パーティーを追放されたD級冒険者、ヤケ酒を飲んだら一晩で英雄になった~後悔してももう遅い(俺が)。それはそれとして、俺の彼女を寝取った聖騎士はボコボコにする~
※一発ネタです。
――ここは冒険者ギルド。
あまたの冒険者や冒険者見習いが所属する、王国有数の場所だ。
冒険者とは、ダンジョンを攻略したり、モンスターを駆除することによって生計を立てる者たちの総称である。
個人でモンスターたちと戦うのはほぼ不可能なので、そのほとんどが「パーティー」という、基本4人1組のグループを作って活動している。
そして冒険者ギルドとは、社会的地位の低い冒険者たちを保護し、同時に効率よく任務を割り振るため作られた組織であった。
常に命の危険にさらされる職業であるにも関わらず、一攫千金を夢見てギルドの戸を叩くものは絶えない。
そういった者たちのために、冒険者ギルドはあるのだ。
さて、冒険者とは過酷な世界である。
栄光をつかむ者は多いが、屍をさらす者はさらに多い。
そして運よく生き残れた者たちも、そのほとんどが実力不足や嫉妬、その他もろもろの理由でパーティーを追われ、廃業していく。
今日もまた、哀れないけにえがパーティーを追放されるのであった。
「お前は今日からクビだ」
金髪の眉目麗しい青年が、冷徹な声で目の前の青年へと言い放つ。
対する青年は凡庸といっても差し支えない容姿で、ボサボサの黒い髪から覗く目で、金髪の青年を呆然と見つめていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
黒髪の青年が叫ぶ。
「なんで急にクビなんだ!?」
「理由はわかっているだろう?」
金髪の青年が、恍惚とした表情で問いかける。
「私たち『不死隊』はA級冒険者によるパーティーだ。そして私、マーシャ、キュリエーの3人はそれぞれ聖騎士、賢者、聖女として、そしてS級冒険者として認められている。……だが、お前はどうだ?」
「そ、それは……」
「お前の代わりに、私が答えてやろう。D級だ」
青年の周囲から、クスクスと笑い声が聞こえる。
周りの冒険者が、彼がD級であることを聞いて嗤っているのだ。
「それでも特別なスキルがあれば少しは勘定に入れてやったさ。だがお前のスキルはなんだ?」
「……『硬化』だ」
「そう! 『硬化』だ!!! ハッ! 自分の防御力を上昇させる以外、なにひとつとして能を持たないな!」
金髪の青年が狂ったように笑った。
それにつられたのか、周囲の嘲笑が大きくなる。
「……なっ! だから! 俺だって金の管理とか――」
「金の管理なぞ猿にでも任せておけばよい。……とにかくお前は不要だ」
黒髪の青年に、絶望の表情が浮かぶ。
嘲笑はますます大きくなり、もはや獣の叫び声のようだ。
「……なあ、マーシャも、キュリエーも同じ気持ちなのか?」
青年はすがるように、金髪の男にしなだれかかる2人の女へと問いかける。
赤い髪をツインテールにした少女――マーシャと呼ばれた女だ――は、青年の問いかけを「ハッ」と鼻で笑って答えた。
「当たり前でしょ? そもそも今まで人間扱いしてあげたんだから、感謝してほしいくらいだわ」
青年は白髪の少女――キュリエーへと視線を移す。
彼女は青年の視線から逃れるように顔をそらして。
「……ごめんなさい、アクス。私はもう一緒にはいられません。ヘリオス様との愛をしってしまいましたから」
キュリエーの身体を、金髪の青年――ヘリオスが抱きしめる。
そして彼は、黒髪の青年――アクスへと、最後通牒を出した。
「これでわかっただろう。……キュリエーも怖がっている。二度と顔を合わせないでくれ」
アクスはふらふらと立ち上がると、一言「わかった」とだけつぶやき、そのままギルドを出ていった。
◇ ◇ ◇
「――ったく! なーにが『キュリエーも怖がっている』だよ! このヤリ捨て野郎が!!!!!!」
アクスはドン、と酒の入ったグラスを叩きつける。
彼の前には、空のグラスが5本並んでいた。
「それはそれは……」
アクスの横に座っている――かつて冒険者であり、今は酒場を経営しているアクスの友人だ――は、ハハハ……と困ったように眉尻を下げた。
「でもキュリエーって、アクスと恋人だったはずじゃ?」
「そーだよ! こちとらアイツが聖女だから我慢してキスで勘弁してたってのに、ヘリオスとヤってそのままなびきやがったんだよ!!!!」
なーにが聖女だ! このクソビッチが!
