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回想Ⅱ -月面都市旅行-

「艦長、私は何をすれば良いのでしょうか」

 ミルキーウェイの義体が指示を求める。

「えぇっと、ミルキーウェイって言うんだよな。長いから『ミルキー』って呼んでいい?」

「了解しました」

「……あとは、なんかその堅い口調はどうにかならないかなぁ」

「現時点で私にインプットされている言語機能のデータでは、この口調が最適かと考えられます」

「そりゃ君は軍艦の人工知能だし、軍隊だったら最適かもしれないけどさ……」

 一彦はしばし考えた後、ミルキーの電源ケーブルを引き抜いて手を取った。

「今から外の世界を見に行こうよ。折角人型の体があるんだからさ、艦橋の中だけで過ごしてたらつまらないでしょ?」

「初の次世代型人工知能搭載のロボットですので、見かけた人に不審に思われるのでは」

「殆ど人間みたいな見た目だし、人間みたいに食べ物を食べれるんだし、人間みたいに喋れるんだから、人間とそう変わりはしないって。そうそうバレりゃしないだろうし、そんなこと気にするより楽しく生きなきゃ損だよ」

「楽しく生きる……」

 一彦はミルキーの手を引いて艦を降り、基地の外へ向かった。


 ブルーアース連邦樹立後の月は、かつての地球の港湾都市のような立ち位置にあった。太陽系内外の様々な宇宙船が行き交い、首都星地球(ブルーアース)へ向かう人々はここで船を乗り換えるようになっている。貨物も同様に積み替えが行われる。そういった事情から労働者とその家族が住む居住区、生活のための店舗群、観光客向けの繁華街など、月には活気に溢れる巨大都市が形成された。

「何か食べたい物とかある?」

 一彦とミルキーは、ショッピングモール内のフードコートを訪れていた。月面都市は仕事の合間に食事や娯楽を楽しむ軍人を見かけることも多く、軍服を着たままの二人も通りすがる人々に違和感を持たれることは無かった。街の中はミルキーにとっては初めて見る物ばかりで、キョロキョロと辺りを見渡し続けている。

「先程充電したばかりですので、補給の必要は無いかと」

「そっか。じゃあデザートみたいなのがいいかな」

「あの、食事の必要は……」

「いやいや。さっきも言ったけど、必要なことしかやらないんじゃ楽しくないよ。生きることに必要なことをやったうえで、必要じゃないことをやるのが楽しいんだからさ」

 そう言うと一彦はミルキーにその場で待つように伝え、しばらくするとジェラートを二つ持って戻ってきた。片方をシルキーに渡すと、食べ方の見本を見せることも必要と思い先に食べ始めた。

「お忍びの休日と言ったらやっぱりジェラートだよね」

「そうなのですか」

「大昔の映画だよ。王女様が自由を求めて、滞在先の街で勝手に一人で出て行っちゃうんだ。そうしてジェラートを食べたり、観光地を巡ったり、ひょんなことから出会った一人の新聞記者と恋をしたり……」

 一彦の様子を見て、見様見真似でミルキーもジェラートを食べる。オーソドックスなバニラ味だが、彼女にとっては初めての体験だった。

「美味しいとはこういうことなのでしょうか」

「ジェラートだけじゃないよ。世の中には美味しいものが沢山あるんだ。最初は良く解らないかもしれないけど、そのうち解ってくると思うから色々食べるといいよ」

「私的な食事は経費では落とせないかと思いますが」

「俺の財布から出すよ。限度はあるけど」

「いいのですか?」

「いいんだよ。なんか君を見てるとほっとけない気分になるし、その……」

 顔を赤らめながら一彦は残ったコーンを齧る。するとあることに気付き、ミルキーの顔を見つめた。

「どうかなさいましたか」

「さっきの映画の話をしてて思ったんだけどさ……ミルキーって、女性?」

 ミルキーの義体は女性士官用の軍服を着用しており、またよく見ると軍服の上からでも「出るところは出た」女性的な体躯であることが伺える。そのため、一彦はミルキーを女性だと思い込んでいたのだ。

