手になったなぁ」
「感覚を掴むのが大変でしたけれど、慣れると意外にできるものですわね」
ミルキーが紅茶を口にしたその瞬間であった。遠くで大きな爆発音が響く。外を見れば、居住区の一角で爆発が発生したらしく、大きな炎が上がっている。
「確かユウイチさんの居住地があの辺りのはずです。まさかとは思いますが……」
不安に思った二人が現場の付近に着いた頃には、集合住宅がほぼ全焼していた。救急車による搬送が間に合っておらず、多数の死傷者が現場付近に置かれた一時的な待機所に転がっている有様であった。
「あぁ、天野艦長、ミルキーウェイさん……」
待機所で大火傷を負ったユウイチが転がっているのを見つけ、駆け寄った二人。無理に喋らないようにという二人の言葉も聞かず、ユウイチは必死に喋りようとする。
「これだけ言わせてください……これは恐らく私を狙った……」
言い切らないうちに、ユウイチは息を引き取った。
数日後の発表では、現場から救助された人々は一人を除いて全員が死亡したとされた。
「その唯一の生存者がこの子ですか……」
病院を訪れた一彦とミルキーは、現場から救助されたという赤ん坊を見つめる。看護師が言うには、赤ん坊は集合住宅の在住者として登録されておらず、たまたま現場となった集合住宅付近に捨てられていた可能性もあるが詳細は不明だという。
「親は解らないし、引き取り手も見つからないんだそうだ。いっそ俺たちが引き取るか?」
一彦は冗談で言ったつもりだったが、横に居るミルキーは赤ん坊を前に目を輝かせている。
「……そういうのも、いいかもしれんな」
赤ん坊は「天野大河」と名付けられた。基地の近くにある軍人用の住宅で、一彦とミルキーが大河を育てることにしたのだ。
「少し前までは全く考えもしなかった生活だが、家族っていいもんだな」
「私、何だかとっても幸せです」
ミルキーの笑顔を見て、一彦も幸せな気持ちを抱く。
「そうだ。記念に写真でも撮るか」
三脚に置いた携帯端末にタイマーがセットされた。一彦はピースサインをし、ミルキーは大河を抱いて満面の笑みを浮かべた。シャッター音が聞こえた後、写真を確認する。
「そうだ。ミルキーの義体に写真のデータを入れておくか」
一彦は写真のデータをミルキーの義体に送信した。
「義体は軍の物なのですけれど、いいのですか?」
「なんか義体に関しては俺が自由にしていいって言われちゃったんだよな……多分開発者のユウイチさんが亡くなって、次世代型人工知能の計画が凍結されたからだろうけど」
「そうなのですか……ユウイチさんが理想としていた『生きた機械』に、私はなれたのでしょうか」
「ああ、なってるさ。俺はそう信じてるよ」
しかし、二人の幸せな時間はそう長くは続かなかった。