アクスの悪態はとどまるところを知らない。
「そもそも金の勘定も武器の管理も! 薬の精製だって俺がやってたんだぞ! あいつらがロクにしねえから!」
「それはそれは……」
「つーか今更言うことかよ! 聖騎士にも賢者にも選定されてからもうずいぶんと経つし、そもそも聖女がいるパーティーなんだから追放するなら最初っからできたじゃねーか!」
「ほ、ほら、もしかしたら強くなるかもって猶予があったかも……」
「いーや違うね! 単純にヘリオスがハーレムしてえから俺を外しただけだ!」
「どうどう」
さて、現在の愚痴であるが、今現在話を聞いている友人――名をグレンと言った――の酒場で行われていた。
パーティーを追放されたアクスはそのまままっすぐ、青い髪をした、この友人が経営する酒場へと赴いたのだ。
現在酒場は閉店中で、客は誰ひとりとしていない。
そのため、いくらでも彼らを罵倒しても問題ないのである。
「つーかさあ! ギルドもギルドだ! 俺が実績残してないからって、あんな陰湿なことしたヤツらと一緒に笑いやがって! 腹ァ立つったらありゃしねえ!」
「え、今のギルドってそんなことになってるの。ボクがでていったときはそこまでじゃなかったのに」
「もう最低も最低だよ! 最近ギルドやめたヤツらは口をそろえて「あそこがどれだけ異常だったのかわかった」って言ってたからな!!!」
「でもマーシャ殿はなにも言わないの? 彼女、一応お姫様のはずじゃあ」
「あ゛? あの腰ぎんちゃくにンなことできるわけねーだろーが」
「ですよねー」
「あの女の頭の中なんざ、ヘリオスとのセックスで埋まってんだろ。ったく、一体どこが賢者なんだか」
「ほら、さすがに言いすぎだよ」
「なーにが言い過ぎだ! こちとら彼女寝取られた挙句に公開処刑されとんだぞ!?!?!?」
「ほらほら、お水飲んで」
「いらん! もっと酒持ってこい!」
「……まったく、今日だけだよ?」
グレンが後ろから酒を持ってきた。
「それにしても、まさかヘリオス殿がねえ。一応聖騎士だっていうのに」
「そもそもなんで聖騎士になったのかもわからんくらいの脳内ちんぽ野郎だよあいつは。そもそも聖騎士だろーがそうじゃなかろーが、俺からすりゃあ彼女寝取った上に追放しやがったクソ野郎でしかないわ!!!」
アクスが追加の酒を一気飲みして吠える。
――その時、彼の視線に一本の瓶が映った。
「……お、なんだこの酒」
「ああそれ? ものすごい度数を持ってるお酒だって。試しに入れてみたはいいんだけど、出していいのか迷っちゃってね……」
「ほー、なら俺に飲ませろ」
「えっ!? いや、手を出さないで、それシャレにならないから! 飲まないでええええええ!!!!!」
ゴクリ。
グレンの哀願むなしく、アクスはその酒を飲み干した。
◇ ◇ ◇
「……なあ、あのうわさ聞いてるか?」
「ああ。闇ギルドが一晩で壊滅したってよ」
「しかも山奥でドラゴンの死体が発見されたらしいじゃない」
「傷口から見て、昨日のことだったらしいですね」
「洞窟がひとつ地図から消えたとか……」
「あそこは凶悪なモンスターの巣として有名でしたからね。よかったんでしょう」
「そういや、あれ全部ひとりの冒険者がやったんだって?」
「ああ、そうらしいぞ。ちゃんと証拠も残ってる」
「マジですげーな。で、その英雄の名前は?」
「ああ、そいつは――」
◇ ◇ ◇
「……どうしてこうなった」
追放劇から2日後。
閉店中のグレンの酒場で、アクスは頭を抱えていた。