「いえ、人工知能ですので性別はありませんが」

「じゃあなんで女性士官の服なんだ?」

「開発者の考えでこうなったと聞いております」

 ユウイチの顔を思い浮かべる一彦。彼なら趣味や酔狂でそういうことをやると確信した。

「まぁ、とりあえず女性ってことにしとくよ。ところでその服だと窮屈だろうし、食べ終わったら服でも買いに行こうよ。なんかコーンの粉付いちゃってるし」

 ミルキーは視線を下にやった。軍服に齧ったコーンの粉が付いてしまっている。

「わかりました」


 二人はブティックに入った。シルキーはまた辺りを見渡す。軍服以外の服は初めて見たので、機能的かどうかを考慮していない様々な装飾が新鮮に思える。

「いらっしゃいませ。どのような服をお探しですか?」

 店員が近づいてきたが、一彦は自分たちで選ぶからと案内を断った。

「流石に首の裏を見られたら驚かれるだろうしね」

 普段は長い髪によってケーブルを繋ぐ端子は隠されているが、着替えの時は見られてしまうかもしれないという考えだ。

「どういう服がいい?ってまだファッションセンスとかそういうのは解んないか。俺が選ぼうか?」

「いえ、私に選ばせてください」

「解ったけど、大丈夫か?ちょっと変な感じに見えるようだったら教えるけど」

「大丈夫です。それに、自分の『ふぁっしょんせんす』を試してみたいのです。人間と同じように考える能力を活かして」

 ミルキーの想いを受け取った一彦は、全てを任せた。数十分経った後、ミルキーが試着した様子を見て特に違和感を覚えなかったので、その服を買ってやることした。

「結構可愛いじゃない」

 青い上着と白いスカート、足には黒いタイツを履き、髪はポニーテールで纏めている。首の端子はポニーテールが上手く隠しているので、傍目からは赤い瞳の可愛らしい少女にしか見えない。

「気に入っていただけたようで何よりです。街の人たちの衣服を見ておいたのが役に立ちました」

「あとは段々ほぐれてきたけど、やっぱり喋り方が堅いかなぁ……そうだ!」

 一彦は再びミルキーの手を引き、次の店へ向かった。


「これが本なのですね」

 次に訪れたのは書店だった。データをインプットすることで知識を得てきたミルキーには不思議な感覚だったが、視覚を通じて文字を読むのも悪くはないと思った。

「俺は映画とか良く見るんだけど、喋り方も映画みたいってよく言われるんだ。だからシルキーも何か見たら喋り方が柔らかくなるかなって。最初から映画は難しいかもしれないけど、本なら自分のペースで読めるし」

 ミルキーは漫画のコーナーへ立ち寄り、少し中身を覗いてみた。少女漫画で、スポーツに青春をかける少女たちの物語だった。その中でひと際ミルキーの目を引いたのは、特徴的な口調で話す登場人物だった。

「この喋り方はどういうものですか?」

「俗に言う『お嬢様言葉』ってやつだよ。漫画だと、裕福だったり由緒ある家のお嬢様が使うんだ」

 ミルキーはジェラートを食べていた時に一彦が話した映画の内容を思い出す。一彦が自分のことを街での観光を楽しむ王女と重ねていたのだろうと理解した。

「この本が欲しいです。この本を読んで、綺麗な女性みたいになりたいです」

「いいけど、お嬢様言葉でいいのか?確かに女性が使う言葉遣いだし、さっきまでのお堅い話し方よりはいいけど」

「いいんです。素敵な女性になって、色んなことを教えてくれる貴方を喜ばせたい。それが私にできる恩返しですから」

「う、うん……わかった」

 一彦は顔を真っ赤にした。漫画はとりあえず第5巻までを購入し、ミルキーウェイの艦内に持ち帰った。

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