回想Ⅰ -義体最初の日-
「母親……?母さんは俺が小さい頃に行方不明だって父さんから聞いたんだけど……」
「行方不明、一彦さんはそのように伝えていたのですね。無理もありません。一彦さんは軍を除隊、つまり懲戒免職処分になり、私の行方を知ることができなかったでしょうから」
「……ということは、シルクロードは駆逐艦ミルキーウェイを改装した船ということか?」
羽藤が尋ねると、シルキーは頷いた。
「それについては、順を追って話します。少々長くなりますが」
シルキーの話を聞くため、調査班の乗組員に対する聞き取り調査は急遽取り止めになった。「信頼できる人にだけ話したい」というシルキーの希望で船橋要員と羽藤以外は下船することになり、残った面々は船橋でシルキーの話を聞くことになった。
西暦2215年7月7日、月面のブルーアース宇宙軍基地。
「実験型の駆逐艦の艦長ねぇ、急な辞令だったけど頑張るしかないね」
整えた顎髭が特徴的な宇宙軍の軍人、天野一彦は基地の中を移動しつつぼやいていた。24歳と本来ならば艦長を務めるような年齢ではなく、この人事には何か裏があるのではないかと疑っているのだ。頭の中で色々な可能性を探っているうちに、その艦の停泊場所にたどり着いた。
「なんだこいつは。まるで鉛筆に艦橋と大砲くっつけて魚雷発射管を生やしたような奴だな」
目の前の実験型駆逐艦「ミルキーウェイ」。既存の宇宙軍艦艇とは一線を画す姿だが、それを目の当たりにした一彦はというと小学生の時に鉛筆と定規を組み合わせて宇宙船に見立てて遊んだことを思い出していた。
「それにしたって、だーれも出迎えしてくれないとは寂しいじゃないの。まさかの艦長だけが乗るワンマン運用?そんなわけないか、はっはっは」
タラップから乗艦し、艦橋に上がる一彦。ところが艦橋には一人の技術職の者らしい男性しか居ない。
「おお、天野艦長ですね。初めまして、ユウイチ・キャルヴィンと申します」
「初めましてキャルヴィンさん……いきなりで悪いんですけどどういうことですかこれは。まさかこの駆逐艦は本当にワンマン運用だってことですか?」
「まぁ……そうとも言えますね」
一彦は頭を抱える。先程冗談で言ったことが本当になるとは思わず、自分の軽いノリをこれまでの人生で一番恨んだ。
「ワンマン運用ってことは解りました。それはもう受け入れる。だけどこう何か、私を補助してくれる便利なシステムとか無いんですか?他の艦に積んでる艦艇用人工知能より高性能な人工知能とかさ。そういうのでも無いと私はオーバーワークで死んじゃいます」
それはそれとして軽いノリを止めることはせず、ユウイチ相手に問い詰める一彦。それを聞いたユウイチは不敵な笑みを浮かべると、船橋の中心に置かれている物に被せられた白い布を剥ぎ取った。
「これが貴方を補助してくれるシステムです!どうです、素敵でしょう?綺麗でしょう?」
「……これがですか?」
それは人間の少女に似せて作られたロボットだった。女性用士官の制服を着用し、緑のロングヘアーが煌めいている。首の裏に繋がれたケーブルが無ければ、ロボットとはとても思えない。一彦は思わず見惚れて言葉を失ったが、数秒後には困惑した表情を浮かべた。
「……詳しい説明をお願いします。このロボットがどういう風に私を助けてくれるのか、できる限り事細かく」
するとユウイチは自慢げに、かつ早口で説明を始めた。
「このロボットはただのロボットじゃありません。私が開発した次世代型艦艇用人工知能とセットで運用される『義体』と言うのです。これまでの艦艇用人工知能は艦が沈むとデータを持ち出すのが難しいというのが難点でした。しかしこのシステムは艦内設備や兵装の管制などの機能はこれまでの艦艇用人工知能と同等の能力を保持しつつ、義体にも各種データを搭載することでいざという時の脱出をやりやすくしました。更に初歩的ではありますが人間のように知能を持ち、義体と組み合わせて乗組員との交流も可能で」
「ちょっと長くないですか!?」
「失礼、熱く語り過ぎましたね。私の悪い癖でして」
「熱すぎてまるでストーブの前に立っているみたいでしたよ……というか、知能を持つって言いました?」
「言いました」
「さらりと言ってましたけど凄いじゃないですか。そんなSFモノに出てくるようなの作っちゃったんですか」
「異星文明との交流も始まってるんですし、これからはSFモノの技術がどんどん実現する時代ですよ」
「いやまぁそうかもしれませんけど」
目の前の何か変な技術者に呆れつつも、一彦は義体を見た。
「ということは、この娘は人間みたいに喋るってことですか」
「あぁ、先程言ったように現段階ではあくまで初歩的なものでしかないので、貴方の交流次第で感情とかが育つんですよ」
「じゃあ私はこの娘の人格形成を?まるで子育てじゃないですか」
「子育て、その言葉が一番適切とも言えるでしょう。義体はデータ連動用のケーブルによる給電以外にも、経口接種した食物をエネルギー変換して稼働させることもできますし、嗅覚や味覚も実装していますよ」
「ちょっと待ってくださいよ、それじゃ殆ど人間じゃないですか」
「私は生きた機械を作るのが夢で技術者になったものでしてね。いやぁ、それにしても貴方のような人が来てくれてよかった。一般的な言動も思考もガチガチな軍人さんじゃまともな育ち方しないでしょうし」
「ユウイチさん、マッドサイエンティストってよく言われないですか?」
「よく言われますが、私にとっては最高の誉め言葉です」
何故自分のような者が急に選ばれたのかと思ったが、この技術者の発明品を押し付けられたのではないか。一彦は悲観的になりつつも、義体の肩をポンと叩いた。次の瞬間、義体から何かしらの音がしたかと思うと、今まで体に力が入っていないような姿勢だった義体が急に立ち上がった。
「……初めまして、駆逐艦『ミルキーウェイ』と申します」
「おぉ、本当に喋るんだ……」
「貴方が天野一彦艦長ですね。これからよろしくお願い致します」
「あ、よろしくお願いします」
丁寧な挨拶をされ、一彦も思わず丁寧な挨拶で返した。
「セットアップ作業は全部済んだ。義体も起動もしたことですし、私はこのへんで退艦しますね」
「いやいやいや、ここからどうしろと」
「この船は今日就役という扱いで、次世代型人工知能の運用試験という名目で1カ月程はこの場所に停泊することになってます。まずは一週間ほど自由に交流して、義体の人格を育ててください。来週の月曜日にまた様子を見に来ますから」
そうしてユウイチはタラップから降りて行った。
「……なんか凄いことになってしまった」