「どうしたもこうしたも、あのお酒飲んでから出て行っちゃったんじゃん」
本当に心配したんだよ? とグレンは言った。
「……さっぱり覚えてない」
「本当に? 闇ギルドを壊滅したことも?」
「まったく」
「地下にあった闇ギルドのアジトを、ダイヤモンド並みに『硬化』させた自分の手で発掘したって大騒ぎになってたんだけど」
「いや、そんなことできるわけないだろ……!?」
「山奥のドラゴンを倒したことも、付近にあった凶悪なモンスターの巣を壊したことも?」
「いやいやいや! 待て! 俺はD級冒険者だぞ!? ドラゴンどころかオークでさえ怪しいわ!!!」
「……そういえば、ヘリオス殿が部屋でボコボコにされてたらしいけど」
「ああ、それは覚えてる」
「それは覚えてるんかい」
「いやー、勢いのまま走ってたら、なんかアイツの部屋に辿り着いて」
「彼の自宅って、セキュリティ万全だったはずだけどね。ついでに言うと、3階にあるはずだけどね」
「まあ、そのまま『硬化』した拳で窓をぶん殴ったんだよ。そしたら割れた」
「おかしいな。彼らの部屋の窓って特殊な加工がされていて、オーガの攻撃でもビクともしないはずなんだけど」
「そうしたら起きてたアイツが「す、すまない! どうしてもお前が欲しくて、許してほしい……!」とかふざけたこと抜かしてたんで、10回殴る予定を50回に増やした。ついでにアイツがヤり捨てした女の名前と、彼女らが受けた被害をバラまいといた。これでアイツに仕事回そうとか思うヤツは減るだろ」
「鬼畜だな君」
「あ、もちろん許可はもらってるぜ?」
「いやそこじゃなくてね」
「俺の彼女寝取ったくせに、言うに事欠いて「お前が欲しくて」とか、ウソつくにしてももうちょいマトモなウソつけよと思うだろ?」
「それは確かに」
グレンがコップを持ってきた。
今日は酒ではなく、正真正銘の水だ。
「今日は絶対に出さないからね」
「わーってるよ」
「それにしても、被害にあった女性の名前が出たってなると、不死隊はこれから大変そうだね。……ああ、今のギルドは不死隊頼りだって昨日聞いたし、ギルドのほうもか」
「あんな手を使って俺を追放したんだ。自業自得だよ」
「……で、さっきの話なんだけど」
「いや、だから絶対ありえないって。俺はただのD級冒険者だぞ?」
「それが証拠も残ってるらしくてね、嘘だと思うなら、国に直接打診してみれば?」
グレンはそう言って今朝の新聞を出す。
そこには確かに、「闇ギルド壊滅」「ドラゴン討伐」「モンスターの巣が浄化」という文字が、アクスの名とともに踊っていた。
それを確かに確認したという、国王陛下の名前も。
「…………マジかよ…………」
「今じゃすっかり国の英雄だね。おめでとう、アクス」
「こんなにうれしくない英雄呼ばわりがあるとは思わなかった……!」
あー、とアクスがテーブルにうなだれる。
慰めるように彼の肩をさすりながら、グレンが「そういえば」と口を開いた。
「アクス、昨晩のことは覚えてる?」
「へ? なんのことだ?」
「本当に? あんなに熱い夜をふたりで過ごしたのに……」
「はぁ!? いくらなんでもお前相手にそんなことする訳――」
「……へぇ、それはそれでちょっと傷つくなあ。……ボクだって女なんだけど」
「すみませんでした」
アクスは完璧な土下座を披露した。
◇ ◇ ◇
後日、女手ひとつで切り盛りされていた酒場に、男の従業員が入ったという。
彼と彼女はともに酒場を経営し、それはふたりが亡くなるまで続いた。
このふたりの仲がどのようなものだったのか。
それを知る者はいない。