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「お嬢様!」

 私の顔を見て、いきなり王子様は、そう言った。

 ぷぷぷっ――こんなド貧乏な私を見て、お嬢様だなんて、冗談好きの王子様だ。

 思わず、下品な笑いが込み上げてくる。


 そんな私の様子を見て、王子様は眉をひそめた。

 眉をひそめても、王子様は美人だった。

 いや、美人は眉をひそめても、変わらずキレイなのだと聞いたことがある。中国の故事だっけ?


「お嬢様?」

 王子様は、またしても同じ言葉を繰り返した。


 ――誰ですか。その、お嬢様って?!


 私は、ツッコんだ。心の中で。

 極度のコミュ障な私に、お嬢様なんて……。

 いや、それ以前に、どうして、ひざまずいているの?

 ここ、学校の校門だよ。

 なんで、こんなことになっちゃってるの?


 なんの前触れもなく、唐突に王子様は、私に向かって“お嬢様”と呼んだ。

 たぶん、人違い。

 でも、今、私の目の前にいる王子様があまりにも魅力的で、否定する気力もなくぼんやりと見とれているだけしかできなかった。


 王子様と言っても白馬に乗っているわけでも、王冠やマントをつけているわけでもない。

 ダークスーツを着た男の人が、私の前でひざまずいているという現実離れた状況。

 ずっと前に、外国の映画で見たことがある。

 姫君にひざまずく騎士の姿。

 それとも、これから結婚を申し込む女性に対して、ひざまずきながら指輪を差し出すというパターン。

 どちらも私には、まったく無縁の世界だ。


 なんだって、私は、校門で王子様みたいにキラキラした男の人にひざまずかれているんだろう?

 この人……日本人なのかな。

 西洋人ほど顔の凹凸の激しいわけでもないけど、びっくりするほど、背が高くて、顔が小さい。肩幅が広くて、がっしりとしている。

 間違いだって分かって、殴られたらどうしよう。

 ものすごく力が強そうだから、私なんて、一瞬で吹っ飛んでしまうかもしれない。

 足がガクガク震えてきた。


 とはいえ、いつまでも現実逃避しているわけにはいかない。

「あ、あの……わ、わらひは……」

 まずい。緊張しすぎて、口がこわばってしまった。


 ――人違いです。

 ――私は、2年の花菱(はなびし)綾乃(あやの)と言いまして“お嬢様”ではないんです。


 脳内で会話のシミュレーションをしたものの、みごとに失敗してしまった。


 私のぎこちない言葉に王子様の表情は、悲しげに陰る。

 “憂いに満ちた”というのは、こういう時に使う言葉かもしれない。

 暴力を振るわれたらどうしよう……なんていう考えは、霧のようにあとかたもなく消えてしまう。

 人違いに気づいてくれたみたいだけど、こちらの方が申し訳なさでいたたまれない。


「あ、あの……」

 私が必死に言葉を探してみるけど、何も浮かばない。

 こんな時、何をどう言えばいいの?

 スイマセンとか言って、帰っちゃっていいのかな。


 後ずさりしようとして、手首をつかまれた。

「は、ふぅっ?!」

 変な声が出てしまう。

 王子様のキレイな顔が、ぐっと近づいてくる。

 なんだ? なんだ?

 まつ毛が長くて、髪と瞳の色が薄いから、やっぱり外国人のようにも感じられた。

 黒目というより、ほとんど茶色に近い。とてもまなざしが鋭い。

 みつめられていると、銃口を向けられているよう……緊張感がただごとではない。

 頭の中は、真っ白になって、のどを締めあげられた鶏みたいな気分になってきた。

「覚えて……いらっしゃらない?」

 深い低い声。

 どこか、懐かしいような、優しい響きだった。


「ふぁれ、ふぅか?」

 ようやく私は、それだけを言えた。

 “ふ”としか言ってないかもしれないが、本当は“誰ですか”と聞きたかったのだ。


風早(かぜはや)冬史郎(とうしろう)です。あなたの執事です」

 なぜか、相手は私の言葉を理解してくれたらしい。ただ、私のほうが理解できない。

 執事……という単語に、再び、私は現実を見失いそうになった。

 ちょっと待って、待って、執事って、今の時代に存在するものなの?

 海外の映画とか、いわゆる二次元という世界の中でしか、いないんじゃないの?


 ――カゼハヤ・トウシロウって?

 

 確かに顔だけ見てたら、女性と言われても納得できそうなほどの美人だけど……いやいや、違うでしょ。どう見ても男の人だよ。

 美人ではあるけど、それは、決して女性的な意味でのことではない。

 つかんだ腕の力は、とても強い。

 怖くなって、私は、つかまれた手をほどきたくなった。


 そんな私の気持ちに気づいたのか、カゼハヤさんは、すぐに放してくれた。

「申し訳ありません。ようやくお会いできた嬉しさに……ご無礼をいたしました」

 そう言って、ひざまずいたままの位置から、私を見上げる色素の薄い瞳が、不安げに揺れている。

 そんな顔をされると、なんだか、かわいそう……というか、切ないというか、たまらない気分になった。相手は、立派な大人なのに。


「ワ、ワラ、ワラヒ……チガ、います」

「お嬢様?」

「ヒ、ヒ、ヒト、違いなんです!」」

 まるで、私のほうこそ、カタコトの日本語しか話せない外国人みたいになってしまう。

 それでも、ちゃんと伝えなきゃいけない。

 誤解だと言わないと!

 この人は、ホンモノのお嬢様を早く探さなきゃいけないはずだ。


「ご、ごめんなさい!!」

 それだけ言うと、私は、振り返らずに走って逃げた。

 周囲には、遠巻きにしてみているクラスメイトもいたけど、誰も私に話しかけようとはしなかった。

 そりゃ、そうだ。

 入学以来、友達なんか、一人もいなかったのだから……。


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