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 気がつけば、とにかくボッチで貧乏だった。

 貧乏だから、ボッチなのか、ボッチだから貧乏なのか。

 いや、ボッチなのは、単純にコミュ障なこの性格のせいかもしれない。


 恋人どころか、友達も、お金もない。ナイナイ尽くしで、現実から目をそむけたくなる。

 いや、現実から目をそむけたとしても、もうすぐ私は、学校を退学になってしまう。

 学費が支払えないからだ。

 かつての私は「蝶よ、花よ」と甘やかされて育ったらしい。

 ……らしいというのは、私の記憶には、そんな過去はないからだ。


 以前、どこかのテレビ番組で保護者の失業で授業料を払えずに退学する女子学生を観たことがあるが、まさか、自分がそうなるとは……。

 今は、まだ高校の制服を着ているけど、この学校とも、さようならだ。

 そんなことを私は、考えつつ家に帰った。

 古いアパートは、壁が薄いからドアの外まで笑い声が聞こえてくる。

 私の両親の声だ。

 ずいぶん、ご機嫌だな……。

 建つけの悪いドアを開けると、玄関には、見慣れない靴があった。

 よく磨かれた男ものの革靴――借金とりにしては、ずいぶんとセンスがいい。うちが貧乏になってから、たずねてくる人といえば、それぐらいだ。

 昔は、たくさんの親戚もいたらしいけど、今では、そんな付き合いもない。


 狭い家なので玄関から、ほとんどすぐに居間になる。

 不安を抱えながらも、家に入らないわけにはいかない。

 足音を立てないようにそっと上がると、私は、そのまま固まってしまった。

 古い畳の上にきちんと正座したスーツ姿の若い男の人がいる。

 まるで外国人みたいに大きな……さっき、校門で別れた変な自称執事だった。


「綾乃ちゃん!!!」

「おかえり、すごいお客さんだよ」

 両親が交互に言うけど、確かにすごいお客さんだ。

 可能であれば、この場で、回れ右をして、逃げ出しているところだ。

 残念ながら、現実逃避するにも、逃げ出すアテもない。


「な、な、なんで……こ、こ、ここ……に」

「お嬢様は、私がなぜ、ここにいるのか……そう、おっしゃりたいのですね」

 自称執事は、静かにそう言った。

「説明いたしましょう。それは、私があなたの執事だからです」

 まったく説明になっていない説明だった。

 それでも、両親はニコニコと機嫌がいい。

 なぜ、私の両親は、こんなに喜んでいるんだろう。このところの金策で、にっちもさっちもいかなくて、暗い顔ばかりしていたのに……。

 怪しいには、怪しいけど、この人のおかげなのは、間違いないらしい。


「綾乃ちゃん。こっちにいらっしゃい」

 お母さんが身体をずらして、私の座る場所を作ってくれた。

 とにかく部屋が狭いので、執事さんみたいな大きな人がいると、圧迫感がすごいことになっている。

「覚えているかしら。小さいころ、ずっと一緒に遊んでくれた……冬史郎よ」

「……トウシロウ?」

 お母さんの言葉を繰り返しただけなのに、執事さんは、まるで子供みたいに嬉しそうな顔をした。

 そんな顔されても、まったく記憶にはないんだけど……。


「思い出していただけましたか?!」

 彼は、そう勢い込んで言うけど、本当に覚えていないものは、どうしようもない。

 力なく私は、首を横に振った。

 すると、まるで雨に降られた犬みたいに執事さんは、しょんぼりとしてしまう。

 さっきの無邪気な表情を見た後だけに、罪の意識が重くのしかかってくる。


「えっと……執事っていうのは、執事とお嬢様ごっこの遊び?」

 恐る恐る私は、そうお母さんに問いかけてみた。

 ここが自分の家で、両親もいるという安心感から、さっきより言葉がすんなり出てきた。

 答えてくれたのは、お母さんではなく、自称執事のトウシロウさんだ。

「いいえ、違います。私は、正真正銘、お嬢様の執事です」

 やっぱり意味が分からない。

 この人は、何を言っているんだ?


「覚えていないかもしれないけど……かつて花菱の家は、使用人を何人も抱えるたいへんな素封家だったよ」

 お父さんは、遠い目をしてそんなことを言い出した。

「そんな生活も、綾乃の小学校入学前までだったな」

 そう言えば、ずっと昔のアルバムには、とんでもない豪邸とか、なんとかのパーティーとかの写真があったな。

 ……私の記憶には、ほとんど残ってないんだけど。

 ただ、かろうじて覚えているのが、一緒に遊んでくれたきれいなお兄さんがいたことぐらい……って、まさか、あのお兄さん?


「風早冬史郎という名前にも覚えはありませんか?」

 切なげなまなざしを向けられると、ぼんやりとした記憶しかないのが、つらい。

 でも、思い出せないものは、どうしようもなかった。

「いや、だって……そんな執事だなんて……」

「当時の私は、まだ大学生でしたが、お嬢様のお世話は、私が一任されておりました」

「そ、そうなんですか?」


 おそらく我が家がここまで貧乏になったのは、執事さんたちと別れた後も坂を転がる石のようにどこまでも落ちぶれたからだ。

 人生落ち目になる時なんて、ホントに一瞬なんだな~と、しみじみ思う。


 でも、その元執事さんが、今ごろ、どうして……?

 私の疑問に気づいたのか、すぐに元執事さん。(いや、風早さんと呼んだ方がいいのか?)は答えてくれた。

「お嬢様は、退学をされるとのことでしたので、私が参りました」

「えっと……それは?」

「本来なら、私の父がこちらへお邪魔するところですが……」

 そう言いながら風早さんは、私のほうへ膝をつめてくる。

 近い、近い!!

 回りくどい風早さんに代わって、お父さんが言った。

「冬史郎の紹介で、新しい高校に編入できることになったんだよ!」

 さらっと、呼び捨てにしている相手のほうが、スェット姿のお父さんよりずっと身なりはいい。

 仕立てのよさそうなスーツ。アイロンのかかったシャツに、ネクタイも品がよく、近くにいると、清涼感のある爽やかな香りがする。


「え? でも……そんなお金……」

「心配はいらない。お父さんも仕事も紹介してもらったんだ」

「本当に……冬史郎には、いくら感謝しても、たりないくらいだわ!」

 お母さんまで、呼び捨て……って、昔はともかく、今は使用人でもなんでもないのに、失礼じゃないの。

 私の当惑などおかまいなしに、風早さんは、うやうやしく答えた。

「とんでもございません。奥様。私どもが、かつてご恩をいただいた主家に対して当然のことです」


“しゅか”って、“主家”のことかな。

 この前、読んだ時代ものの小説に出てきたよ。

 主君・主人の家……って、意味らしい。今の時代にそんな言葉を使う人いるんだ。

 だけど、私は、今の貧乏な生活しか知らない。

 とてもじゃないけど、お父さんたちの会話にはついていけそうもなかった。


 だいたい、昔の付き合いがあったとして、なんで仕事や学校を世話してくれるの?

 そこまでの恩義があるなら、もっと早く来てくれるはず……。

 今、このタイミングって、何か怪しくない?

 浮世離れした両親を見ていると、オイシイ話には、用心深くなってしまう。


「続きが気になる」と思っていただけたら、

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